表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

心路

遠い。体力はないほうなのだ、私は。でも少しずつ鍛えなくちゃ。ひょっとすると兵士になるかしれないし、と思う。木々ひとつない原野を走る。かけにかける。かけにかけるってこういうことかな、などとどこか面白く感じつつ、走る。息が続かない。とまる。汗。生きている。ああ、なんだかまた泣いてしまうそうだ。なぜだかわからないけど。ひょっとして私はただ、声をあげてなきたかったのかもしれない。違うかもしれないけど、そうかもしれない。そう考えた途端、喉の奥で言葉が詰まっているような、叫びだしたいような感覚にも襲われた。泣こう。そう決めて周囲を見回す。誰もいない。公孫勝も、いないよね? 注意深く見回す。隠れる場所もない。地平線。泣いてもいい。この世界の誰も責めることなく、泣けるだろう。

「うわああああああ」

 想像以上に、大きな声が出た。気の狂った女だと思われてもいい。思えばいい。そう思ったが、誰も居ないのだからそう思う人間もいないだろう。

「死にたい! 死にたい死にたい死にたい!」

 叫んだ。泣いていた。その言葉に、自分の中のどんな意味があるのかは知らない。言葉以上の、言葉以外の意味があるのだと思う。それ以上はわからず、自分では知ることが出来ないのだと思った。ここで公孫勝が出てきて、なにをやっている、とか冷笑されてもいい。でも、誰もいなかった。どこにいても現実というのはそういうものだった。

 じゃりっと土を踏む音がする。夢か、幻か、現実か、嘘か、傷か、まやかしか──。


私はここで、何をすればいいのだろう。ただ、人々が歩く流れを見ながら、考えるしかなかった。

「女」

 なぜそれがわかったのだろう。私は今、男の姿をしているはずなのに。その声がする方向を見ると、そこには笠で表情を隠したひとりの老人がいた。いや、ただしくは老人ではないことを私は知っている。公孫勝。こんなところにいたのか。どうこたえていいかわからず沈黙していると、公孫勝は歩き始めた。行く宛もない私は、その後姿を追った。追うしかなかった。


食堂の二階──そこが密会の場所だった。よく字面で追ったものの、まさか自分がやってくることになろうとは。ひとまずかしこまって正座をする。ようやく公孫勝が笠を脱いだ。若いのか、若くないのかわからないが、心の底が読めない顔というのがどういうものなのか、初めて知ったという気がする。

「怒り、だな」

 見透かしたようなことを、と思ったが、ようなこと、ではなく見透かされているのだ。胃がせり上がり吐き気を催すような怒りを、私は感じていた。どうしてこの男はそんなところまで見通せるのだろう。不思議だ。不思議だが、救いだ。

「何がお前をそうさせる」

 そう聞かれたいと顔に書いてあるぞ、とでも言いたげに公孫勝が言う。

「その話は」

 バンッとふすまが開いたかと思うと、そこにいたのは、黒髪黒目の青年だった。

なぜか私はその人物が、自由自在に容姿を変えられることを知っている。この世界の住人ではなく、私がやって来た世界の住人でもない。都合のいい、存在。その都合のいい存在の青年は、私を嫌悪するような目で見ている。ツンデレているのか、と思ったが、すっと目をそらされた。公孫勝は剣を抜いていない。危険だとは判断されていないらしい。青年は、どかっと私のとなりに腰掛けた。

「名前、つけろ」

「じゃあ……心路」

 そういう流れがもともと決められていたかのように、するりとその行事は行われた。異論はないらしい。公孫勝は何も言わずにその様子を眺めていた。

「話を遮って悪かった。だが、その話はここではできない。面倒なことになる」

「そうか」

 それ以上、公孫勝は何も言わなかった。というより、特にそれ以上の興味がなかったのだろうと思う。

「公孫勝さん、ちょっと心路とふたりで話をさせてくださいませんか」

「いいだろう」

 物分かりがいいのか、興味が無いのか、なんなのか、公孫勝はそのまま部屋を出た。私は心路と向かい合う。

「なんとなくわかるよ、貴方がどういう存在なのかは」

「だろうな」

「私にとって都合のいい存在だ」

「そんなんになってたまるか」

「……その反応も、都合がいい。ご都合主義だけじゃないって、寂しくならない」

「寂しかったのか」

 その言葉には、なぜだかはっきり答えたくなかった。寂しかったのか。そうだ、私は寂しかった。だけど、それを自分の中で抱えるだけにしておきたかった。見せたくなかった。

「ま、俺は俺で楽しくやるよ」

 心路はそう言って笑った。全てが、満点だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