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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

追いかけてくる

作者: 遠野九重

 久しぶりに会った高校時代の同級生はかわいそうなくらいにやつれていた。

 かつてバスケ部のエースとして面食いのクラスメートたちをキャーキャー騒がせていたのが信じられないくらい。

 白髪交じりの頭にこけた頬、そして乾いた木みたいにガサガサの肌。

 まるでひとりだけ老人になってしまったかのようだった。


 彼――コサカくんが隣県の大学に進んだのは10年前のこと。

 都市部の病院で2年のあいだ研修医として働いて、そのまま同じ病院の脳外科でバリバリやっていたらしい。

 午前と午後に手術を1件ずつこなし、夜は夜でひっきりなしにやってくる救急車をさばいていく。

 病院に1泊2泊は当たり前、ひどいときは半月以上も家を空けることもある。

 ブラック企業が生易しく思えるくらいの激務、なるほどそれでこんなに憔悴してしまっているのかと思っていたら、どうやら違うらしい。


「クラカワさん、家の関係で神社とかお寺とかに知り合いけっこういるんだよね。よかったら誰か、紹介してほしいんだけど……」


 なるほど。

 彼には、私を休日の真っ昼間からファミレスに呼び出すだけの事情があったというわけだ。


 私とコサカくんはそう仲がよかったわけじゃない。教室で顔をあわせればちょっと世間話をするくらい。

 高校を卒業してからは疎遠になってしまって、顔をあわすどころか年賀メールのやりとりすらしていなかった。


 だから正直、先週の終わりにLINEが来たときはかなり戸惑った。

「誰だっけ?」となってしまったのだ。




 さて。

 ここからが本題だ。


「自分でも変なことを言っているのはわかってるけれど、聞いてほしいんだ」


 コサカくんはそんな風に前置きして話はじめた。



 * *



 彼が研修医として働き始めて2年目の夏のことだ。

 1台の救急車がけたたましいサイレンとともに病院へと駆けこんできた。


 患者は5歳の女の子だった。

 近くの神社で催された夏祭りの帰り、赤信号を無視して突っ込んできた車にはねられたという。

 轢き逃げだった。


「車はかなり速かったらしいんだけど、その子、ほとんど怪我してなかったんだ。手足をちょっと擦りむいたくらい。

 ただ、こっちがいろいろ聞いてもぜんぜん会話にならなかった。宙を見つめて同じことを繰り返すんだ」



 ――人形がどっかいっちゃったの、どっかいっちゃったの。車を追いかけてったの。



 その子は3歳の誕生日におばあちゃんからもらったクマのぬいぐるみをずっと大事にしていたらしい。

 寝る時も食べる時も一緒に連れていて、もちろん夏祭りにも持ってきていた。

 


