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思いがけない一言が

翌日からの木村は、榊原のメールアドレスをGETした事で、最高のハイテンションだった。それが証拠に、常に顔がニヤケていたのだ。おそらく、通勤時に擦違った車の運転手は、みんな変に思った事だろう。そんな想いの中、早速ながらメールを送った。

『お早う御座います。昨日はどうも。今日はこちらにこられるのでしょうか? 来て頂けたらうれしいです。

朝からすいませんが、一言付け加えますね。榊原さんて、いつ見ても可愛いな』

最後の一言は、かなり勇気のいった言葉だった。しかし、その言葉が今後の二人の関係を、エスカレートさせていく事は、言うまでもない事だ。

木村は、榊原の返信を待っていた。この待つ事が、非常に苦痛になってきた事も言うまでもない事だ。

木村は、仕事中も携帯が気になりはじめていた。そして、昼前に返信があった。

『すいません。そちらに行きたいのですが、今日は事務の仕事があって、いけません。明日お伺いしますね。

お仕事頑張って下さい』

やっと返信が来たと思ったが、内容を見てさっきまでのテンションが、一気に下がっていった。しかし、これでまた、こちらからメールを返す切掛けが出来たと思った木村だったのだ。どれだけ、ポジティブな男なのだろうか。

木村は、返ってきたメールに対して返信メールを送った。

『そうなんですね。お仕事頑張って下さい。明日楽しみにしています。早くお会いしたいです』

この時も、最後に余計な一言を継ぎ足していたのである。

こうして、その日は過ぎた。

翌日の朝、早速メールを送った。

『お早う御座います。今、お仕事に向っている最中じゃないかと思います。交通事故等に気を付けて行って下さい。

今日は可愛い顔を見られるので楽しみです。それじゃ、行ってらっしゃい!』

木村は出勤途中に、メールを送信していた。

榊原から前に聞いた話がある。出勤前には、子供を送り出して、家を出ると。だとすれば、出掛ける時の見送る言葉を言われた事が無いのではないか。そう思った木村だった。それで、メールの最後に『いってらっしゃい』と書いて送ったのだ。

そして、直ぐに返信メールが届いた。


『メール有難う御座います。お仕事行ってきます。

今日は、少し遅れますが、必ずそちらに行きます。それと、木村さんはとっても上手ですね。嬉しい一言なので素直に喜んでいます』

木村の気持ちが伝わっていたのだ。もちろん、返信の内容に、完全に逆上せていた木村がそこに居た。

 最近では、昼休みのゴルフはしなくなっていた。木村が、やりたがらないのではなく、仕事が終って、近くのゴルフ練習場に行き始めたからである。そっちの方が、上達が早いからなのだ。

そして、昼休みになった。

木村と元気は、前みたいに急いで弁当を食べる事は、なくなっていた。そして、例の如く、食事が終るとタバコを吸いに喫煙所に向かった。

その頃から、喫煙所は外に移っていた。工場の屋根が出っ張っていて、雨の日も濡れる事がなく、それに春だったので外の方が良かった事もそうした理由だった。その御陰で、工場団地に入って来る榊原の車も見る事が出来た。

木村と斎藤と元気の三人が、談話をしながらタバコを吸っていると、高台にある道路から工場団地の方に下って来る車が見えた。榊原の運転する車だ。大きく曲がった坂道を下って、工場の敷地の横を車が通過する。それを目で追い続ける木村だった。そして、榊原の運転している姿が見えていた。その車は、そのまま敷地内に入ってきた。そして、車から降りた榊原が、三人の方に歩いて来た。

その時は、何も気付いてない様な振りをする木村だった。

 そんな木村に、

「木村さん、良かったらこれ読んで下さい」

 斎藤と元気の前を通り過ぎて、いきなり何かの小冊子を差し出す榊原に、突然の事で驚きの表情を見せる木村だった。だが、自分の方を指差すと、ニッコリと笑ってその小冊子を受け取っていた。

手に取って見ると、それはゴルフの雑誌だった。

「どうも有難う」

木村は軽くそう言うと、暫くその雑誌を眺めていた。

榊原が来た時は、木村はあまり話しかけない様にしていた。それは、榊原が他の従業員と話易い様にとの思いがあったのだ。自分ばかりが話をしていたら、榊原の仕事に差支えがあってはいけないとの、木村からのせめてもの配慮だった。榊原もそれが解っていた様子で、黙って小冊子を見ている木村に微笑むと、その後は斎藤や元気などに、保険の事を話していた。

