第15章
そして事実、グリーヴズとヘンシャーがロンドンに向けて出発してからそう何日もたたないうちにジャーキンズも出港した。夢に見た億万長者につながるかもしれない大事業の一翼を担いつつあるという期待に胸を震わせていた。
そして、グリーヴズとヘンシャーと〈チャリングクロス鉄道〉に関連したこの予備的な動きは、クーパーウッドが期待したほどはっきりした形で終わらなかったようだが、続行する彼の決意を変えることはなかった。というのは、シッペンスにもたらされた情報があって、〈チャリングクロス鉄道〉がだめでも、どこかの地下鉄を支配しようと決めたからだった。自宅では会議だけでなく、何度もディナーがあった。このおかげでアイリーンは、一緒に過ごしたシカゴの最初の日々を最高に色鮮やかな幸せの思い出にしていた昔の生活に、夫が少なくとも少しは関心を持ったという印象を受けた。何かの不思議な運命のいたずらで、シカゴの敗北が夫を正気に戻してくれたのではないか、とアイリーンは思い始めていた。だから必ずしも楽しがる必要はなくても、夫は昔の外へ向かう関係をとることに決めたのだ。これはクーパーウッドにとっては小さな意味しかないが、アイリーンには今でもとても慰めになりえた。
しかし、クーパーウッドはますますベレニスの気質に惹かれている、というのが実情だった。ベレニスにはある種の遊び心と独創性に富んだ奇抜さがあり、それが彼女の詩的、狂想曲的でありながら現実的な雰囲気と合わさってクーパーウッドをよろこばせた。実際、ベレニスを研究していて全く飽きなかったし、ベレニスがシカゴにやってきた割りと早い時期から、彼女に対して精神的な興奮と同じものを経験して楽しむようになっていた。
ベレニスの空想の一つで、クーパーウッドに最も深い影響を与えた出来事が、つい最近シカゴであった。ある日の午後遅く、二人は以前二晩続けて食事をしたことがある旅館まで夕食に出かけた。しかし中に入る前に、ベレニスは彼を近くの森に案内した。雪が点々とある低いオークと松の一帯に、風刺画とも目立った似顔絵ともとれる彼に似た雪だるまがあった。ベレニスは早朝からひとりで出かけて行き、それを作ったのだ。目には明るい青灰色の石を二つ使って、口と鼻には大きさの違う小さな松ぼっくりを使った。わざわざ彼の帽子まで一つ持ち出して、雪だるまの頭の上におしゃれにかぶせてあった。そのおかげで余計にそっくりになった。木枯らしが木々の間をささやくように吹き抜け、血のように真っ赤な太陽の最後の光が差し込む夕暮れ時に、クーパーウッドはいきなりこの雪だるまに出くわして驚いた。
「いやぁ、ベヴィ! ずいぶん変わったことをしますね! いつの間に、こんなものを作ったんですか、妖精さん?」クーパーウッドはその漫画っぽさに笑った。というのは、ベレニスは片目をほんの少しだけ斜めにし、鼻は少し誇張してあったからだ。
「今朝よ。一人でここまで来て、すてきな雪だるまさんを作りました!」
「確かに、私にそっくりだ!」クーパーウッドは、びっくりして言った。「だけど、ベヴィ、どれくらいかかったんだい?」
「まあ、一時間ってとこかしら」ベレニスは後ろへさがって出来映えを確かめた。そして、クーパーウッドからステッキを取り上げて、小石でこしらえた雪だるまのポケットの一つに立てかけた。「さあ、これであなたの出来上がりです! 雪と松ぼっくりと石のボタンだけですけど!」ベレニスは体を伸ばして、その口にキスをした。
「ベヴィ! そういうことするのなら、こっちにおいで!」クーパーウッドは、ここには何か得体の知れないもの、妖精がいる、と感じながらベレニスを両腕で抱きしめた。「ベレニス、あなたには戸惑うことばかりだ。ここにいるのは本物の生身の女の子かい、それとも妖精か魔女ですか?」
