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年上のお姉さんにドキドキします

 マロンジュースがストローからサヤカさんの口へと上がっていく。何故だかそれがゆっくりと見える。

 美味しいよとストローから口を離したサヤカさんは、マロンジュースを僕の前にそっと置いた。店内はそらなりに騒がしいはずなのに、氷がぶつかる音しか聞こえなかった。

 僕はストローを見る、マロンジュースを見る、サヤカさんを見る。本当に良いのかなと躊躇う自分と、早くストローに口を付けろよと急かす自分が心の中で言い合っている。


 年上のお姉さんが好きなのはわかります、でも出会い系サイトは子供が使ってはいけません。お父さんとお母さんにこの事をちゃんと話してしっかり怒られましょう、君にはまだ他にやるべきことはあります。それを出来てもいないのにこんな事に時間を奪われるのは無駄です。

 良いんだよ飲めば、間接キスぐらい良いじゃないか。お前は思春期なんだ、女性に興味津々なんだ、だから毎日妄想しているだろ? 同級生の女子が引いてしまうあの妄想は男なら誰でもするんだよ。これはもう本能的なことなんなだよ、というか当たり前のことなんだよ男が女を求めるのは女も男を求めるんだよ、みんなミンナ異性を求めるんだよ。

 天使と悪魔は心の中でこっちにおいでと手招きしている。


 いやどうせなら天使と悪魔はお姉さんにしよう。そっちのほうが何か良い、想像した時に絵が綺麗というか。

 金色の長い髪の毛をしていて真っ白な服を着ている天使は、僕に向けて話しかけてくる。

 君はもっと素敵な人と出会うよ! だからこんな出会いはやめておこう。愛なんてないんだよ、これには欲しかないんだよ、そんなの本物じゃないよ。


 すると今度は布がとても少なくて殆ど裸にしか見えないような姿の胸が大きい悪魔が出てきた。

 天使を退かして、少しでも僕に聞こえるように前に出てきて話しかけてくる。

 ここで逃げたら何のために出会い系サイトを使ったんだよ? 優しくしてもらいたいんだろ、愛されたいんだろ、頭の中に思い描いた妄想を現実にしたいんだろ。だったら何も悩むことなんてないじゃないか、さあやってしまえその欲は我慢なんてできないよ。


 ちょっと待ってください、遥介君よく考えて! 悪魔に惑わされちゃダメです。もう君は小さな子ではありません、物事をちゃんと判断することはできますよね。

 天使の言うことなんて全部痴れ言、ただ綺麗な言葉を並べているだけにすぎない。そんな言葉に意味なんてない、それはお前の頑張りを止めることになるだけ。

 悪魔の言葉に耳を傾けてはいけません。欲だらけの人間ほど愚かなものはいません、そんな人間になってしまうの? 時が来れば遥介君の前に本当の恋人が現れます。だからその時まで待ちましょう。

 ほらやっぱり綺麗な言葉を並べているだけだ。おい遥介、お前は心も体も綺麗って言えるのか? 欲だらけじゃないのか? 人間なんて皆欲望だらけさ、欲がない人間なんてつまらなくないか。

 ちよっと悪魔さんは黙っていてください! 遥介君の心はとても綺麗なのです、それを汚させはしまけん。

 何言ってんだよ天使。もう遥介の心はお前が思っているような色をしてないぜ。人間は欲深いやつらばかりさ。


 天使と悪魔の言い合いは止まることがない。僕の心が右や左に揺れる時、常に二人は言い合いを始めるだろう。聞こえない時もあってほしい、毎回毎回聞こえてきたら鬱陶しいから。

 とにかくここは騙されるために決断しなければならない。天使と握手するのか、悪魔と握手するのか、そのどちらかを。

 サヤカさんは僕の決断を待ってくれている。そんなに急かさなくていいよ、ゆっくり選ぶといいよ、そんな声が聞こえてきそうだ。


 回りの音はこのタイミングで戻ってきた。色んな声がこの場所で飛び交っている。

 昨日から始まったドラマ観た? 予想以上に面白かったよ、よくある刑事ドラマなんだけど登場人物が皆おかしくてさ。普通の人が一人もいないんだよ。

 それよりこれからどうするの? あんなことをして許されると思ってるわけ? そう思ってるから何も気にしていないような、そんな馬鹿げた態度をとっているのよね。信じられない。

 ねえねえそういえばさ、ママとパパは何処で知り合ったの? 僕そういうこと知らないからさ、二人だけの秘密にしてるのは少し寂しいよ。だから教えてよ!

