夢幻
逃げるようにではなく、この場所からいなくなりたかった。
だから、その景色を見たときに、私はほっとしたんだと思う。
逃げたのではない、きっと逃げたのではない。
見たこともないこの景色の中で、孤独と戦わなければならないのだということは確かだったから──。
見えた。見えたことがある。見たことがある。そうだ、ここは、文字をなぞるようにして私が胸をときめかせた場所。梁山泊だ。
「私、なんでここに」
単純明快な回答を知っている。この時代に、この架空の──私の中ではたしかな形を持っていた──この場所に、ただ、やってきてしまった。それが答えだ。土を踏む。じゃりっという音がして、この大地に確かに支えられているのだと実感した。
「どうしよう」
その言葉は、半ば戸惑いで、残りは喜びだった。
──彼らは、どこだろう。
出会いたい。救われるように、出会いたい。私を救って欲しい。もちろんそんなことは言わないし、言えないだろうけど、はっきりとその感情だけは自分の中にあった。きっと何か困難が待ち受けているのだろうけれど、それさえも私を救うだろう。彼らがいる、もうそれだけでいい。死ぬなら、こんな、幻の中で、泡沫のように、美しく死んでしまいたかった。
「そこにいるのは誰だ」
いつの間にか目の前にひとりの男性がいた。容姿はよく見えない。いや、見えているのだが形容することができない。なぜなら本の中でもそのような記載が なかったから。知っているようで、知らない。きっとこれから少しずつ見えてくる、あなた──。
「呉用さん、ですよね」
これぞという困難の中で私を殺してくれる人。殺す、などというと聞こえは悪いが、私に死に場所を与えてくれる人。与えてくれるかもしれない人。
智多星呉用。最初に出会うのはあなただと思っていた。
「なぜ、泣く」
心配などしていない。というより警戒するように眉を寄せながら呉用は言った。まあそうだな、と内心苦笑しながらも、私は涙を止めることができなかった。
もうこの夢から覚めたくない。
苦しみの中で、死んでいこう。