年上のお姉さんは可愛くて綺麗です
「そうだけど、君は……遥介君?」
サヤカさんは肩ぐらいまである黒色の髪の毛を揺らしながら、僕の方へと歩いてくる。白い肌に細い手足、スタイルも良くて胸も小さすぎず大きすぎずちょうどいい。
ヤバイヤバイ! 可愛いし綺麗だし言うことない、こんな人が中学生の僕のことを相手にしてくれるのかが心配になってくる。
絶対に他にいるだろう。サヤカさんと一緒に歩いても釣り合う人が。それなのに出会い系サイトに登録して、中学生である僕とサイト上で楽しく交流してくれたりこうやって本当に会ってくれたりする。
年上のお姉さんが目の前にいて僕のことを見ている。だから胸の辺りのこのドキドキは痛いぐらいだ。
「はい、いつも僕に構ってくれてありがとうございます」
緊張のせいで声が裏返っていないかが気になる、でも自分の声がどうなのかとか確認している余裕はない。年上のお姉さんがそこにいるから、ニコッとしているから。
「本当に中学生だったんだね。嘘だと思ってたんだけど」
ニコッとしながらサヤカさんはそう言った。僕の方をちゃんと見ながら。
年上のお姉さんに見られると何だか恥ずかしい、だから僕は目をらした。
「中学生でごめんなさい。サヤカさん、年下が良いってプロフィールに書いてたから」
「確かにそう書いていたけど、まさか中学生だとは思わないよ。やり取りの時に僕は中学生ですって言ってたから」
「じゃあ僕のことをわかった上で会ってくれたんですか?」
「どうかなー。サイトがメンテナンス中だから連絡ができない、キャンセルするわけにはいかないでしょ」
「……あまり乗り気じゃないんですか?」
「そんなことはないよ。プロフィールにも書いていたでしょ? 年下が好きって」
サヤカさんはニコッと笑った。そして僕の手をそっと触ってきた。柔らかい感触が手から伝わってくる。
僕はドキドキしていて何もできないでいる。ちゃんと頭の中で練習してきたけど、想像と現実はかなり違った。
「遥介君顔が赤いけど大丈夫? 私と会って緊張してるのかな」
ふふっとイタズラっぽく笑うサヤカさん。何かを企んでいるのだろうか。
ひょっとして警察に見つかるとヤバイ危ない薬を僕に飲ませたり、引き金を引くだけでいいから簡単でしょと耳元で言ってきたり、この荷物を駅のロッカーに入れるだけでいいからと怪しげな箱を渡されたり、犯罪に手を染めさせられたりして。
……いや、そんなことはない。僕の反応を見て楽しんでいるんだ。
「そりゃしますよ、サヤカさん可愛いし綺麗だし」
「ありがとう。遥介君はちゃんと女性を誉めれるんだね、えらいえらい」
サヤカさんが僕の頭を優しく撫でてきた。僕は撫でられたことが嬉しくて思わず笑顔になってしまう。
こんなことをされたのは初めてだから。小さい時はお母さんに撫でられたけど、家族以外から撫でられるなんてことは彼女でもいないとできないから。
残念ながら僕にはそんな人はいない。同じクラスの人にはそういう人はいる、他校に彼氏がいる女子生徒や部活の後輩に告白された男子生徒とか。
皆その話を本人から楽しそうに聞いている、キャーキャー言いながら聞いている。僕はその話に何も興味がなくて、口を大きく開いてアクビをしている。
皆子供だな、僕は年上のお姉さんにしか興味が出ないからさ。同い年の女子に何ができるの、年上のお姉さんと比べたら何もできないよって。
そもそも誰かと付き合ったこともない分際で、お前はなんて偉そうなんだとお笑い芸人のツッコミみたいなものが飛んできそうだ。
何もわからないけど同い年の女の子と年上のお姉さん、どう考えても年上のお姉さんのほうが色々知っている。だから比べるのは失礼なんだよ。
「緊張してるところ悪いけど、手を繋ごうか」
そう言いながらサヤカさんは手を前に出した。掌を開いて僕の手を待っている。僕は当然ながら緊張で固まる。いやいやいきなりそんなことって、まだ出会って数分ですよ! それなのに手を繋ぐのは早くないですか!
