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「ったく、何なんだっつんだよ。小太郎のやつ……」
いったい何がいけなくていきなりぶん殴られなければならなかったのか。さっぱり分からない瓏衣はぶつぶつと不平を呟きながら、新しく開店したばかりということもあって老若男女一人から家族、友人、老夫婦までありとあらゆる人という人でごった返すショッピングモールの一階を歩く。
てっきり三人揃って休憩となると思い込んでいたため、一人先に休憩をもらってしまったのは計算外だ。
さてどう過ごしたものか。ポケットに入れた携帯の画面は昼過ぎだと教えてくれる。とにもかくにも、まずは腹に何か入れたいところだが。フードコートは何階にあるだろうと瓏衣は人混みの間を縫うようにかわし、ショッピングモールのフロアマップを探す。
「瓏衣さん!」
背後からまだ幼い印象を受ける高い声が嬉しそうに呼ぶ。
咄嗟に足を止めて振り返ると、そこにいたのは昨日の少女、西条祷だった。
「やあ祷ちゃん。こんにちは。奇遇だね」
「こんにちは! 本当に奇遇です!」
金色の髪をなびかせて小走りで駆けてきた彼女は丸い襟がかわいらしい品のあるワンピースを着て、ショルダーバッグを肩にかけている。
「あれ、祷ちゃん一人?」
近くに友人や親といった連れらしき人の姿は見えない。
瓏衣は首を傾げる。
「はい。誘った友人は先約があるそうで来られなくて、でも新しく出来たところなので気になって、散歩ついでに一人で来ちゃいました。瓏衣さんはどうしてこちらに?」
「知り合いに頼まれてすぐそこのホールで風船配りを手伝ってたんだ。本当は連れがいるんだけど、ワケあってオレだけ先に休憩もらってさ。昼だし何か食べようかなって」
休憩時間はそんなに取れないので、できれば手早く食べられるものがいい。フロアマップに目を向けると、祭りの屋台のようにドリンクのみやポップコーンを売っている店などがあるが、瓏衣個人の好みではたこ焼きやたい焼きなんかが美味そうだ。
「あ、あの瓏衣さん! ぜひ昨日のお礼もしたいので、ご一緒させていただけないでしょうか!」
両手に拳をつくり、なぜか何かに息巻いている様子の祷。不思議そうな顔をしながらも瓏衣は返す。
「お礼なんて気にしなくていいけど、オレ一時間ぐらいで戻るよ?」
「構いません! ぜひご一緒させてください!」
彼女の勢いに負け、瓏衣は頷いた。
食べたいものはないか訊ねたが、自分は奢るから好きに決めてくれていいと言うので瓏衣は二階のフードコートの端にあるたい焼きを希望した。
早速向かってみると、甘いにおいを漂わせる和風な趣きの店の前に人は並んでいないが、これがおやつ時になるとどうなるかは分からない。
メニューはオーソドックスなあんこにはじまり、あんことクリーム、カスタードクリーム、チョコクリーム、とシンプルな品揃えだった。
瓏衣の目に止まったのは、もちろんチョコである。カバンから財布を出すと、すかさず祷に腕を抑えられてしまい、瓏衣は渋々財布をしまった。
「瓏衣さん! お待たせしました!」
人は少ないが列を為していないだけで来ない訳では無い。祷に会計を任せ、邪魔にならないように少し離れた場所で待っていた瓏衣に、祷は店のロゴが入った紙袋を手渡す。
「ありがとう。奢らせちゃってごめんね」
「私が瓏衣さんにごちそうしたかったんです。気にしないでください」
と、笑う祷の手にたい焼きは無い。
「祷ちゃんは食べないの?」
「ここに来る前に家で早めの昼食を摂ったんです。買い食いはあまりしないように言われていますので……」
彼女は少し落ちた表情でわずかに顔を伏せる。