「人形が轢き逃げ犯を追いかけるなんてありえないし、単に車とぶつかった拍子にどこかへ飛んで行ってしまっただけじゃないか。

 当時の俺はそう考えたんだ。常識的には間違ってないよな」


 そして。

 女の子は検査の結果、頭の中でかなりの出血が続いていることがわかった。

 このままだと息が止まりかねない状態だったという。

 緊急手術になった。深夜に始まって、明け方まで続いた。

 なんとか一命はとりとめたものの、依然、厳しい状態だった。


「脳の左半分がけっこうダメージを受けてたんだよ。

 ずっと昏睡状態が続いてもおかしくないし、目を覚ましても失語とか半身不随みたいな後遺症はあるだろうって言われてた」


 両親は昼も夜もずっと女の子のそばについていた。

 小さな手を握って祈るように呼びかけていた。

 そうして数日が過ぎ1週間が経ち、2週間、3週間……その間、両親はほとんど家に帰っていないようだった。


 ――おふたりとも、ずっと病院にいて大丈夫ですか。看病で体を壊してしまっては娘さんも悲しみますよ。


 コサカくんはそう声をかけたらしい。


 すると、帰ってきたのは意外な返事。


「父親のほうが言ったんだよ。家にいるのが怖い、って」


 なんでも、妙な物音がするという。

 1階のリビングにいると、2階の子供部屋のあたりでトコトコ、トコトコと足音が聞こえてくる。

 泥棒かと思って駆けつけてみても、誰もいない。

 ただ。

 床の上には絵本が広がった状態で置いてあったり、動物のぬいぐるみが転がっていたりする。

 まるでさっきまで、この部屋に娘がいたかのように。


「そんなことが毎日のようにあるからって父親も母親も病室に泊まってたんだ。眠りが浅いのかして目にクマまで作ってたよ。正直、不気味だった」


 そんな両親の様子は病院内でも有名になっていて、大方は「娘さんの不幸を受け入れられなくって、ちょっとおかしくなってしまったんだろう」という見解だった。


「最後はもう、精神科にかかったほうがいいだろってくらいに病んでたよ。

 渦巻きの絵とか金ぴかの十字架とか、変な新興宗教のグッズが病室に飾ってあったしさ。

 見た感じもひどいもんだった。父親も母親も、もう、ガリガリ。なのに目だけがギラギラしてるんだ」


 結局、夏のおわりごろにその子は息を引き取った。両親はほとんど何も言わなかったらしい。


「すうっと、幽霊みたいに病院からいなくなったよ。自殺しそうな雰囲気だった。その後からだよ。変なことが起こり始めたのは」


 なんでも、病院の行き帰りに視線を感じるようになったという。


「特にヤバかったのはあの子が事故に遭った場所だよ。視線だけじゃなくって、なにかがいるって雰囲気が後ろのほうでするんだ。

 なのに振り返っても誰もいない。そんなことがずっと続いたんだ」


 やがて秋、冬と過ぎて春になった。コサカくんは脳外科医として同じ病院で働くことになった。


「ホントは別の病院に移りたかったんだけど、その県だと研修医をやった病院で2年間働いてから大学の医局に入るって決まってたんだ」


 そしてその年の夏、彼が当直をしている日に救急車がやってきた。


 患者は45歳男性、カーブで曲がり損ねて電柱に正面衝突。

 その現場は、あの女の子がはねられたのと同じだったという。

 結局、その男性は手術の甲斐なく亡くなってしまった。

 その最後は奇妙なものだったらしい。


「手術はうまく行ったんだ。明日には意識が戻るだろうって言われてた。

 なのに夜が明けるころには死んでたんだ。まだ麻酔は聞いているはずなのに、目と口をくわっと開いて、何かに襲われたみたいだった」


 その少し前、別の病棟の看護師が院内を歩く小さな影を見ていたという。


 さて。

 それから一ヶ月くらいしたころだろうか。

 

「前からあった視線が、なんていうか、ずっと近くなったんだよ。

 家とか当直室で寝てると、夜中、ハッと異様な気配がして起きちまうんだ。

 近くに何かいるんだ。別に金縛りなんかはなかった。目も明けれるし手も足も動かせる。

 でも、なんていうか、頭の中でサイレンみたいなのが鳴ってる感じがあったんだ。

 起きてることに気付かれたら連れてかれる。どこにってわけじゃないけどそんな気がして、息も止めてじっとしてた。

 おかげでほとんど寝れなくって、仕事じゃミスだらけ。もうやめちまえって何度も言われたよ」


 他にも、こんなことがあった。


「夜に車を運転してたりするとさ、後部座席に小さい影が見えるんだ。なんだろうって思って目を凝らすと何もいない」


 そういう日は、かならず1度か2度、事故を起こしかける。


「赤信号なのにブレーキじゃなくってアクセルを踏み込んだり、カーブでハンドルを切ったつもりが切れてなかったり。

 ただのうっかりとは思えないようなことが何度もあったんだ」


 しかも。

 同じようなことが、去年女の子の手術を一緒にやった10年目の先輩医師にもあったという。


 その医師も、今年の2月、自動車事故で命を落とした。中央分離帯に乗りあげての単独事故。車は横転していた。


「次はお前だって言われてるような気がした。車も怖くて乗れなくなったし、もう限界だった」


 かくしてコサカくんは病院を辞め、逃げるようにして故郷に戻ってきたという。




 * *



 コサカくんとは明日また会うことになった。

 私の知り合いでそういうことに詳しい人をひとり、連れてくるつもりだった。


 別れ際にコサカくんはこう言った。


 ――もしかしたら女の子を轢いたのは、カーブで曲がり損ねたあの男なのかも。


 何者かが女の子の復讐を遂げようとしているのだろうか。


 わからない。


 ただ。


 それがコサカ君の最後の言葉になった。


 約束の時間、彼はやってこなかった。

 携帯に電話をしてもつながらない。


 不審に思って実家に電話をかけると、昨日の帰り、車にはねられて亡くなってしまったという。



 次の日、車を運転していると、後部座席に何かがいるような気がした。

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― 新着の感想 ―
[一言] コサカ氏は過労だった所に娘の不幸でおかしくなった両親の不安が感染ってこうなった感じです。心療内科より厚生労働省案件な気がしましたが最後の一文で… インチキアイテムを売りつけ統一教会をしていた…
[気になる点] 人形、脳の片側。。。一応は『気付けなかった』があるので無差別では無いが、追加分がどう反応するかは不明。 家のは単に部屋に戻っただけだった気がしなくもない。
[一言] この話を知った人を追いかけてくるのなら…… ほら、アナタの後ろにもナニカが……とかねw くぁwせdrftgyふじこlp
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