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妹のためなら死ねる

 妹さえいればそれでいい。


 六年前に妹が生まれたその日から、俺、小谷翔は妹という存在が可愛くてしょうがなかった。十も歳が離れているし、親が家を空けがちなこともあって感覚としては妹というよりは娘に近いが、とにかく俺は妹を溺愛していた。例えばこんな話がある。


「うぇーん。おにいちゃんー、ころんじゃっていたいよー」

「てめえごらぁ石っころがあああああああ!!俺の可愛い妹に何しくさってくれとんじゃわりゃああああ

あ!!」


 石、消滅。


「うぇーん。おにいちゃんー、おっきなおいぬさんがおいかけてくるよー」

「うおおおおお兄ちゃんに任せろ!!犬なんて速攻で……ってデカ!?何これ犬!?何か3mくらいあるけどホントに犬!?」


 俺、怪我。


「うぇーん。おにいちゃんー、おいぬさんたちがすくらむをくんでいえのまえをふさいでいるよー」

「犬なの!?沙希の中ではアレは犬ってことで良いの!?3mほどあるばかりか二足歩行しちゃってるけどそれでも犬というカテゴライズで良いの!?」

「グルルル……コロス」

「うぇーん。おにいちゃんこわいよー。おいぬさんこわいよー」

「俺も怖いわ!何かコロスとか言い出したし!そして間違いなくあれは犬ではない!」

「ううぅ……たすけてぇ、おにーちゃん……」


 ぎゅっ。妹の小さな小さな手が俺の服の袖をつかむ。目に涙を浮かべて、上目遣いにこちらを見ている。これだけで俺の恐怖心など一瞬で消え去る。ファイティングポーズを取り、犬(仮称)に立ち向かう。


「だっしゃあああああ!!!やってやるぜおらあああああああ!!!……あ、ちょ、マジで痛い、止めろって、ステイ!ステイステイステイ!!ステエエエエエエエエイ!!!」


俺、大怪我。


「おにいちゃんー、ねこさんがこっちにちかづいてくるよー」

「今度はネコか、おら!小さいからって騙されねえぞおら!かかってこいやおらあ!」


 シュッシュッ!猫に対して大人げなさ全開でシャドーボクシングを繰り広げる俺!近所のおばさまがひそひそ話をしながらこちらを見ている!ちょっと恥ずかしい!


「にゃあ」


 しかし猫はそんな俺を歯牙にもかけない。マイペースに、にゃあなどと鳴いて塀の上に飛び乗ってどこかに行ってしまう。とりあえず、妹を襲うような猫でなくて良かった。


「おにいちゃんー」

「な、何だ、沙希」

「ねこさん、かわいいねー」

「……そだな」


兄妹、ほっこり。


 ・・・とまあ、このような経験を積み重ねて分かったことが一つある。俺の妹は、極端に不幸体質だ。犬に襲われるなんてしょっちゅうだし出かけた日に雨が降る確率は7割を超えるし、買ってやるおもちゃには何らかの不具合が必ずでてくる。俺がここまで過保護になったのは、この不幸体質も少しは関係しているのかもしれない。

 ただ、最近になってこの不幸体質を抑える方法を見つけることが出来た。魔法と呼ばれる技術が一般的なものになってから30余年。妹を襲う不幸から妹を守る為に、体を鍛えたり色々な魔法を覚えたり、様々な努力を重ねてきた。特に犬(仮称)に襲われた時など魔法がなければ5度くらいは三途の川を渡っていることだろう。そして、その色々な魔法の中で最近覚えたものに結界魔法と呼ばれているものがある。

 領域と領域を隔てる壁を作り出す魔法で、俺の知り合いなんかは雨の日に自分の身体を覆って水を避ける為に使ったりしている。妙に地味な使い方だが、日常で便利に使えてこその魔法でしょう、とはその知り合いの弁である。勿論、そんな地味な用途の他にも色々な使い道はあるが、俺はこの結界魔法を沙希の不幸体質を抑える為に使っている。

 それというのも、どうやら沙希の不幸体質は魔力の暴走によるものらしい。魔力というものは魔法を使う為に必要なエネルギーなのだが、沙希はその魔力が常人の数倍、あるいは数十倍もあるらしいのだ。これだけ多大な魔力は、世界の現象に大きな影響を及ぼしてしまう。3mの犬に襲われたのも、沙希の魔力の影響を受けてのことだと考えらえる。らしい。