この町で一番有名なお嬢様学校に通い、あんな高級住宅街の一角の豪邸に住んでいるぐらいだ。ほとんど偏見と想像だが、きっと普段から両親にいろいろと面倒な言いつけを課せられて息苦しい世界で暮らしているのだろう。
「祷ちゃん。小腹は空いてるかい?」
そう問いかけると、祷は跳ねるように顔をあげる。
「えっ? はい……。少しだけ……」
「じゃあ、はい」
瓏衣がさきほど手渡した紙袋を、口を開いた状態にして今度はこちらに差し出してきた。その意図が掴めず祷は小首を傾げる。
「ここは外だ。君の両親はいない。告げ口するような人間もいない。万が一のときはオレに無理強いされたと言えばいい。だから、もし君がそうしたいと望むなら、」
既に両親を亡くしている瓏衣にはわからないけど、彼女の父と母が、彼女のことを思って、彼女のために言い渡した制限を、窮屈だと感じてしまうのなら。
ウインクをして、瓏衣は、
「今から少しだけ不良になってみない?」
祷は驚いたようにわずかに目を見開いたが、それから少し嬉しそうに目を細めた。
「ふふっ。仕方がないですね。瓏衣さんは悪い人ですから。影響されて、私まで悪い子になっちゃったみたいです」
「そりゃすまんね。それなら買い食いなんてへっちゃらだよな?」
「はい。お言葉に甘えて、お一ついただきます」
白く細い手が紙袋に伸びて、中にあるたい焼きを一つ引き寄せる。
瓏衣も同じようにたい焼きを一つ取り出すと、祷と笑みをかわして齧り付いた。
表面はカリカリとしているが裏腹に中はふわふわで、咀嚼すると甘みとともにチョコレート特有の香りが鼻を抜ける。
どうしても奢らせてほしいという祷に、チョコクリームのたい焼きが二つとあんこのたい焼きを一つ頼んで買ってもらったのだが、同じ紙袋に詰められては表面上では区別がつかない。
いわばランダムだったわけだが、瓏衣がとったのはチョコクリームのたい焼きだったらしい。焼きたてであるためまだ温かく、とろりとしたクリームがとても美味であるそれはまるでフォンダンショコラのようだ。
ふと祷に目を向けると、彼女は小さく口を動かしながら黙々とたい焼きを食べ進めており、その目は心なしか輝いて見えた。
「美味しい?」
問いかけると、彼女は間髪入れずに返してくる。
「はい! とても、とても美味しいです! 初めて食べたんですけど、うちで食べるパンケーキとはまた違った生地のふわふわ感と甘さで美味しいです! あとこれ、本当に粒あんが入ってるんですね!」
「もしかしてたい焼き初めて食べたの?」
「はい! テレビでは何度も見たことあったんですが、中々食べることが出来なくて! だからすごく嬉しいです!」
口に手を添え、上品に振る舞いながらも子供のようにたい焼きを頬張る歳相応な姿が可愛らしい。少し強引で自己満足であることは承知していたつもりだったが、ここまで喜んでもらえたなら言い出した甲斐もあったというものだ。
瓏衣は自身に品性の欠けらも無いことはよく知っている。だから食べ歩きをすることに対してどうとも思ったことはなかったし、むしろ祭りなどで食べ歩きをしながらいろいろなものを見て回るのが楽しいし好きだった。
瓏衣もまた開店したばかりのこのショッピングモールにどんな店があるのか見て回りたかったので、たい焼きをかじりながら歩き出した。
すると、背後で困惑したような声が聞こえて振り返る。やはり祷が眉尻を下げて戸惑ったような顔で瓏衣を見ていた。
そういえば、食べ歩きも本当は行儀の悪いものなんだったか。
「行こう。まだ時間あるから、どんな店があるのか食べ歩きしながら見て回ろうよ。今は不良なんだから、行儀が悪いとか知らない知らない!」
促すように瓏衣は祷に手を差し出す。
