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冒険の途中で

 ***


 いつの間にか涙も止まった修哉は錬に手を引かれながら、初めて来る秘境を歩いていた。


(……不思議だ)


 先ほどまであんなにも絶望を感じていたはずなのに、今は錬の温かい手を握っていると、驚くほど心を落ち着かせている自分がいた。


「日本から一人でここまで来るなんて、勇気があるね」


 錬は修哉の手を引きながら、絶やすことなく言葉を投げかけ続けてくれた。


「いえ、そんなことないですよ」


 修哉にとって錬の言葉一つ一つが新鮮なものだった。


 今まで出会った人達は、修哉の行動を不審するような目で見たり、馬鹿にするように否定の言葉を浴びせていた。実際に修哉自身も、何をしているんだろうと思うこともあった。


 しかし、初めて錬だけは肯定的な言葉を与えてくれた。

 そのことが、自分を認めてくれる人もいるんだと、修哉に思わせた。


「そこ、転びやすくなっているから気を付けてね」


 修哉は錬にそう言われて、足元に注意しながら歩くようにした。

 錬も初めて来る場所のはずなのに、まるで自分を守るように、いや、自分を守る以上に修哉のことを気にかけていた。


「錬さんは何年くらい冒険を続けているんですか?」


 修哉はふと気になっていたことを質問した。


「私も六十代になったからね。軽く三十年は超えているかな」


 錬は笑いながら答える。


「え、三十代くらいじゃなかったんですか?」


 その答えに修哉は驚きを隠せなかったので、つい本音の言葉が漏れた。


「ははは、嬉しいことを言ってくれるね」


 そう言う錬は、本当に嬉しそうに笑っていた。


 修哉は錬の年齢を、まだ三十代のように思っていた。何故なら、三十も年齢を勘違いしてしまうほどに錬は若く、輝いていたからだ。また、顔だけではなく動きも若かった。

 動きだけを見るのなら、二十代にも劣っていないのではないかと思うほどだった。現に歩きにくい奥地にいるはずなのに、錬はそんなことを感じさせないほどスムーズに歩いている。


「錬さんは冒険している目的とかあるんですか?」


 修哉の質問に錬は考えるような素振りをした。修哉の手を握る強さが、少しだけ強まった。


「私はこの美しい地球をもっと知りたいんだ。それで、誰も知らない場所を見つけることが出来たなら、その場所を出来るだけ多くの人に伝えたい。この地球には、知らないだけでまだこんなにも美しい場所があるんだぞって」


 そう言う錬の顔は、純粋な子供のようにキラキラと輝いていた。その錬の表情は、今まで生きた中で誰からも見た事のないほど満面の笑みで、修哉にとって眩しく見えた。いや、おそらく修哉以外の誰が見たとしても眩しいと思えるだろう。


 錬にはそう思わせるほどに生き生きとしており、不思議な魅力があった。


「苦労とかされないんですか?」


 修哉は錬が初めて訪れる土地の中でも、笑顔で振る舞える理由が分からなかった。修哉は初めて訪れた未踏の地に、心が不安に押し潰されてしまったというのに、錬は希望に満ち満ちた表情を浮かべている。


「……あはは。それは、私だって苦労することはあるよ。あまりこういう話はしたくないけど、秘境を見つけるために入った森の中では彷徨って飢え死にしそうになったこともあったし、自分の抱えている問題にも直面した。ある時は、私が実際に訪れた秘境のことを説明しても信じない人がいてね。その人たちが、私のことを嘘吐きだとか空想論者だと言うこともあった」


 錬は弱々しい笑いを漏らすと、何でもなくないことを何でもないように笑いながら答えた。

 たった今、錬が話したことは、錬が冒険の目的としていることを――、夢を人々に否定されたのと同じことだ。


「じゃあ、なん――」

「でもね、苦労することだけではないんだよ。だからこそ私は人の苦しみも分かるようになって来たし、僅かでも私の話を信じてくれる人がいると本当に嬉しく思う」


 修哉が質問をしようとしたのと同時に錬は話を続けた。自信満々に語る錬の言葉に、修哉はこれ以上問うことが出来なかった。ただ握る錬の手を、修哉は強く握り締めた。


 いつの間にか辺りが明るくなってきていた。


 先ほどまで錬の明かりが灯される場所しか見えなかったのに、今ではライトが灯されていない場所でもある程度見えるようになってきた。

 どれほどの距離を歩いていたのかは分からないが、修哉と錬の目の前には、明かりが眩いほどに照らされている出口のような場所があった。


 錬は修哉を自分よりも前の方に引っ張り、手を離した。修哉は錬よりも前へと出たが、そのまま出口のような場所に行っていいのか分からず、顔だけ錬の方へと向けた。


 錬は優しくニッコリと笑うと、修哉の背中を押した。その反動で明るい出口の方へ、修哉の体は押し出された。


「だって……」


 ――その先に続く言葉は、修哉は今も知らない。でも、言葉なんて聞かなくても、分かっていた。


 出口の方に出ると、光が全面に差し込んできて、まるで光が修哉のことを包み込んでくれるかのようだった。


 そして、待ち構える景色に、修哉は――。

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