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 カランカランと鐘鈴ドアベルが鳴いて、振り返った千鶴の目に待ち人が映り込む。姿を見るなり居ても立ってもいられなくなって、駆け寄った。


「おかえり瓏衣くん! 小太郎くん!」

「どぉふ!!」

「おわっ!」


 勢い余って半ば突進と化した抱擁に対応が遅れた瓏衣は思わず声を上げ、傾いた体が真後ろにいた小太郎にぶつかる。しかし悲鳴に反してダメージはそれほどでもない。ほとんど条件反射だ。傾いた体を正しながらしっかりと千鶴を抱きとめて頭を撫でてやる。


「ただいま。千鶴」


 声をかけても、千鶴はしばらく瓏衣に抱きついたままだった。危険だからと一人喫茶に残してきたが、不安だったのだろう。彼女の右手は瓏衣の背に回されているが、左手は存在を確かめるように小太郎の腕をがっしりと掴んでいる。苦笑しながらも、小太郎も千鶴の頭を撫でた。


「安心しろ。生きてっから」

「気持ちはありがたいが、一々そんなに心配してたらこの先身がたないぞ」


 カウンターの中から微笑ましそうにこちらを見ていた春乃が口を開く。


「おかえりなさい。皆コーヒーでいいかしら?」

「おお。頼むで~」

「ほら千鶴、座ろうぜ」

「うん……」


 遅れて入ってきた雪羅が陽気に軽く手を挙げる。店のすぐ入口に立っていることを思い出し、瓏衣は千鶴の肩を軽くたたいて、奥の四人がけのテーブル席に移動した。例によって、その隣の四人席に雪羅たちが腰を下ろす。


「ハルねえ、マスターは?」


 初対面のときからこの喫茶の店員としてはっきりした受け答えをしながら慣れた手つきでコーヒーを持って来てくれる姿などから、彼女に対してしっかりものの姉のようだという印象を強く受けたため、瓏衣は親しみを込めて春乃をハルねえと呼ぶことにした。

 最初にここに運ばれてきたときもそうだったが、まるで彼の雰囲気を表しているような緩いパーマ頭の、この店の店主マスターであるはずのあの男性──よくよく考えるとまだ名前を聞いていない──はよくこの店を留守にしているようだった。

 すると春乃は腰に手を添え、呆れた表情で言う。


「それが、どうやら釣りに出かけちゃったみたいなの。まったく、ちょっと目を離したらすぐにサボっていなくなるんだから……」


 むくれながら、春乃はその怒りをぶつけるように年代物のコーヒーミルのレバーを荒く回し、ガリガリと豆を砕く。

 なるほど、サボり癖があるのか。見た目通りやはり緩い。


「ところで小太郎さん、戦いには慣れましたか? 不調などは……?」


 セレンが気遣わしげに問いかけると、小太郎はしばし目線を上にやり、心当たりがないかを考える。当初は一度力を使うと疲労が酷く、体に力が入らずに驚いたものだが、最近はそれも治まっている。


「いや、今んとこはなんもねぇな。力の使い方もだんだん分かってきたとこだし」

「お前の場合、力使っても倒し方は人間相手のときとそう変わんねぇしな」


 瓏衣がニシシと笑うと、向かいに座った小太郎が無言で瓏衣の頭を鷲づかんだ。


「いだだだだ」

「お前にだけは言われたくねぇ」


 小太郎のアイアンクローがぎりぎりと瓏衣の頭を締める。瓏衣は痛みに顔を歪め、彼の腕を掴んで自身の頭部から引き剥がそうとするが、彼は放さない。


「で、でも小太郎くんもあんまり危ないことしたり、無茶したりしないでね」

「さーて、それはこのバカが突っ走り続ける限りできねぇ約束だな」


 言いながら頭を前後にゆっさゆっさと揺らし、放るように手を放すと、瓏衣はうっ、と呻いて頭を押さえた。


「はーい、コーヒーお待ちどおさま」


 丸い盆にコーヒーを乗せて、春乃がカウンターから出てきた。ソーサーに乗っていることもあり、盆に乗るカップの数は三つが限度だ。春乃は先に瓏衣たちの座る席にコーヒーを運んできた。

