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ストイック  作者: ドライサーの小説の翻訳作品です
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第18章

 

 〈ライダー・ブロック・ジョンソン&チャンス事務所〉もステイン卿の事務所も、法曹院に隣接するストーリー・ストリートの最も薄汚れた地域の一画にあった。実際、アメリカ人には、法曹院を除いたこの地域全体は、著名な法曹界の才能ある人たちに最もふさわしくない町並みに思えるだろう。小さな改築済みの三、四階建て住宅や、かつてのロフトや店舗に、今は事務所や書庫や相談室が入っていて、一ダースもの事務弁護士、その速記者、事務員、使いっ走り、その他のアシスタントがいる。

 ストーリー・ストリートはとても狭くて、二人の歩行者が仲良く腕を組んで散歩できなかった。車道は、手押し車が二台なら簡単にすれ違うが、それ以上大きな乗り物が二台だと通行できないかもしれなかった。しかしこの通りには、ストランド・ストリートや隣接した大通りへの抜け道に使う者を含めて実に多数の労働者が流れ込んだ。

 〈ライダー・ブロック・ジョンソン&チャンス事務所〉はストーリー・ストリート三十三番地の四つのフロア全体を占めていた。建物は奥行きが五十フィートだが幅は二十三フィートもなかった。地階はもともと一世代前のとても引っ込み思案な判事の住居の応接間と居間だったが、現在は総合待合室と書庫だった。ステイン卿は一階の奥に小さな事務所を構えて、二階は会社の三大重要人物ライダー、ジョンソン、ブロックに当てられていた。チャンスはいろいろなアシスタントと一緒に三階を占拠した。二階の一番奥にあるエルバーソン・ジョンソンの事務所からは小さな中庭が見下ろせた。その玉石の舗装地は、かつては古代ローマの中庭の一部だったが、日々それを目の当たりにさせられる人の目にはあまりにも身近になりすぎて、その歴史的輝きは霞んでいた。

 エレベーターも、イギリス流に言うと「リフト」も、なかった。かなり大きな通気孔が、二階の中央から屋根まで伸びていた。各事務所には、屋内換気の足しになればと、かなり古風な扇風機も備え付けてあった。さらに、各部屋に暖炉があった……そこでは冬の霧や雨の日に軟炭が燃やされた……これはインテリアの魅力だけでなく居心地に大きく貢献した。事務弁護士の各部屋には、広い立派な作りの机と椅子と、本と彫像が少し置かれた白い大理石のマントルピースがあった。壁には、過去のイギリス法曹界の大物やちょっとしたイギリスの風景を扱ったかなり埃をかぶった彫版が掛かっていた。

 ジョンソンは、この事務所の信頼できる経済的な野心家で、基本的には実務家であり、ほとんどの場合は自分の個人的な計画に最も都合がいい独自の方針に従った。しかし、心の片隅には、宗教の価値をあれこれ考え、非国教徒の教義の振興に共感さえする複雑な面があった。高教会派の偽善と精神の停滞についてや、ジョン・ノックス、ウィリアム・ペン、ジョージ・フォックス、ジョン・ウェスリーなどの著名な宗教家が扱うこの世や天国の意義についても考えるようになった。彼は自分の複雑で好奇心の強い心の宇宙に、明らかに競合する概念、さらには対立する概念さえ隠していた。常に正当化できなくても、価値ある狡猾さで自らを前進させ、維持する支配階級は存在するべきだと考えた。イギリスではこの階級は、財産や相続や長子相続などの法律によってすでに強化されていたので、重要であり、正しく、ほば変えようがなかった。だから、心も懐も貧しい者は、服従と勤労、そして最終的には……おそらく……その者たちの面倒を見てくれる天父への信仰に身を委ねるのが一番だった。また一方で、必ずしも愚かではない貧困層と働かずとも所得がある富裕層との間の巨大な格差はジョンソンには残酷とか悪同然に思えた。この視点はときどき聖人に近づくことがある彼の切迫した信仰的な気持ちを支えた。

 ジョンソンは社会的に弱くて非力な下層社会の出身だったが、ずっと上流階級を目指していた。そこなら、自分ではなくても、子供たちが……二人の息子と一人の娘が……彼がとても憧れ非難した人たちと同じように安泰でいられるだろう。実際、彼は自分の称号をほしがっていた。最初は謙虚に「サー」だが、もし運が味方をするなら、その後さらに王室の配慮を賜って、高められるかもしれなかった。本人も知ってとおり、これを勝ち取るには、今あるよりも多くの金を確保するだけでなく、お金と称号を持つ人たちの支持も得なければならなかった。結果的に、彼は直観的に自分の行動を、その階級の人の野心と快適な生活に合わせた。

 ジョンソンは小柄で、気取っていて、筋金入りで、高圧的だった。父親はサザークの酒好きな大工で細々と七人家族を養っていた。若い頃のジョンソンはパン屋で働き、パンの配達をした。その勤労ぶりは印刷業を営むお客の目にとまった。その客に頑張り屋と受けとられ、読書や、その後彼が抜け出すこの単調で惨めな状態から引き上げてくれる何か実用的な仕事に専念するよう勧められた。ジョンソンは熱心に言いつけを守った。いろいろな商店主や商人に印刷物を届けているうちに、ようやくルーサー・フレッチャーという名前の若い事務弁護士にたどり着いた。ロンドン州議会でサザーク地区の代表となるために選挙運動をしていた彼は、当時二十歳そこそこの若いジョンソンの中に法律家としての将来性を発見した。ジョンソンの探究心と勤勉さが通じて、フレッチャーは彼を夜間学校に通わせて法律を勉強させた。