そして話が終ると、一端、木村の横に並ぶ様に寄り添うと、

「また、お伺いしますね」

と声を掛けた後、榊原は隣の会社に向ったのである。

そんな榊原に、

「頑張って下さい」

そう言った木村は、榊原を笑顔で見送っていた。

そんな木村を、元気はしっかりと見ていた。元気は、最近の木村の気持ちに気付いていたのだ。

「木村さん、最近機嫌が良いですね」

「解った!」

「どうかしたのですか?」

 そう問いかけた元気に、木村は榊原との関係を話した。

元気とは、何でも話をする仲だったので、普段から色々な事を話していたのだ。そんな元気も、人に言えない事などを木村に相談する事もあった。

「俺、榊原さんとメールアドレスの交換をしたんだ。それで最近、よくメールしているよ」

木村の言葉に、元気は目を丸くして驚いていた。何故なら、木村が女性に対して免疫が無かった事を、元気は知っていたからだ。とのかく奥手で、飲みに行っても唄は歌うが、店の女の子とはあまり話をしなかった。いや、人見知りの激しい木村は、それが出来なかったのだ。そんな木村が、自分の方から榊原に対して行動を起こすとは、思っても見なかったのである。

話を聞いた元気は、木村の性格から、逆に心配の念が湧いていた。

木村には奥さんが居ると言う事と、女性に対して不慣れな木村が、榊原に深入りしないかと言う事を考えていたのだ。だが当の本人は、そんな事など全く気にしていなかった。その事が、余計に不安を膨らませていたのだ。

昼休みが終ると、再び榊原にメールを送る木村だった。

『今日は来てくれてありがとう。可愛い顔が見られて、嬉しかった。

また、来て下さいね!』

元気の心配を他所に、木村のメールの書き方は、次第に変わってきていた。そして直ぐに、榊原からメールが返って来た。

『お仕事お疲れ様です。本当に木村さんはお上手ですね。でも、その優しい言葉がとっても嬉しいです。

それでは、お仕事頑張って下さい』

そんなメールの内容に、木村はハイテンションで仕事を続けた。

しかし、この様な内容のメールのやり取りが、二人に試練を与えるのだった。

 その頃、榊原の周りでは、

「榊原さん、契約が取れたんですってね」

「本当、すごぉい」

「で、どんな人?」

榊原と同期の社員達が、榊原を囲んで話をしていた。やはり契約が取れれば、周りからは意識されるみたいだ。榊原も、周りの社員から色々と尋ねられていたのである。

「ええ、普通の人よ」

榊原は、同期の女子社員の問い掛けにそう答えた。すると、その後からの問い掛けが変わっていった。

「ねえねえ、男の人なの?」

「そ、そうよ」

「どんな人?」

「だから、普通の工場で働いている、普通の男性だってば!」

同期の女性社員達は、興味本位の質問をしていた。そんな問いかけに戸惑いながらも、榊原は悪い気がしなかった。

「そうね、優しそうな人」

「年齢は、幾つなの?」

「えっと、39歳になったばかりよ。私よりも六つ年上」

「ええ、それじゃぁ、もしかして不倫なんかに発展したりして」

女性達の会話は、仕事の会話からガールズトークへと変化していたのだ。思いも依らない女子社員の言葉に、

「そ、そんな事はないわよ。その男性も家庭があるし子供さんも居るのよ。それに、私も結婚していて子供もいるし」

と気を取り乱した榊原は、慌ててそう言った。そんな榊原に、

「だけど、榊原さんは、最近良くメールをやっているでしょ?」

「まさか、その人とじゃ?」

 と、目を細めて迫って来た。

その一言に、榊原は思わず動揺を見せていた。そして、

「えっ、ちょっと、なになに」

 と、完全に我を失った言動だったのだ。

「やっぱりそうみたいね」

「顔が真っ赤だもん!」

 両手を開いて顔を仰ぐ仕草や、耳まで真赤になった顔に、全てがバレバレの榊原だったのである。

そしてこの頃からか、榊原の方も木村の事を意識し始めていたのである。だが、そんな榊原の態度は職場だけではなかった。

家に帰った榊原は、食事が終って浴室に向かった。仕事の疲れを癒す入浴だった。暫くして、入浴を済ませた榊原が、脱衣場で着替えをしながらリビングに目を向けた。そして、何気なく旦那の方を見た時、温まっていた身体が一気に凍りつく様な思いに駆られた。

そこで目に映ったのは、こっそりと榊原の携帯を見ている旦那の姿だったのだ。あの携帯には、木村とのメールが残っている。そう思った時、榊原は血の気が下がった思いがした。

