年上のお姉さんとカフェで休憩します
注文していたドリンクがやってきた。僕はアイスティーで、サヤカさんはホットコーヒーだ。
何を注文するか決めている時に、何だか喉がカッラカラだったから温かいのよりは冷たいものだなと思ってこっちにした。冷たいものは寒くないかなと言われたけど、暖房がかかっている店内はじゅうぶん暖かいからそれでいい。
それよりも夏のあの強烈な暑さなどないのに汗だくの僕の服、それはこの出会いによる緊張と興奮のせいだろう。こんなに汗をかいていたなんてここに来るまで全然気づかなかった。それどころではなかったからね。
僕は念願だった年上のお姉さんと出会うことができた。そのことがうれしくて嬉しくて、もう頭の中はサヤカさんだらけになっている。
まだ会ったばかりなのに服を買ってくれた。まだお互いのことをよくわかっていないのにも関わらず。サイトで交流はしていた、だからお互いのことを全く知らないわけではないけど、ネットでのサヤカさんと現実でのサヤカさんは何だか違う。
ネットでは顔が見えないし声も聞こえないから、いったいどんな顔なのかいったいどんな声なのかを妄想していた。それはとても楽しくて、文字だけで人はこんなに心を動かせられるんだと実感した。
今日も暑かったね。今夜はちょっと寂しいな、誰かと一緒にいたいな。この前凄い雨だったね、大丈夫だった? 私は運悪くビショビショにっちゃった。明日は友達とバイキングに行ってくるよ! 食べるぞ食べるぞ、日頃のストレスを食べまくって発散するぞ。今お風呂上がりで裸なんだけど見たい? ふふふ冗談だよ、からかってみたかっただけ。あー怖かった、ついさっきね廊下にヤツがいたの、どうにか息の根を止めたけどどっと疲れた。
サヤカさんとのサイトでの交流を思い出す。この時はまさか本当に会えるなんて思っていなかった。そんなことは非現実的だと、夢のような話だと。出会い系なんだから出会って当然なのだろうけど。
「どうしたの、ぼーっとしちゃって。とりあえず注文したものを飲もうよ、そうしたら落ち着くよ」
サヤカさんはふふと笑った。取っ手を掴んで、苦そうなホットコーヒーをゆっくりと飲む。
柔らかそうな唇はマグカップに当たっている。マグカップそこ代われと思わず言いたくなった。
僕も注文したものを飲もう、サヤカさんもそう言ったし。ストローを加えて吸うと冷たくて美味しいアイスティーが押し寄せてきた。これは僕の心を落ち着かせてくれるのだろうか、アイスティーにはそんな効力があったっけと思いながら飲む。
喉がカッラカラだったから一気に半分ぐらい飲んでしまった。これは飲みすぎたかもしれない、サヤカさんが見たら笑うかもしれない。
「ふふふ、喉がかわいていたのね。緊張していたもんね」
「今もまだしていますよ」
「それは遥介君を見てればわかるよ。顔も赤いし可愛いね」
「か、可愛くなんてないですよ! 恥ずかしいからやめてください!」
僕は可愛いと言われた、そんなこと言われるのは小学生の時いらいだ。たった数年前のことなのに随分昔に思えるのは何故だろう。中学生になってから部活と勉強が忙しくて大変だったからかな。
サヤカさんはうっとりとした顔で僕を見ている。ほっぺたが少し赤いような気がする。どうしたのそんな顔をして、このお店の暖房が強くて熱いのかな。
「喉かわいているでしょ? 遠慮しないで飲みなよ。足りなかったらまた注文すればいいんだからさ」
「……はい」
「ふふふ、遥介君は素直ないい子ね。可愛いなぁ」
ゴクゴクという音が聞こえてきそうなぐらい僕は一気に飲んだ。グラスからアイスティーがどんどん減っていく、吸い寄せられてストローから僕の口へと入っていく。
そしてグラスは氷だけになった。氷は一口サイズで、普段なら食べるけど今は食べない。
