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「───この拳は誓いと共に!」
左脇には大きな溝が走り、頭上を電車が走る高架下の短いトンネル内で、小太郎の声が反響する。彼の意志に従い、右手の中指にある指輪が灯火に似た暖かい橙色の光を放つ。
光はやがて大きくなり、構える彼の右手を包み込む。そしてその光は彼の左手をも覆い、吹き飛ぶように消え失せた。すると小太郎の両手は指輪の代わりにレザーグローブに覆われていた。
《ガアアッ!》
会社員だろうか。スーツを着た女性から伸びる負影が指の無い腕を振って小太郎を払い除けようとする。小太郎は臆さない。
弓を引くように右半身を引き、拳を構える。負影の腕が寸前にまで迫ったところで、小太郎が動く。
「はあっ!」
一矢のごとく放たれた拳が黒いモヤでできた腕を打ち砕き、負影の腕は渦を巻きながら霧散した。痛みを感じるような性質には見えないが、それでも地響きのような悲鳴をあげる。
女性共々身を仰け反らせ、負影は残った片方の腕を鞭のように振り回して暴れだした。
無論避けるが、高架下のトンネルであるため如何せん狭い。小太郎は屈んだり、あるいは転がりながらそれらをかわす。
「おーい攻めが甘いぞー」
「がんばりやー」
「小太郎さんファイトです!」
後ろから飛んでくる、野次と声援。それは瓏衣たちによるものである。
小太郎が仲間に加わったため、瓏衣たちがフォローに回りながら三回ほど経験を積み、今回は彼一人に相手を任せることになった。
「おらおらー。とっとと倒せへっぽこー」
「うっせ! 黙って見てろ!」
ニヤニヤと笑いながら野次を飛ばす瓏衣に言葉を返して、小太郎は構え直す。
「ア゛ア゛アァ……! ガルァアッ!!」
女性が苦しむように身を捩り、髪を振り乱すと、負影が片腕を伸ばして小太郎を狙う。右に左に避けると、負影は彼を追い、右に左に腕を突き出す。
「よっ、と!!」
小太郎が右方向に跳躍する。トンネルの冷たく硬い壁を蹴って、負影の背後に回り込んだ。
「沈め!」
グローブを嵌めている両手に先ほどと同じ橙色の光が集まり、大きくなる。背後を取られたことに気づいた負影が振り返ろうとするが、
「遅ェよ!」
不敵に笑う小太郎が放った掌底が隙だらけの負影の背中に決まる。
渾身の一撃が、光とともに負影を打ち抜き、たまらず湧き上がる断末魔の悲鳴をトンネルの壁に反響させながら消え失せた。
バタリと倒れ込む、スーツ姿の女性。
「負影の反応、消失しました」
そう伝えるセレンの手には負影や堕天使の気配を察知するおなじみの小さな探知機が握られている。
もう大丈夫だろうと、カイナと瓏衣が女性に駆け寄り抱き起こす。脈に異常は見られず、鼻腔はすぅすぅと穏やかな呼吸を繰り返していた。気を失っているだけのようだ。
「女性にも目立った外傷は無い。力は制御できているようだな」
「おつかれ、小太郎」
彼なりに気を張っていたのだろう。二人の言葉に安堵した小太郎はようやく肩の力を抜き、武器を解いた。
「ほな、その人警察に届けたら、戻ろか」
「はい!」
雪羅がポケットから車の鍵を取り出すと、セレンが笑って頷いた。カイナが女性を抱き上げ、瓏衣と小太郎がそのあとに続く。が、すぐに小太郎の足が止まった。
「コタ? どした?」
「いや……」
最後尾で隣を歩いていた瓏衣は小太郎が立ち止まったことに気づいた。
誰かに見られている気がしたのだが、気のせいだろうか。この前の堕天使、とも何か違う気がする。
「なんでもねーよ。行くぞ」
「わっ」
誤魔化すようにわさわさと瓏衣の黒い頭を雑に撫で回しながら小太郎は再び歩き出し、カイナたちの後を追った。




