3:逝ってきます!
暗い暗い深淵に
甘い甘い愛の囁きが響く
『あ・・・のモノ・・・欲・・・い。すべて・・・』
徐々に迫ってくる闇
囁きも、より確かな音に
『あ・・・たの身体、魂、・・・にしているものすべてが・・・欲しい』
黒く濁った色の手が、伸びてくる
そして、目の前に混沌とした闇が広がった。
『欲しい欲しい欲しい欲しいほしいほしいホシイホシイホシイホシイホシイ』
「ッ・・・ぃゃああああ!!」
怖い。怖すぎる。何これ。
「大丈夫!?シルヴィアちゃん!また悪い夢を見たの?」
私の悲鳴を聞いて、文字どおり飛んできたミレディさんが、私の震える体を抱きしめて頭を優しく撫でてくれた。
それでも、思い出したかのように時折ガタガタと震えだし、冷や汗が頬を伝う。
この夢は、バルドさんたちと家族になって数日後から見るようになった。
これは恐らく、私が転生する前の体の記憶だろう。もしかしたら、恐怖のあまり今までの記憶を無くしたのかもしれない。
でも、記憶から消えても魂には深く刻まれたらしい。しかも、日に日に夢の中身が増えてきて、私に近づいてくる感じがしている。
ようやく落ち着いて顔をあげると、心配そうなミレディさんと目が合った。
「シルヴィアちゃんが何を見て、何を怖がっているのかは分からないわ。でも、そばにいて抱きしめてあげることぐらいならいくらでもしてあげる」
ミレディさんは、そう言って微笑んだ。
「だから、1人で抱え込まないで私やバルドを頼るのよ」
あぁ、なんて優しい家族なんだろう。
私はミレディさんの胸に飛び込み、この世界に来て初めて泣いた。
ミレディさんは、さっきと同じようにゆっくりと、私が泣き止むまで頭を撫で続けていた。
***************
金属特有の冷たい光が、残像を残して一点へと振り落ろされる。
「トリャアアアッ」
凶悪な顔をした壮年の男の一撃が、傾国の美少女の頭上に放たれ、そして・・・。
バシン。
・・・カコーン。
別に、シシオドシがある日本庭園で真剣白羽取りをやっている訳ではありません。ただの剣のお稽古です。
私は今、バルドさんとかなーりレベルの高い模擬戦をやっています。さっきは私が勝ちました。
ちなみに、『バシン』は私がバルドさんの剣を叩き落とす音で、『カコーン』は飛んでいった剣がミレディさんの頭に当たった音です。実戦用の切れる剣を使いましたが、ミレディさんが刃の部分をギリギリで避けたのでなんとかなりました。
・・・私は何故か怒られませんでした。
勝率は私とバルドさんで7:3くらい。
前世では運動神経が欠片もなく、持久走はいつもビリ。しかも、走っているのに、歩いている前の人に追いつけないという謎の現象を起こす。
そんな私が何でバルドさんに勝てるのかというと、元々の体のスペックが高いからである。バルドさんからは、
「あれだな、これは何年も死ぬ気で修行しないと到達しない域まできてるな」
というお言葉をいただきました。
元の体の持ち主パねぇー!
前世では限界が見えると、とたんに匙を投げていた私は、あまり努力をしたことがない。それに、身体的スペックが高くても、流石に戦術みたいな知識は皆無。
『彼女』がどんな思いで頑張っていたのかは分からないけれど、それが無駄にならないくらいには私も頑張らないと。
ちなみに、魔法の才能はありませんでした。
・・・全然ありませんでした(大事なことなので2回言いました)。
ここまできて、「剣もチートなら魔法もチートだー!」って思ってたのに!全く!ないって!どういうこと!?
隣で妖精さん(フィリアって名前だそうです)が慰めてくれました。フィリアちゃん曰く、
『あんた、魔力だけはとんでもない量を持ってるみたいだから、攻撃魔法以外なら何か使えるんじゃないかしら』
だそうです。そ、そうだね。きっと何かあるよね・・・グスン。
こうしてお昼頃まで練習し、お昼御飯を食べてからは私の自由時間になります。
・・・しかし、やることがない。全くない。
家事をしようとしても、ミレディさんに『まだ子供なんだから遊んでなさ~い♪』って言われるし、剣を振ろうとしたら、バルドさんに『振りすぎてもよくないぞ』って追い出されるし。今日まではこの世界についての勉強もしてたけど、飽きたし。
ああー、暇だ暇だっ!せめて、前世で大好きだった楽器とか、歌とかあればいいのに!
私が頭を抱えて座っていると、一通り家事が終わったのか、ミレディさんが私の隣に座った。
よし、当たって砕けよう!
「ミレディさん、楽器か、もしくは歌でもいいので何か教えてくれませんか!?」
私が、鼻息荒くミレディさんに迫ると、ミレディさんは少し引きながら、「あら、竪琴ならあるわよ~」と答えてくれた。さらに、
「基本は弾き語りが主流だから歌も歌えるわよ」
とも言ってくれた。自分の命よりも大事だった音楽が、こっちでもできるなんて・・・ここは天国か!?
そして、ミレディさんが持ってきてくれた木製の質素な竪琴で、色々と教えて貰いました。弦は2オクターブ分あって、ピアノでいう黒鍵の部分は、弦を少し引っ張って弾くみたい。楽譜はないから、ミレディさんの歌や弾き方を真似しながら覚えた。
でも、前世ではヴァイオリンも習ってたし、絶対音感もそれなりにあったので、特に難しくもなかった。
習い始めて1時間で最後まで弾き語りができるようになったので、ミレディさんとバルドさんにお披露目することになりました。(普通は三日間練習しないと弾けないらしい。・・・私ってば天さry)
曲の題名は、「月の女神の踊り」
ある日、月の女神ディアナが湖に映った月に魅せられて地上に降りてきた様子を、たまたま近くにいた狩人に見られてしまいました。
神は人間に姿を見られると、一つ人間の願いを叶えなければ元の場所に帰れません。女神が狩人に問いかけると、狩人は『女神の踊りが見たい』と答えました。
女神は望み通り湖面上で美しく踊りながら徐々に上へと昇り、帰って行きました。
とまぁ、こんなお話を歌にしたやつですね。
すごく繊細でキレイな音楽になってます。
・・・曲紹介はこれぐらいにして、サクッと歌っちゃいますか!
私がスッと息を吸うと、空気がピンと張りつめた。
竪琴の弦を指先で弾くと同時に、細く、けれどもしっかりした声で歌いだした。
最初の方は緊張してたけど、今はある思いが頭を占めていた。
『この竪琴、曲に合わない!!』
そう、この曲ではどちらかというと金属質な、冷たい音が合うのに、私の竪琴は木製のため、温かくて素朴な音しかでない。つまり、全くもって正反対な訳です。
・・・・・・合ーわーなーいー!!
あーもう!この竪琴がクリスタル製にでもなればいいのに!
私がそう願った瞬間、
竪琴の音が変わった。
そう、それは望み通りの音で。
私は急激に『何か』が減っていく感覚さえも忘れ、ただひたすらに、演奏し続けた。
案の定、演奏が終わると同時にぶっ倒れたが、その時の私の顔はとても満足そうにしていただろう。
・・・後のことは、しーらないっ!!(現実逃避)
※竪琴の作りや、弾き方に関しては作者が勝手に設定したものなので、実際の竪琴とは全く関係がありません。