祷は戸惑う。確かに多少窮屈であることは否めないが、今まで守り続けてきた言いつけをいきなり、なにもいいわけできないぐらいに破ろうとしているのだ。
今日このときだけと誓っても、胸に生まれる後ろめたさは小さくない。
けれど、この手を取りたいと、確かに祷は思ったのだ。心から恋い慕う、王子さまの手を。
「はい! 瓏衣さん!」
嬉しさによる高揚と、少しの恥ずかしさに顔を赤らめながらも、祷は差し出された手に自身の手を重ねる。そして瓏衣はその手をそっと握ると、エスコートをするように優しく引いて歩き出した。
気の向くままふらふらと歩き、上の階へ上がった二人は、立ち並ぶ様々な店を見回る。中に入るまでの時間は取れず、食べ歩きをしていることもあり自然とウィンドウショッピングになってしまっていることを瓏衣が祷に謝罪すると、彼女は、こうして見て回るだけでもとても楽しいですととびきりの笑顔で首を振った。
とそこで、瓏衣は少し先の店の前になにかが置いてあるのが目に入った。近づいてみると、五つの棒が縦に並立し、その棒の足元にはそれぞれ異なる色が記されている。
「これは……」
「輪投げの得点台か……?」
雑貨屋らしき店の前に静置されているそれの傍に寄り、見下ろしながら首を傾げていると、前から明るい声がかかる。
「いらっしゃいませ。ただいま開店キャンペーンといたしまして、輪投げチャレンジをさせていただいております。お渡しする輪っかが一つでも的に入りましたら、景品をお渡しさせていただきます」
顔をあげると、そこには水色のスタッフ用ジャケットを着た若い男性が人当たりのいい笑顔で立っていた。
そして、男性が手を向けて指し示した先には階段のように段々になった台があり、一段ずつに景品と、得点台にも記されていた色が書かれている。
一番下で、得点台の的で言えば狙いやすい一番手前の的に輪が入ると景品はお菓子、それから一段ずつ上がっていき、その上の段、得点台では手前から二番目の的で子供が遊ぶための風船セット、次にハンドタオル二枚セット、その次は五つ入りの箱ティッシュ。主に子供向けだと思われるが、それにしては実用性のあるものも混じっている。
そして一番上の段の、難易度の高い、最も遠い的の景品は、
「……かわいい……」
呟いた祷はある一点を見つめていた。それこそが、一番奥の的の景品である、大きなクマのぬいぐるみであった。一番上の段にだらりと座っているクマは黒の毛に覆われ、青い釦を目として縫い止められており、首には鮮やかな青色のリボンが巻かれている。
まるで魅入られたように釘付けになっている祷の碧の双眸は輝いており、よほど気に入ったようである。
またクマか、と遠い目をしつつも、瓏衣は男性スタッフに訊ねた。
「参加条件は?」
「品物や食べ物、なんでも構いません。このショッピングモール内にてなにかしらをお買いあげ頂きまして、そのレシート一枚につき一回ご参加いただけます」
流暢に喋るスタッフの言葉を聞いた瓏衣は先ほどたい焼きに舌鼓を打ったことを思い出す。
「祷ちゃん。さっきのたい焼き屋のレシートあるかな?」
声をかけると、ぬいぐるみに釘付けになっていた祷は我に返った。
「え? あ、はい。ありますよ」
「ありがとう。これ、さっき食べたたい焼きのレシートなんだけど……」
財布から出したレシートを見せると、失礼しますとスタッフはレシートを受け取り、日付などを確認する。
「え? え? 瓏衣さんコレするんですか?」
ぬいぐるみに気を取られて話を聞いていなかったのだろう。祷はレシートに目を落とすスタッフの男性とそれを待つ瓏衣を交互に見ながら頭上にハテナを浮かべる。その頭を撫でながら、瓏衣は頷いた。