「まだ喉かわいているかな? かわいてなくてもいいけど、次は何を飲むのか決めてね」
「どれにしようかな」
「ここ色々飲み物あるから悩むよね。期間限定にはマロンジュースがあるよ、秋だから栗って……栗のジュースって美味しいのかな」
「あんまりないですよね、飲んだことないです」
「じゃあ飲んでみる? 私も飲んでみたいし。二人で一緒に飲もうよ」
「はい」
僕は素直だ、いい子だ、だから断るなんてことはしない。
ふふと笑ったサヤカさんは、ボタンを押して店員さんを呼ぶ。すぐに店員さんはやって来て、サヤカさんはマロンジュースを注文した。
あれ、一つしか注文してないけど二人で一緒に飲むんじゃなかったのかな。気のせいだったのかな、緊張のせいだよねきっと。
僕がそんなことを考えていると、サヤカさんは突然僕のほっぺたを触ってきた。えっえっ、何なにどうしたの、突然のことで驚く。
うっとりとした顔で僕を見つめながら、僕のほっぺたを触る。指で優しく撫でる、何回も何回もそれを繰り返す。ほっぺたにサヤカさんの細くて綺麗で真っ白な手がある。
誰かに触れられることに慣れていない僕は、くすぐったくてしょうがなかった。顔を振って手をどけたいような、笑い声を出したいような、そんな気もするけどサヤカさんに触られる事が嬉しいから我慢する。
サヤカさんは可愛いなぁと甘い声を出しながら僕のほっぺたを触り続ける。これは愛されているということなのかな、僕を相手にしてくれているということなのかな、僕の事が気に入ったということなのかな。
もしそうだとしたら嬉しい。サヤカさんに気に入られて、また次も会うことができたら最高だ。嫌な相手にこんなことしないだろう、好みだからこんなことするんだろう。
可愛い、可愛い、そう言い続けているサヤカさんの声を聞くと照れる。年上のお姉さんからしたら僕は可愛いんだ、こんな事言われると年上のお姉さんがますます好きになる。
サヤカさんのことが好きだ。僕もサヤカさんのほっぺたを触りたい、柔らかそうで綺麗なほっぺたを。
「あー良いなぁ年下の男の子。私はそれで楽しんでいるからいけないお姉さんよね」
「そんなことないです」
「遥介君は優しいなぁ。そういうところが可愛いんだよ、からかいたくなるんだよ」
「からかってください」
「ふふふ、優しくて素直でいい子で言うことも聞いてくれるの?」
「はい、だって僕はサヤカさんのことが好きですから」
胸がドキドキしていた。でも勝手に口が動いた、勝手にその言葉が出ていた。僕の中にある年上のお姉さんに色々されたいという欲望が爆発したのかもしれない。
このチャンスを逃すと、次にこういうチャンスがいつやって来るのかわからない。それなら目の前にあるチャンスをしっかりと掴めばいい、それはちょっと怖いけどこれも人生経験だと思えば同級生より大人になった感じがして気持ちがいい。
もうどうなったっていい、それを望んでいるのだから。怖がっていたら何も始まらない、何も出来ない何も変化しない。変わるためには自分が行動するしか方法はない。
サヤカさんに愛されたい。まだ中学生だから、まだまだ子供だから、愛とはどういうことなのかサッパリわからないけど。それを教えてもらいたい、一つ一つ丁寧に優しく。
その時サヤカさんの手は僕のほっぺたから離れた。少し寂しいと思った、もっと触ってくれていいよと思った。何故その手を離したの思っていたら、テーブルの上にマロンジュースが置かれた。
「美味しそうだね、秋の味覚を味あわなくっちゃ」
ストローは一つしかなくて、それにサヤカさんは口を付けた。僕のほうを見ながらストローを口元で遊ばせる。
そしてふふと笑ってストローをくわえて、マロンジュースを飲み始めた。