 ねえいいでしょ!

 今日は楽しかったねえ。こんなに楽しかったのは久しぶりで、もう思い残すことも……いやいや、冗談だよ。まだ死ぬわけにはいかないよ、東京オリンピックまでは頑張るさ。

 僕が悩んでる間もそんなことは気にせず時は動く。


 何だか悩んでるその時間が勿体なく思えてきた。人生を左右するような、とても大事な決断ならゆっくり時間をかけるべきだけど、こんなことで悩むのは時間の無駄でしかない。

 だから天使さんごめんね、悪魔さんの言う通り僕の心はそんなに綺麗な色をしていたいのかもしれない。毎日毎日あんなことやこんなことを妄想しているんだよ、放送コードに引っ掛かりそうだよ。

 それにそれを望んだから出会い系サイトを使った。もうその時点で僕の心は濁ってしまった、汚れてしまった。僕は欲だらけの人間なんだよ。


「美味しそうですね、いただきます!」


 僕はストローに口を付けた。さっきこのストローにサヤカさんは口を付けていた。だからつまり、これは間接キスをしたってことになるんだよね。何か恥ずかしい、望んでいたことだけど恥ずかしい。

 吸うと口の中に入ってくるマロンジュース。甘くて美味しくて、秋を味わっている感じがしてドキドキしてくる。サヤカさんも飲んだこのジュースを僕も飲んでいるから。

 二人で一緒に飲むというのはこういうことだったのか。一つのストローで二人が飲むという。


 グラスは氷だけになった。僕は残りの全部を飲んでしまった。このストローでマロンジュースを味わいたかったから、サヤカさんも味わい……ヤバイ、ヤバイ、そんなこと思ったら余計興奮する。落ち着かないといけないのに。

 僕はストローから口を離して、サヤカさんを見た。するとサヤカさんは笑顔で僕の方を見ていた。

 その笑顔がとても可愛くて、とても綺麗で、とても怪しくてとてもエロくて僕の心を弄んでいるみたいで気持ちがいい。

 こんな僕は変態なのかな? 気持ち悪いかな?


「いっぱい飲んだね、残さず飲んで偉いね」


「飲みすぎました、お腹いっぱいです」


「ふふふ、トイレ行きたいんじゃないの」


「何でわかるんですか?」


「寒い中外で待ってくれたし、二杯も飲んだらそうなるよ」


「じゃあちょっと行ってきます。何処にも行かないでくださいね」


「ふふふ、そんなに私のことが気に入ったの? 遥介君がそう言うなら待ってるからゆっくりどうぞ」


 サヤカさんはそう言うと役目を終えたはずのストローに口を付けた。さっき僕もそのストローに口を付けたから、サヤカさんは僕と間接キスをしていることになる。

 ズズッいう音が聞こえてきた。もうマロンジュースはなくて、氷が溶けた水しかないだろう。それをわざわざ飲むほど喉がかわいていたのかな。

 それならホットコーヒーを飲めばいいはず。それを飲まないということは、空のグラスにあるストローに口を付けるということは。


 美味しい。マロンジュースはもうないのに。


 サヤカさんはそう呟いた。僕の方は見ずに、でも僕には聞こえるように、わざわざそれを僕に聞かすように。何でそんなことをするのかはわかる、僕をからかっているんだ。そうやって楽しんでいるんだ。

 それで僕が嫌がることがないから、むしろ僕はドキドキするから。サヤカさんは僕を喜ばすためにやっているのかもしれない。それはどうして、僕のことが気に入ったから?


 美味しいのはマロンジュースを味わったからじゃない、ストローに口を付けたからじゃないのか。

 僕と、サヤカさんが、間接キスをしたからじゃないのか……だから、サヤカさんは僕を、僕のことを美味しいと言ったんじゃないのか。それは考えすぎかな、妄想しすぎかな、さすがにキモいかな。

 いやそんなことはない。誰かが誰かに恋するなんて、愛するなんて、それを端から見たら気持ち悪いと思うのは当たり前なんじゃないのかな。キラキラしたような綺麗なものばかりじゃないよ。


 僕は顔を赤くしてると思う、顔に出やすいんだよだからバレバレなんだよ。トイレに行って確認してみよう。

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