大人の恋愛というのはこんなにも早いのだろうか。出会ってすぐに手を繋ぐのだから、そのあとはもう抱き締めあうのかな。そしてもうキスをするのかな。そこまできたらあとやることって。
そのスピードにはさすがに着いていけない。頭の中でずっと思い描いていたことだけど、それでも緊張してできないよ。
回りにいるリア充たちは簡単に手を繋いでいる、作業のように抱き締めている、挨拶のようにキスをしている。あれらはそんなことでいちいちドキドキしないのだろう、何回も手を繋いで抱き締めてキスをしているから。
それじゃあ次第にそういうことに耐性はできないのだろうか。慣れてきて、そんでもう恥ずかしいとか興奮とか、そういうのが無くなっていかないのだろうか。
大好きな人とはいつも一緒にいたいと思うのが普通だ。朝も一緒、昼も一緒、夜も一緒。起きる時も一緒、お昼ご飯も一緒、お風呂に入るのも一緒。ずっと一緒、常に一緒、離れることはない。
……んー何だか恋愛というものが重くて面倒臭いものだと思えてきた。まだ恋愛のなんたるかを知らないというのに。
そんなに一緒にいたらある日突然飽きがやってこないのかな。飽きてしまえばもうそこには愛なんてないよね、付き合っている段階でその状態になったら別れるという選択肢を使えるけどこれが誓いを結んだ夫婦となるとどうなんだろう。
あんなに盛大にあげた結婚式。ウェディングドレスでバージンロードを歩く新婦にお父さんとお母さんは涙する。今まで育てくれてありがとうと感謝の言葉を述べる新婦、僕が一生幸せにしますと神とお父さんに誓った新郎。
そのどれもが馬鹿みたいに思えてきそう。何あの愛してるとかって言葉、何あの一生幸せにするとかの嘘八百、何あのお金と時間が無駄にかかった茶番は。
恋愛というものは始まりがあれば終わりもあるのか。いつかその燃え上がっている愛は消えていく、いつかそのずっと一緒にいたいという思いも消えていく、いつかその無駄となってしまった時間に笑う。
「ねえねえ、何か考えことでもしてるの? ぼーっとしてるからさ」
「いや、何もないですよ。緊張して意識が何処かに飛んでました」
「それ大変じゃん、今度から気を付けないとね。気付いたら私が引っ張ってあげる」
引っ張る? 僕には何か紐でも付いているのだろうか。思わず首の辺りを触るけど何も付いてはいない。
「手なんて繋いだら慣れてくるよ、だからさ早く繋いでくれないかな? 手袋も何もしてないから寒いし」
風や空気は冷たい。だからむき出しの手は風に当たるし空気にも触れる。寒くて冷たくなってるかもしれない、それなら早く僕の手であたためてあげたい。
寒くなると人肌が恋しくなるらしいけどそういうことなのか。寒いからか手を繋いで抱き締めて相手の熱を感じる、そうして暖めあっていくのか。なるほどなるほど。
「あの……緊張してますが、よよよよろしくおねがいします」
僕は頭を下げて、そしてサヤカさんのむき出しの手を繋いだ。その手は柔らかくて冷たくて、手を繋ぐということは恥ずかしい。まるで小さい子みたいだ。
どもってしまったけど大丈夫かな、肝心なところでどもるなんて僕はダメなやつだ。緊張はなくならないしこのままじゃ疲れてしまう、力を入れているからね。
横で歩くサヤカさんは可愛いし綺麗。回りにいるリア充達みたいに僕もなっているのかな。カップルのように見えるかな、年の差カップルみたいに。
思いきって出会い系サイトを使ってみて良かった。危ないと思っていたけど、全然そんなことはなかった。