6 ハル
「――さん……、高倉さん」
真依は自分を呼ぶ声で目を覚ました。
耳の奥で自分の心臓が激しく鼓動する音が、あれが夢だった事を教えてくれていた。
バスは都心を離れたのか、煌びやかなネオンの光はどこにもなく高速道路に等間隔に立てられた外灯だけが規則的にガラス越しの真依の横顔を照らしている。体に伝わってくるバスの振動を感じ、真依は大きく一つ安堵の息をついた。
ひどい疲労感に見舞われたままに視線を上げると、真依の隣の空いている座席に手を掛け、心配そうに自分を覗き込んでいる八木と目が合った。
「八木ちゃん……」
恐ろしい夢の後に見知った顔を見て、真依は安堵の表情を浮かべる。
「すいません、寝てるとこ。――これ、見てもらいたくて」
八木は真依の隣の席に座り込むと、クリップで挟んだ数枚の紙の束を真依に手渡した。
真依がページを繰る手元を、八木は何か言いたげに見つめている。
「あの都市伝説の掲示板の書き込みをプリントアウトしてきたんスよ。今の所、資料はこれしかないもんで」
「あれからまた書き込みが増えたのね?」
そう言って真依が3枚目の用紙を捲ったその時、八木が待ちかねていたように紙面の一点を指差した。
「ここ! ここっス! この投稿者の名前、覚えておいて下さい」
「名前?」
八木の指差す先に書かれてあったのは「ハル」と言う名前だった。
「ハル……」
「このハルって人物が、どうも何かを知ってるようなんです」
真依は八木の顔を見据えた後に、食い入るようにして紙面の中にある『ハル』の文字を探し始める。
『手毬は持っていた?』
それが一番最初のハルの書き込みだった。
――手毬!
真依の脳裏に先刻に見たおぞましい夢が蘇り、全身が総毛だつような恐怖に襲われる。
初めのうちは話題から外れた書き込みと思われ、他の投稿者から荒らし扱いされていたハルだったが1時間程後の女子高生の書き込みによって立場が激変していた。
『友達が『もぉいいかい』の呪いにかかっちゃったんです! 赤い鞠が……って狂ったように泣いていたって聞きました!』
その後には、自分も手毬の話を聞いた事があると言った情報が飛び交い、ハルに対しての問いかけが圧倒的に膨れ上がっていた。
『ハルさん、何か知っているんですか? 呪いを解く方法を知っていますか?私も赤ちゃん堕ろしたので怖いんです。助けて下さい!!』
悲鳴が聞こえてきそうな程の書き込みが続くファイルを読み終えた真依は、指で眉間を押さえしばらくの間目を閉じて俯いていた。
手毬……。
これは何かの暗示なの? 陽子が何か私に告げようとしているの?
手毬と、蔓延していく呪いと、陽子の自殺。
散りばめられた点を結ぶかもしれない『ハル』の存在が、真依の心の中に大きく膨れ上がっていった。