混沌
「馬鹿を言うな」
腕組をして、仁王立ちをしていた林冲が私と心路を見下す。私達は地面に土下座をして、座っているところだ。他の兵たちも遠巻きに見ている。
「戦場に出たいんです、この女は以外と戦えます」
ばんっと地面にてをついて、額を地面にこすりつけながら心路が言う。その気迫に驚きながらも、私もそれにならった。
──そういえば私、史進さんの従者だった。
頭を伏せたまま、私は心路にだけ聞こえるように呟いた。かすかに心路が身じろぐ。忘れていた、と言わんばかりに。すると背後から足音が聞こえてきた。じゃり、じゃりっと土を踏む音。誰、と言わなくても、それが史進であることはうっすらとわかった。頭をあげるべきかどうか迷ったが、私はそのままじっとしているほうが賢明だと判断した。
「その男たちは、俺の遊撃隊で使いましょう」
史進が言った。私は思わず顔をあげる。心路も同じだった。にやり、と笑った史進の額には青筋が浮かんでいる。何もそんなに、怒らなくったって。ちょっと女を武器にしたくなった私がいた。蹴り上げられた足を、まともに受ける。心路は動かなかった。そう、満点だ。痛みに身を捩りながら、私は内心思って痛みをごまかした。
「従者のくせに、どこへ行っていた。その男は誰だ」
「こいつは、心路です。私の仲間のようなものです。多分呉用さんも、認めると思います」
勝手な推測だが、そういうことにしておいた。すると史進は、ひとまずそれで納得したらしい。
「おい、女、馬には乗れるのか?」
「女じゃありません」
「お前はまだ、男になりきれておらん。だから、女だ」
ぐっと言葉を飲み込む。隣で心路が息を潜めているのが伝わってきた。史進が近くに立っていた兵に命じ、馬を一等連れてきた。
「乗れ」
頷き、私は馬にまたがった。いやに体が軽い。そうそう、腿で意志を伝えるというのはこんな形かな、と思いながらやってみたりもした。振り落とされないように内心びくつきながらも、せめてそれを悟られまいと努力する。
「……それなりに乗れるようだな」
やや史進が驚いたように言う。林冲は腕を組み、こちらをじっと見つめていた。ひょっとして私のこの状況は、乗れないだとうと思ってやらせてみたら、ちょっと想像以上に乗れました、といういい具合の状況なのではなかろうか。得意になって心路に笑いかけたところで、ぐらりと体が揺れる。落馬しかけた私の体を、心路が支えてくれた。うむ、満点でござるよ。
卑怯な文章になっているかもしれない、と思う。私の見ている世界が、卑怯で、卑屈かもしれない。いや、書きながらその自覚がある。だけど、それでいいじゃないか。思うままに、流れるように、それだけはきっと、許されていると思うから。
「心路も乗れるよね?」
ひょいっとうまからおり、さっそうとそう告げる。乗れない、というようなむむっと心路は眉を寄せた。が、私がただその反応を見たかっただけであり、実のところ乗れるのは目に見えて分かっていた。史進と林冲も、心路に関しては確認しなくともそのあたりにことはわかるらしい。なんだよ、私だけ緊張して損したような気分じゃないか。まあ、乗れたし、ちょっとかっこいいところをみせられたからよかったけどね。
「死ぬ覚悟はあるのだろうな、万里」
「あります」
林冲のその言葉には、考える間もなく即答できた。死にたいのだ、私は。なぜかはわからないけど、全てが、たとえば呼吸をすることが、苦しかった。
「心路も一緒に、死にます」
あなたは私をひとりにしないから。
わがままを、孤独を、罵倒を、受け止めて。もうこれ以上、我慢するのが生きることだと、私に教えたりしないで。
「どうしても、ついていきます。だめだと言われても、ついていきます。勝手についていって、そこで、死にます」
そうだ、死のう。言葉にするより簡単に、私は思いついた。心路が泣きそうな顔をしたのはなぜなんだろう。こんなに死にたかったのかとどこか自分を遠くに感じながら。
思うままに、多分、もう、言葉も、出ない。孤独に多分きっと誰かがいても無理で、誰もいなくても、無理。ひとりぼっち。ひとりじゃないといわれることも、ひとりだと感じることも、心揺り動かされること全て。
ない知識を振りしぼって、嫌にならない程度にうんうんと頭を働かす。色が、景色が、何かが、動きが、見えてくるね。それで結構です。支離滅裂。だめだ、もう。
聞かせて差し上げてもいいです。
何がほしい、何がほしいのか、認められ、愛され、崇め奉られ、絶対的な幸せが、私はほしい──