 ジョンソンの成功はここから始まった。最終的に従事することになった事務所が、彼の直観的な法律センスに感心するのに時間はかからなかった。そして彼はこの事務所が関係した法務、契約や財産権や遺言や会社設立などの細かい作業の大半をすぐに受け持つようになった。二十二歳で必要な試験に合格して事務弁護士になった。二十三歳で〈ブロック&チャンス事務所〉のバイロン・チャンスと出会った。チャンスは彼を事務所のパートナーに誘った。

 ブロックは法曹院で法廷弁護士の資格をもつ人物で、友人に自分よりもっと影響力がある人脈を持つウエリントン・ライダーという事務弁護士がいた。ライダーは、たくさんの大きな財産の問題を管理していて、その中には〈ディストリクト鉄道〉の法律事務だけでなくステイン伯爵の財産もあった。ジョンソンにも興味を持つようになると、ブロックのもとを離れて自分のところへくるよう本気で説得したくなった。しかし、自分の利益と友情の両立を考え、ジョンソンを仲間に加える何か別の方法を探すことにした。ブロックと話し合ってようやく現在の事務所の統合にこぎつけ、かれこれ十年つづいていた。

 ライダーと一緒にゴードン・ロデリックと、ステイン伯爵の長男ステイン卿が加わった。当時、ステインはケンブリッジを卒業したばかりだった。父親はこれできちんと世襲の爵位を引き継ぐ準備が整ったと考えた。しかし実際は、ある種の偶然と気まぐれのせいで、この青年は、自分を取り巻く世界の現実的で明らかに歴史の及ばない側面にもっと関心を持っていた。彼がこの世に誕生したのは、ちょうど単なる肩書の輝きと尊厳が疑問視されていただけでなく、多くの事例で、金融の天才に影を薄められた頃だった。ケンブリッジでは、経済学、政治学、社会学に関心がある学生で、自分が将来財産を相続するという意識を決して失うことなく、ファビアン派の社会主義者に耳を貸す傾向があった。ステインは、常に代理人として呼び出される巨大企業にしかほとんど関心がないライダー本人に出会って、未来の真の支配者は資本家になるだろう、というライダーの見解にあっさり改宗した。世界が必要とするのは、先進的な重要設備だった。その必要なものを供給することに貢献する資本家が、社会の発展の最大の要因になるのである。

 ステインが〈ライダー、ブロック、ジョンソン&チャンス事務所〉で、イギリスの会社法を研究し続けたのは、こういう考えがあってのことだった。そして、エルバーソン・ジョンソンは大事な親友の一人だった。ステインはジョンソンの中に高い地位にのぼろうと決意した賢い庶民を見た。一方、ジョンソンはステインの中に、知識を蓄え、現実的な仕事に打ち込むことにした、社会的経済的特権の継承者を見出した。

 ジョンソンとステインは、最初からロンドンの地下鉄分野の巨大な可能性に気がついていた。彼らの関心は、自分たちが最初に核にすえた〈交通電化会社〉の形にとどまらなかった。最新の構造を持つ〈シティ&サウス・ロンドン鉄道〉が最初に提案されたとき、彼らとその仲間たちは、当時ロンドンの中心部を走っていた二本の古い鉄道……〈メトロポリタン鉄道〉と〈ディストリクト鉄道〉……との提携が考えられるという認識でそれに投資した。アテネ市民に演説するデモステネスのように、ジョンソンは自信をもって、この二本の鉄道の普通株を買って五十一パーセントの支配権を手にするだけの資金を見つけられたら誰でも自分が経営者だと冷静に発表して、その後は好きなようにできるのです、と主張した。

 父親の死後、ステインと彼の仲間の数名がジョンソンと一緒に、この方法で両方の鉄道の経営権を手に入れたいと思い、〈ディストリクト鉄道〉の普通株を支配できるだけ買おうとしたが、自分たちには荷が重すぎるとわかった。発行済株式が多すぎた。彼らでは十分な資金が調達できなかった。その上、経営が時代遅れで株は儲からず、取得した分の大部分を手放してしまった。

 そして、未だに建設に至らない〈チャリングクロス鉄道〉に関しては、推進するために〈交通電化会社〉を設立したが、建設に必要な百六十六万ポンドを出すのに十分な資金を集めることも、印刷済みの株式を売却することもできなかった。結局、グリーヴズとヘンシャーを通して、この〈チャリングクロス鉄道〉を手放すか、あるいは〈メトロポリタン鉄道〉と〈ディストリクト鉄道〉を買収しようという夢の中で自分たちと組む資本家もしくは資本家のグループを見つけようとしていた。

 しかし、これまでのところ何の成果もなかった。このとき、ジョンソンは四十七歳、ステイン卿は四十歳、二人ともこの大仕事に少し疲れて少なからず疑問を抱くようになっていた。

 


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