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Episode2:冒険家の苦難

 ***


「っ」


 修哉は穴から下り終わると、目の前に広がる景色に言葉を失ってしまった。


 雪山の小さな横穴の中にあった人一人分サイズの穴から下りてきたはずなのに、今いる場所はそんな小さな穴から出て来たとは思えないほど大きかった。

 それに加え、洞窟の中の温度は低く、地面や周りの壁などは霜が付いていたり、氷柱があったりした。冷気が修哉の頬を鋭く撫でていく。


 修哉が一歩前に出ると、シャリッという音が響いた。


「おお、大きい洞窟だね」


 修哉の後に続くように穴を下り終えた錬も、感嘆の声を上げる。


「さて、修哉。ここからどこに向かえば良いのかな?」


 錬の声に修哉はハッとした。


(そうだ。俺が先頭になって秘境を探すんだ)


 修哉は気を引き締め直すと、前方を見つめた。


 修哉と錬の目の前には、三つの道がある。

 この洞窟には人が来ることがないのか、三つの道の内、どの道にも足跡が残っていなかった。


「真っ直ぐに行きます」


 修哉は考えた後、真っ直ぐの道を進むことに決めた。


 ***


 しばらく修哉と錬は歩いていたが、一向に秘境らしき場所に出会うことはなかった。歩く道はずっと同じ景色で、変わり映えする様子はない。

 その何も変わることのない景色をずっと眺めていて、修哉はただ疲労が溜まる一方だった。


(師匠に退屈させてしまっているのではないだろうか……)


 修哉は錬に対して申し訳なさを感じ、チラリと後ろにいる錬を覗き見た。

 しかし、修哉の考えとは違い、錬は全ての道のりを楽しそうに歩いていた。その表情は、まるで幼い子供が大好きなお菓子を目の前にしているかのようだ。


(どうして同じ道を歩いているのに、師匠と俺に差が出るんだ……)


 歩きながら、自分と錬との差はどこにあるのか、修哉は考えるようになった。


「あっ、兄貴ィ。変な奴らがいますぜ」


 修哉が考えごとをしながら道を歩いていると、ふと後ろの方から声が響いたと同時、ジャリジャリと荒い足音が聞こえた。


「トロトロ歩いてんじゃねェよ!」

「!?」


 そして、後ろからやって来た二人組の内の小さな一人は、修哉の後ろにいた錬をわざと押し倒し、修哉よりも前の方に出た。その後を、大柄な男が当然のように歩いて行く。


 彼らはギルとシンという名前で生計を立てるためにトレジャーハンターをしているが、トレジャーハンター達の間では悪い意味で有名だった。


「し、師匠!」


 シンに押し倒された錬の傍に駆け寄り、修哉は睨み付けるように二人組の方を見た。


「何だよ、文句あるのかァ? 忙しい俺達の前を、お前らがのんびり歩いているのがいけないんだろ? ……まッたく。こっちは一刻も早く宝を見つけなければ、トレジャーハンターの名が廃るというのに」


 シンは喧嘩を売るような態度で発破をかけてきた。


「だからって人のことを突き飛ばす必要なんてないだろ?」


 まんまと挑発に乗せられてしまった修哉は声を荒げる。あと一つきっかけがあれば、襲い掛かってしまいそうなほど、修哉は前傾姿勢になっていた。


「あァ? ここにいる方が誰だか分かって話しているのか? ここにいる兄貴はな――」

「おい、無駄口を叩くな」


 シンが意気揚々と話しているところを、シンから兄貴と呼ばれているギルが人を屈服させるような低い声を出す。シンはギルの声に威圧され、小さく萎縮してしまった。


「こんな奴らと話していたら、時間がなくなる。お前の小さな虚栄心を張るために費やした時間のせいで、もし宝を奪われていたら――、お前は責任を取れるのか?」


 ギルの有無を言わせないような質問に、シンはただ黙っていることしか出来なかった。下を向くシンは、堪えるように唇を噛み締める。


「分かったら、さっさと前を歩け」

「は、はい。……ふん、兄貴の寛大な心に救われたな」


 ギルはシンに話終えると、シンに目もくれずにジャリジャリと音を立てながら、先を歩き始めた。シンは最後に一言だけ修哉と錬に向かって負け惜しみのような言葉を吐き捨てると、急いでギルの背中を追った。


「……ッ、おい! まだ話は終わってないぞ」


 錬に対して謝罪の一言もなく去り始めたギルとシンを逃さないようにと、修哉は二人の後を追おうとした。


 しかし、


「修哉、少し落ち着きなさい」


 その瞬間、錬は修哉を止めるために声をかけた。修哉はギルとシンに向かおうとしていた体を踏みとどまらせる。


「……っ。……師匠、怪我とかはないですか?」


 錬の言うとおりに落ち着きを取り戻すために、修哉は一度その場で深呼吸をした。そして、先ほどの荒立っていた気持ちを少し落ち着けると、修哉は錬に言葉を掛けた。


「私はこの通り何ともないよ」


 錬は一人で立ち上がると、何事もなかったように体を動かし、修哉を安心させるために笑顔を見せた。その様子を見て、修哉は胸を撫で下ろした。


「それよりも、修哉の手の方が心配だ」

「――? ……あ」


 修哉は一瞬、錬の言葉を理解出来なかったが、すぐに納得がいった。いつの間にか、修哉の右手からは血が流れていたのだ。


 きっと、先ほどの二人と対面している時、怒りのあまり拳を握り締め過ぎていたのだろう。


 自分でも気付かないほど、修哉は冷静を保つことが出来ていなかったのだ。

 そして、それと同時、自分の傷付いた手を見て、罪悪感が生まれた。


「応急処置をしてあげよう。ちょっと手を見せなさい」


 一瞬、修哉は躊躇った。

 修哉の怪我は、完全に身勝手が生んだ結果だ。それを師匠に手当てをしてもらってもいいのだろうか。


 しかし、躊躇う修哉に、錬は何も言うことはなかった。もしこのまま修哉が躊躇し続けるのであれば、恐らく錬はずっとこのままでいるだろう。


 それは、錬の時間を奪うことで、絶対に在ってはならないことだ。


 観念した修哉は、下を俯いたまま何も言わずに、錬の前に手を差し出した。

 包み込むような優しさで修哉の手に触れると、錬は包帯を取り出して、修哉の拳に巻き始めた。


「っいて」

「これくらい我慢しなさい。君も男だろう?」


 優しい声音で語りかける錬の言葉に、修哉は自分の心にあったわだかまりが解かされていく感覚を味わった。


 温かい言葉、優しい介抱。

 それら全てが、修哉の手以上のものを、癒していく。


 そして、錬は仕上げとばかりに包帯をきゅっと結ぶと、笑顔を浮かべると体を伸ばした。


「これでひとまずは大丈夫だ。さて、私達も歩こう。歩きながら修哉に話したいことがある」

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