「保証はできないけど、クマ頑張ってみるよ」
「はい!」
ぱぁっと顔を明るくさせて、祷は嬉しそうに大きく返事をする。すると、確認を終えたスタッフの男性が顔を上げる。
「はい。これでしたらご参加いただけます。ではこちらを、」
見えやすいようにだろうか、赤色の、プラスチックでできた輪っかを五つ手渡された。投げる位置はここからでお願いしますと、赤いテープがバツの字で貼られた位置に瓏衣が立つ。
赤いテープの位置から得点台自体まではおよそ六メートル弱。奥の的までは七メートルも無いぐらいだ。五つの輪っかのうち、一つでも入れば景品ゲットだが、レシートはもう無いので五つ全て失敗すると次のチャンスはない。
とはいえ気を張りすぎるのも失敗のもとだ。最初の二つ三つで大体の距離感を掴めば勝機はある。焦るな焦るなと自身に言い聞かせながら瓏衣は一つめの輪っかを構える。
「瓏衣さん! 頑張ってください!」
にこにこと笑っている男性スタッフに対して祷が神妙な面持ちで見つめるなか、瓏衣が腕を横に振り、輪っかが回転しながら静かに飛んだ。
それは真ん中の的にこつんと軽い音をたてて当たり、脇に落ちた。
「ああー! 残念っ! でもまだ一回目ですから、頑張りましょう!」
脇で男性スタッフが盛り上げるためにオーバーリアクションを取っているが集中したいので無視をさせてもらおう。一回目で真ん中あたりに当たったなら、次はもう少し遠くに飛ばすよう意識するだけだ。
二つ目の輪っかを持った手をさっきよりも少し上にあげて構え、輪っかを投げる。
「あ……」
輪っかは瓏衣の狙いを外れ、奥の的よりも斜め遠くに飛んでしまい、瓏衣は渋い顔で思わず声を出す。
大丈夫だ。あと三回で決めればいい。腕はさっきよりも少し下へ、けれど一回目よりは上の位置に。腕は横に振るのではなく、少し前に出すイメージで。
目を閉じてイメージトレーニングをし、三回目に臨む。静かに輪っかが宙を舞った。
すると、輪っかは、
「あ!」
今度は祷が明るい声を出す。
「おめでとうございまーす! 四番目の的に入りましたので、箱ティッシュワンセットをプレゼントいたします!」
赤い輪っかは確かに的の棒に引っかかって落ちたが、それは四番目の的であった。
男性スタッフが早速五つでワンセットの箱ティッシュを一つ祷に持たせるが、狙いはそれではないので瓏衣の戦いはまだ終わっていない。チャンスは残り二回。投げ方は掴めたが、そろそろ焦りがくる。
きっと大丈夫だと笑ってくれているか、不安げに眉尻を下げているか、どちらにしろ祷の顔を見る方が返って力んでしまう気がして、瓏衣はあえて得点台から目を離さなかった。
四つ目の輪っかが飛ぶ。そして一拍の間を置いて、コン、という軽い音。
見事入るかに見えた輪っかはまるで拒まれるように的の棒の先に弾かれ、その脇に転がり落ちた。同じように瓏衣の両肩もがくっと落ちる。
五つあったはずの輪っかは短い時間の間に早くも残り一つとなってしまった。瓏衣はつい漏れたため息を深呼吸に変え、焦り逸る気と呼吸を整える。
いつの間にか周囲では通りがかった客たちが見物に足を止め人だかりを作っていた。
「瓏衣さん……!」
自分の小さな呟きを掬いあげてくれただけでも十分だ。だから仮にぬいぐるみが取れなかったとしても責めるつもりは毛頭ないが、けれど結末が明らかになるその瞬間まで、祷は心の底から瓏衣を信じている。
両の手を組み合わせ、祷はただ、言葉なくまっすぐに瓏衣を見つめ続けた。
「輪投げをなめてたのもあるけど、ちょっとカッコつけすぎたかな……」
小さく自嘲して、瓏衣は輪っかを右手に握る。
またなにかしらを買って出直すにも瓏衣はバイト中であるため時間が無い。泣いても笑ってもこれが最後だ。