「知らなかったの?」ベレニスは向き直って、クーパーウッドに向かって大きく指を広げた。「私は魔女だよ、お前なんか、雪と氷に変えてやるからな」ベレニスが不気味に迫って来た。
「ベレニス、頼むから! まいったな! 時々、思うんだが、あなたは魔法をかけられた人なんだ。好きなだけ私に魔法をかけていいけど、いなくなるのだけはごめんだよ」クーパーウッドはキスして、両腕でしっかりと抱きしめた。
しかし、ベレニスは体を引き離して、雪だるまのところへ戻った。「さあ!」ベレニスは叫んだ。「あなたは死にました、すべて駄目になりました。結局、本物じゃないのよね、あなた。せっかく、そっくりに作ったのに。とても大きくて冷たくて、ここでとっても私を必要としてくれたのに。今度は、可哀想な雪だるまさんを壊さなくちゃいけない。もう私以外、誰にもわからなくなるように」そして突然、ベレニスはクーパーウッドのステッキで雪だるまを打ち砕いた。「ほおら、私があなたを作ったんだけど、今度は壊してますからね!」と言いながら、ベレニスは手袋をした指で雪を粉々にした。その間、クーパーウッドは不思議そうに彼女を見つめた。
「おい、おい、ベヴィ、何を言っているんだい? 作るのも、壊すのも、どちらもやればいい。でも私から離れないでくださいね。あなたは私を変わった場所に連れていき、新しい変わった気分にさせ、あなた自身の不思議な世界に連れて行ってくれるから、行くのが楽しみなんです。信じますか?」
「もちろんよ、あなた、もちろんですとも」今度は、まるで今までの出来事がなかったかのように、明るく、がらりと変わって、答えた。「そのつもりです。そうでなくてはなりませんもの」ベレニスは彼の腕の下に腕を滑りこませた。ベレニスは何かの催眠状態か、自分の幻想から抜け出たようだった。クーパーウッドはそれについて尋ねたいところだったが、そうすべきではないと感じた。とはいえ、これまで以上にこの瞬間、何ものにも邪魔されずに、近づき、見て、触れることができるし、以前は違ったのに、今は歩き、話をし、彼女と一緒にいることを許されている、と気づいたので、クーパーウッドをぞくぞくさせるものが彼女にはあった。これはまさに、この世のすべての善と喜びの本質だった。実際、クーパーウッドは絶対に彼女とは離れたくなかった。何しろクーパーウッドはこんなに変化に富み、これほど独特で、これほど論理的で実践的でありながら、同時に現実ばなれした、気まぐれな人にこれまで一度も出会ったことがなかったからだ。確かに芝居がかったところはあるが、彼が知り合った女性の中で最も機知に富み、華やかだった。
そして、純粋に官能的側面では最初から彼を驚かすだけでなく魅了する何かがあった。自分が男性によって、自失や完全な恍惚に浸らされることを許さなかった。彼女は、彼や他人の欲望を満足させるためのただのありふれた肉欲の道具ではなかった。それどころか、どんなに恋い焦がれて情熱があふれようが、いつも自分の魅力をはっきりと意識していた。顔にかかる赤みを帯びた金色の渦巻のような髪、扇動的で有無をも言わさなぬ魅力的な含みのある青い目、魅惑と謎を秘めた微笑みを浮かべる甘美な口。
最高に震えて果てていく彼女との恍惚のあとで彼は思うのだが、ベレニスのそれは決して単なる粗暴で野蛮な欲望ではなく、彼女自身の美に対する賛美と強烈な自覚と評価であり、巧みに示唆してその言い分を強く主張し、それによって彼がこれまでに知り得た何物とも違う効果を出していた。というのも、精神的にも官能的にも最も夢中になり、この関係が意味するものに対する彼女自身の風変わりな意識にはまりこんでしまったのは、ベレニスではなく彼自身だった。