盆からそっとコーヒーを持ち上げ、瓏衣の前に置きながら、彼女が不意に口を開く。


「あ、そうそう。危ないことといえば、最近この辺りでストーカー事件が起こってるそうよ。でも被害者は全員男の人らしいの。今のところ実害は無いようだけど……」


 男を狙ったストーカー。

 ストーカーに遭うといえば、半ば固定概念のように大多数が女性を被害者として思い浮かべるだろう。実際、それを聞いた瓏衣たちは訝しげに首を傾げている。

 最近は男女関係なく危ない目に遭うから怖いわよね、と言いながら春乃はカウンターへ戻っていく。

 まあ、とにもかくにも、


「気をつけろよ」

「気ィつけろよ」


 重なる瓏衣と小太郎の声。その顔はお互いを見つめていて、そして同時に何を言っているんだと言うように眉をひそめた。


「なぜオレに言うよ。この場合、狙われるとしたらお前だろ」

「お前こそ狙われそうだし、狙われても狙われなくても首突っ込むだろ」

「か弱い女性ならともかくなんの関わりもねぇヤローを助ける気なんざねェよ」


 小太郎の言葉に同調しつつも千鶴は、性別関係なく困ってる人は助けてあげてほしいかなぁ……、と苦笑する。


「何言ってるの。瓏衣くんだって狙われるかもしれないじゃない。いくら強いって言ったって変に危ない目に遭う前に逃げなきゃダメよ?」


 盆に再びコーヒーが注がれたカップを三つ乗せた春乃が今度は瓏衣達の隣席に座るカイナたちにコーヒーを差し出す。すると、瓏衣はコーヒーを飲もうとする手を止め、キョトンとした顔で春乃を見る。


「どうして? 狙われてるのが男なら、女のオレが狙われるはずはないだろ?」

「えっ!?」

「えぇっ!?」

「ウソやろ!?」

「ぶっ……! げほげほっ!」


 春乃、セレン、雪羅が揃って頓狂な声をあげ、加えてコーヒーをせる声が一つ。カイナである。


「誰も気づいてねぇのかよ」

「無理も無いとは思うけど……」


 小太郎は呆れたようにコーヒーに口をつけ、千鶴は苦笑したまま呟く。

 オレという一人称、肩につかない短めの黒髪、凹凸おうとつが少なくほっそりとしながらも引き締まった体躯、男性のような言動。それら全てを鑑みて、中性的な印象を受けはしても、誰が瓏衣をひと目で女性だと思うだろう。


「ともかく、今は実害が無くてもそいつがいつどんな理由で影堕ちして、行動がエスカレートするかはわからない。小太郎も千鶴も、あまり一人で遅い時間や人気ひとけの無い場所を出歩くなよ」

「お前もだっつの」

「いて」


 まるで他人ひと事としか捉えず、こちらにしか警戒を促さない瓏衣の頭に軽いチョップを入れ、小太郎はため息をつく。


「まあ、そいつが影堕ちして負影シェイドが出た場合にゃあ俺らが叩き潰すとして。瓏衣、千鶴、買いモン付き合ってくれ。お袋から頼まれた」


 コーヒーを飲み終えた小太郎が席を立つ。それに続き、千鶴も荷物をまとめて腰を上げる。


「うん。いいよ。行こ、瓏衣くん」

「おう。じゃあまたな、カイナ、セレン、雪羅。ハル姉、会計頼む」

「はーい」


 瓏衣も残りのコーヒーを飲み干して、荷物から財布を取り出しながら春乃に声をかけると、彼女はパタパタと出入り口のそばにあるレジに駆けてくる。


「あ、そうだ。瓏衣くんたち、明日朝から時間ある? お願いがあるんだけど」


 レジスターを操作しながら春乃が言うと、瓏衣は明日の予定を考える。待ち遠しかった大型連休も終盤に差し掛かるが、予定はといえば小太郎やカイナたちとまた公園の隅で手合わせをするぐらいだ。

 いつ堕天使によって影堕ちさせられた者があらわれ、負影シェイドが出るかわからない。修行を怠りたくはないが、女性の頼みを断ることもできないのが瓏衣の性分だ。

 小太郎と千鶴に目をやると、二人とも用事は無いと首を振る。


「いいよ。何をすればいい?」

「本当!? ありがとう! じゃあ明日の朝、最近出来たあの大きなショッピングモールに来て欲しいの。詳しいことはそこで話すわね。できればそこの三人にも来てほしいのだけど……」

「俺らも? なんや、えらい人数かき集めるなぁ」


 春乃がのぞき込むように雪羅たちが座るテーブルに目を向けると、自分を指さしながら、雪羅は不思議そうに首を傾げる。


「了解した。では私たちも行こう」

「ありがとう。お願いしますね」


 カイナが頷くと、春乃は止めていた手を動かして会計を再開する。それぞれ個別に支払いを済ませ、最初に済ませた千鶴は喫茶の扉を引いて開ける。射し込む日差しは心地よくも長い間浴びていると少し汗ばむ陽気で、気の早い初夏を感じる。


「ほなね、瓏衣、千鶴ちゃん、小太郎」

「気をつけて帰るんだぞ」

「お疲れ様でした!」


 順に簡易な挨拶をかわし、それに手を振って応えると、瓏衣は先に出た千鶴と小太郎のあとを追った。


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