もはや周りの人だかりからの好奇の視線より、この最後の輪っかを的に入れられるかどうかのほうがよほど気になる。柄にもなく、子供向けの輪投げごときで緊張する日が来るとは思わなかった。
苦し紛れのおふざけもそこそこに、瓏衣は覚悟を決めて目標の的を鋭く見据え、輪っかを持つ手をみぞおちの高さまで持ち上げる。
集中し、輪っかがわずかに曲線を描いて飛ぶ姿を強くイメージする。周囲の喧騒が意識の奥に遠のいていく。
瓏衣の腕が、音も無く動く。
飛び出すようにして瓏衣の手を離れていく赤い輪っかに、その場にいる誰もが釘付けになる。それは瓏衣から得点台までの距離をゆうに飛び越え、やがて引き寄せられるように落ちていく。
一瞬の静寂にコンと小気味いい音が響いた。
「あ……」
「あ!」
瓏衣の声に、両手を打ち合わせる祷の声が重なる。
二人の、そして男性スタッフたちが見つめる先の得点台の、一番奥の的には確かに、赤い輪っかが入っていた。
「おめでとうございまーす!! 見事、一等の的に輪が入りましたので、景品の特大ぬいぐるみを贈呈です!!」
男性スタッフの大きな声が、甲高いハンドベルの音と共に響き、それにつられるように拍手が沸き起こる。
ほんの小さなキャンペーンで催されている輪投げで拍手に包まれると思っていなかった瓏衣は気まずそうに、気恥ずかしそうにたじろぎ、目を泳がせる。
そんな瓏衣の姿を見た祷は胸に湧き溢れる喜びや愛しさにたまらずその懐に飛び込んだ。
「瓏衣さん!」
「わっ!」
驚きながらもしっかりと抱きとめてくれる腕も愛おしくて、甘えるように擦り寄る祷。その表情がなぜかあまりにも幸せそうだったから、瓏衣は彼女を軽く抱きしめ返してやる。
そうしていると、別の女性スタッフが奥から引き渡し用のぬいぐるみを持ってきたので、祷の肩を叩いて報せる。
「お待たせいたしました! こちら、一等の特大ぬいぐるみになります!」
ぬいぐるみを差し出すも、女性スタッフの姿がほぼ隠れてしまっていることから改めてそのぬいぐるみの大きさがうかがえる。
「ありがとうございます!」
ようやく瓏衣から離れた祷は手を伸ばし、ぬいぐるみを受け取る。黒い毛並みの大きなクマの手触りは、自宅にあるクッションよりももっとずっと柔らかくて、ふわふわだった。
「瓏衣さん、私のわがままを聞いてくださって、ありがとうございました!」
「本当に取れてよかったよ。それにしても、黒いクマのぬいぐるみなんて珍しいね」
祷の細い腕や体には到底収まりきらない大きなクマの腕をわし掴んでその柔らかさを確かめる瓏衣が訝しげな顔で呟く。
雑貨屋などで見かけるテディベアはほとんどの場合茶色やミルクティーのような色合いをしている。黒いクマも見ないわけではないが、少し不思議だ。
「同じもので茶色の毛並みのクマもございますよ。よろしければお取替えいたしましょうか?」
そばでニコニコと笑っていた女性スタッフが申し出る。
だが、祷は早々に首を横に振った。
「いいえ。このコがいいんです。この、黒い毛並みのクマさんが」
そう言うと、祷は再びぎゅう、とぬいぐるみを抱きしめる。とても、とても嬉しそうに。
こんなに喜んでもらえたなら、挑戦した甲斐があったというものだ。
集まっていた見物客のうち、子供たちはそばに居る家族に自分もやりたいと袖を引いたり、あるいは輪投げ自体に興味なくその場をあとにするなか、代わりにティッシュのセットをもらいながらクマを凝視する瓏衣が顎に手を添えて首を捻っていると不意に祷と目が合う。
「どうかした? 祷ちゃん」
彼女は一度、瓏衣と手元のぬいぐるみを見比べて、それからとびきりの笑顔で笑った。
「なんでもないです!」




