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「最近、仕事うまくいってるんじゃない?」
恋人であり同居人でもある早坂友弥の言葉に、夕飯の後片付けをしている真依の手が思わず止まる。
真依が視線を上げると、カウンターを挟んだシンクの向かい側でサイフォンでコーヒーを淹れている友弥と目が合った。
友弥はいつも絶妙なタイミングで、家事を終える頃を見計らい真依のためにコーヒーを淹れてくれている。この日も、後はシンクの周りに飛び散った水滴を拭くだけを残した所で、友弥はコーヒーをカップに注ぐ動作に移っていた。
片付けを終えた真依が冷蔵庫からミルクを取り出しリビングへ向かうのと、肩を並べるようにしてカップを両手に持った友弥が並んで歩く。そんな風に頃合いを見てくれる友弥の心配りが、いつも仕事で疲れた真依の心を癒してくれていた。
コーヒーに落としたミルクがゆったりと筋状になって表面に昇り、琥珀色と絡み合ってマーブルの模様を描いていく様子をしばし見守った後に、真依はソファーに並んで座った友弥の顔を覗き込むようにして見る。
そんな彼女の視線を感じたのか、口につけたカップを少し傾けたままで友弥は視線をTVから外し左隣に座る真依へと移した。
「どうしたの?」
申し訳なさそうに自分を見ている真依を見て、友弥は笑ってそう言った。
「私……、そんなに愚痴ってた? ――家の中には仕事の事、持ち込まないようにしてたつもりだったんだけどなぁ……」
足をソファーの上に乗せ、立てた膝の上にカップを置いた真依が大きくため息をつくのを見て友弥は左手でくしゃっと真依の髪を撫でる。
「厚焼き玉子に焦げ目がついていない。魚の焼き加減がバッチリ。味噌汁のダシもしっかり取れてる。漬物が自家製のに戻った」
次々と出てくる料理の評価に何事かと真依が目を丸くしていると、友弥は極上の笑顔を真依に向けて言った。
「でも、真依さんが前みたいによく笑ってくれるようになったのが一番大きい変化かな?」
眩しい位に屈託のない友弥の笑顔に、真依は自分が恥ずかしくなって、つい視線を逸らしてしまう。
真依と友弥が知り合ったのは、2年前。
大学卒業後、真依が憧れだった女性誌の編集部に移動になった時にバイトとして友弥が同じ部署にいたのだ。
現役の大学生で年下の友弥だったが、職場の中ではバイトながらも1年先輩の友弥に何かと助けてもらっていた真依だった。
そんな二人が恋人同士になるには然程時間もかからず、今年の春に友弥のアパートの契約が切れるのをきっかけに一緒に住む事になったのだ。友弥はまだ学生だが、社会人の真依に頼りきる事なく、家賃や食費・光熱費等もバイト代で折半にしていた。
4つも年下の友弥だったが、そういった事や物事の考え方がしっかりしていて、真依の方が友弥を頼りにしている事が多い程だった。
真依は飲み頃の熱さになったコーヒーを、ぐいと口に流し込み友弥の笑顔に応えるようににっこりと笑って見せる。
「ずーっと入りたかった部署にやっと入れたかと思ったら、新しく出来た部署に移動になっちゃったからねー。自分ではそんなつもりじゃなくても、ストレス溜まってたんだなぁ」
「タウン情報誌、うちの大学でも人気だよ。真依さんがその雑誌の編集者だってのが、俺の最近の密かな自慢」
友弥が左手で真依の頭を抱き寄せ、髪にキスをするのを真依は満ち足りた子供のような微笑で受け止めた。