 とにかく、沙希の魔力が外に漏れ出るようなことがなければ、沙希の不幸体質が改善されるかもしれない、ということだ。実際、沙希の魔力が外に漏れ出ることのないように結界を張ると、沙希が不幸な目に合うことも少なくなった。


「うぇーん。うぇーん。おにいちゃんー、またころんじゃったー」

「てめえごら石ごらああああああ!!!また消滅させられてえかああああああ!!!」


 石、消滅。


 どうやら、沙希が転ぶのは単にドジだったらしい。可愛い。


 そうして沙希の不幸体質の改善がみられるようになってから数カ月。今日も今日とて妹に逢うために速攻で魔法学校から帰って来る俺。いつもの様に自宅の扉を開けようとすると鍵を回すと、ふと違和感。


「鍵が開いている」


 おかしい。沙希は一人で家にいる間、ちゃんと鍵をかけてくれる子だ。それを怠ったことは一度もない。不安に襲われた俺は、慌てて扉を開けて家に入る。


「沙希!!」


 俺の大声にびくりと震えた影が二つ。それを見た瞬間、頭に一瞬にして血が昇った。二つの影のうちの一つは愛しの妹だった。そしてもう一つは、その愛しの妹に向って刃物のようなものを振り上げている、ローブを被った奴の姿だった。


「・・・!!」


 俺は全力でローブ姿の奴に飛びかかる。まどろっこしい魔法より、こういった場合は体を使った方が手っ取り早い。タックルを決めてから床に押し倒しマウントを取ろうとする。


「おに・・・!?・・・くっ!!」


 だが、タックルは決まらなかった。ローブ姿の奴の反応が早い。俺の前面に結界魔法が展開されたのか、思いっきり見えない壁にぶつかってしまう。あまりの衝撃に鼻から血が出る。


「「おにいちゃん、大丈夫!?」」


 声がダブって聞こえてきた。脳が揺れた影響だろうか?一瞬倒れそうになるが、気合いを入れてそれを回避する。足が軽くふらついているが、問題にしてられない。ファイティングポーズを取ってローブ姿の奴をにらみつける。


「沙希!そいつから離れろ!心配するな、俺が必ず守ってやるから!」

「え?おにいちゃん、でも・・・」


 沙希はきょとんとした表情をしている。現状が呑み込めていないのだろうか。だが、沙希が状況を呑み込めていなかろうが、ローブ姿の奴は待ってはくれまい。俺は今度は別の方向からタックルを仕掛ける。


「あ・・・!?」


 今度はローブ姿の奴の反応が遅かった。何か集中力を欠くようなことでもあったのだろうか?ローブ姿の奴が結界魔法を展開したのは、俺の身体が触れる直前の事だった。衝撃で、今度は俺とローブ姿の奴の両方が吹っ飛ぶ。


「おにいちゃん!」


 沙希が俺に駆け寄ってこようとする。それを俺は手で制して、ローブ姿の奴がどうなったかに集中する。どうやら衝撃で頭からローブが外れたようだ。正直妹を襲おうとするやつに全く心当たりなどない。一体どこの誰がこのようなことをしでかしたのか、俺はそいつの顔に注目した。


「・・・え?」


 そして、その顔を見た瞬間、俺の脳内に衝撃が走った。ローブから現れたのは長い黒髪と端正な顔立ち――――女性だったのだ。だが、衝撃が走ったのは、そいつが女性だったからではない。正直、女性かどうかなど妹を襲ったという事実に比べればどうでもよいことだ。120%許せるはずのない存在であるというだけのことだ。

 だが、その顔立ちは――――

 俺は、自然、ある名前を口に出してしまっていた。


「・・・・・・沙希?」


「・・・・・・え?」


 きょとんとした表情を浮かべるローブ姿の女性。意味が分からないといった様子だ。俺も自分の言った言葉を、半分信じられなかった。だが、熱にうなされたように、同じ言葉を繰り返した。


「沙希、なのか・・・?」


「・・・!?!??!?、な、なん、で・・・?」


 そこで驚愕の表情を浮かべる女性の姿。俺の表情も似たり寄ったりだっただろう。なぜならその女性の姿は、まさしく俺が想像していた10年後の沙希の姿3815パターン目の沙希の姿だったのだから。

 

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