旅の休憩
「では、今日はここまでじゃ!!」
野太い大きな声が響く。
ジャンヌを補佐し、この軍を纏めている隊長の声である。
すぐに後部部隊に伝えるために伝令係が馬でかけていく。
秋はようやく休めると思った。
進軍を開始してから既に二週間。
進軍にも慣れてきたが、やはり現代人の秋には辛い。
これで馬ではなく、徒歩だったらどれだけ辛かっただろう、と思うとぞっとする。
乗馬を習ってよかった、と秋は真剣に思った。
「でも、飯が拙いんだよな」
野営の準備を眺めながら秋はぐちる。
フランス料理は拙い、と評判だったが、この時代は特に酷いようだ。
もっとも戦争中で、負け戦の国だ。
飯が美味いわけがない。
食えるだけでも上等だろう。
何かをするわけでもなく、ジャンヌの姿を秋は探す。
「っげはあああああ!!」
突然、目の前のテントから、男が吹き飛ばされてきた。
続いてテントから出てきたのはウイングだ。
彼女は腕を組み、顎を上げ、吹き飛んでいった男を見下ろす。
最近定番になりつつあるスタイルである。
「ふん、身の程を知りなさい」
またか、と秋は思った。
この部隊にいる女性はジャンヌとウイングのみである。
そのため、ちょかいを出す輩が後を絶たないのだ。
最初こそ秋も心配していたが、ウイングの強さは並みではない。
今ではすっかり慣れてしまった。
「おや、秋ではなりませんか。どうしました?お疲れですか?ささ、早く入って」
「い、いや大丈夫だよ」
秋は慌て断った。
周囲の兵士達の嫉妬の視線が痛い。
ウイングは美人だ。
ホムンクルスであるためか、常人にはない魅力的な処がある。
部隊に女性がほぼいないこともあるが、それ以上にウイングはモテる。
美人で仕事もでき気配りもできる。
そんな完璧女性のウイングだが、一つだけ欠点があった。
秋にあまいのである。
いや、あまいなどの言葉で言い表せない。
激あま、ちょー激あまなのだ。
秋のことになると周囲が見えなくなる。
その事実に嫉妬して、以前兵士達が秋を殴ったことがある。
その殴った兵士達をウイングがぼこぼこにした。
かわいそうに。
彼等は戦場にたどり着く前に、部隊を後にすることになったのだ。
それから、ウイングが怖くて誰も秋にちょっかいを出さなくなったが、やはり嫉妬の視線は怖い。
「おや、誰かと思えばアキじゃないですか?」
いつも進軍が終わると同時に恒例の会議がある。
それが終わったのだろう。
ジャンヌが戻って来た。
ウイングとジャンヌは同じテントで寝泊まりをしているのだ。
「やあ、ジャンヌ。お疲れさま。晩飯でも一緒にどうかな、と思って」
「そうね。わたしもお腹が空いたわ。ごはんにしましょ」
「では、二人のために私が腕を振るいましょう」
秋とジャンヌだけでなく、周囲からも歓声があがる。
ここの食事はまずい。
しかし、唯一の例外がある。
ウイングの料理だ。
彼女が作ると何故か食事がおいしいのだ。
他の食事当番が作った食事は閑古鳥が鳴いていてもウイングが作った食事だけはいつも長蛇の列である。
因みにウイングは自分で作ったものをほとんど食べない。
食べても一口程度である。
何でもホムンクルスは肉体が常人より遥かに発達している代償に消化器官が退化しているらしい。
それでなくてもその肉体を維持するためには常人の数倍の栄養が必要なのだが、退化した消化器官でそれは望めない。
そのためホムンクルスが常時しているのが、生命の水である。
形状は琥珀色のカプセルで、水や酒などに溶かして飲む。
もちろんそのまま食べることも可能だ。
何でも非常に優れた栄養カプセルで、常人ならこれ一つで数日分の栄養が補給できるらしい。
もしこれを常人が食べ続けると、その栄養過多から太ってしまうらしい。
仙豆みたいだ、と秋は聞いたときそう思ったものである。
ウイングが秋に食べたいものを聴きながら、食事を作っているテントに向かって歩いていく。
周囲の兵士達もおこぼれに預かろう、とそれについて行った。
そして、誰もいなくなる。
それを確認したかのように、ウイングとジャンヌが使っているテントから三代目が出てきた。
「っち。ジャンヌの着替えを見逃したか」
三代目は忌々し気に呟いたのだった。