気付いた時には、慌てて大きな音を発てる榊原だった。その音で榊原の存在に気付いた旦那は、慌てて携帯を元の場所に戻していた。 

その後すぐに、旦那に悟られない様に、携帯を自分のバッグに仕舞い込んだ榊原だったのだ。

 翌日、不安な気持ちを抱え込んでいる榊原の下に、いつもの様に朝早くから榊原にメールを送る木村の姿があった。会社に到着すると、駐車場の車内の中で携帯電話を操っていた。

『お早う御座います、今日も元気に仕事をしましょうね。

今日は来られますか?逢いたいなぁ』

内容は、いつもの様に余計な事を書いたメールであった。そして、鼻唄を奏でながら、木村は工場の中に入って行った。

数時間後、榊原から木村に返信のメールが届いた。メール到着のメロディーで、仕事を止める木村だった。その後、嬉しそうに携帯電話を開いてメールを読んだ。だが、そこに書いていたメールの内容は、普段とは違っていたのだ。

『お早う御座います。

ところで、最近のメールで思うのですが、不倫はできませんよ。

木村さんの奥さんや、私の旦那を裏切る事はできません。これからは、少し距離をおいてお付き合いできませんか?』

その内容に、始めは意味を掴めなかった。だが、何度も読み返していくうちに、榊原に何か起きたのだと感じていた。そして木村は、“今まで自分は何をやっていたんだ”という後悔が、気持ちの中で渦巻いていた。木村は、榊原に嫌われてしまったと思っていたのではなかった。自分の自己満足の為に、榊原を困らせていたのだと、自分を責めていたのだ。そして、榊原にこの様なメールの内容を送らせる様な事態にしてしまったと、榊原に対して申し訳ない気持ちで一杯だった。

木村は考えた。今後は、自分からはメールをしないでおこうと。

榊原の方からメールをしてきた時にだけ、真面目な内容で対応していこうと思ったのだ。自分の悪ノリが過ぎた事を悔やみ、榊原に断りの返信メールを送った。

『今まで、すいませんでした。なるべくメールはしない様にします。

でも、陰であなたの事を応援しています。お仕事頑張って下さい』

メールを送信した後、木村の心は落ち込んでいた。

そんな木村の状態に、直ぐに状況を悟った元気だったが、どういった言葉を掛けてよいかが解らなかった。そして、

「木村さん。今日は久しぶりに、ゴルフでもどうです」

 と、気を紛らせようとしていた。そんな元気に、木村は一部始終を話した。

「そうなんですか」

話を聞いた元気は、心配そうにそう言った。

それからの木村は、仕事も手に着かない状態だった。次に榊原が訪問して来たら、直ぐに謝らないといけないと、そんな事ばかりが頭の中を過っていた。

数時間後、呆然と仕事をしていた木村の下に、電話着信を知らメロディーが鳴った。その音で、慌てて携帯電話を取り出した木村は、即座に画面を見ていた。そこには、榊原の名前が載っていた。

直ぐに外に出た木村は、素早く電話に出ていた。

「もしもし、木村ですが」

 出来るだけ普段通りにと、冷静を装ってそう言った木村だったが、

「榊原です。先程のメールの事なんですが……」

その時の榊原の声は、少し震えていた。その言葉を、木村は黙って聞いていた。

「さっきのメールですけど、あまり気に為さらないで下さい」

興奮気味にそう言った榊原に、木村は申し訳なさそうに謝った。

「僕の悪ノリが過ぎた様で、榊原さんに迷惑を掛けていたみたいですね。本当にすいませんでした」

 木村の真剣な気持ちが伝わる言葉だった。しかし、榊原は

「違うんです、最近旦那が私の携帯を盗み見している様で、それに私恐いんです。木村さんとは良い関係でいたいのですが、それであんなメールを……」

我を忘れて、夢中で木村に訳を話していた。そして、榊原は木村との良い関係を続けていきたいとの思いで、

「メールは、これからも送って来て下さい。ただ、内容が誤解されない様な書き方と言うか、とにかく、木村さんが気を悪くしているんじゃないかと思って。それが心配で」

と、只々、木村の事に気を配っていたのだ。そんな榊原の状況を落ち着かせる様に、

「わかりました。変な内容は書かない様にしますね。それと、僕が悪かったのですから、何も気を悪くしていませんから、安心して下さい。お電話、有難う」

と、優しく話し掛ける木村だった。その言葉に安心したのか、榊原はそのまま電話を切った。

木村は、今までの自分に反省しながら、これからの榊原との付き合い方を改めようと思った。だが、榊原の想いは違っていた。木村の事を意識する様になっていたのだ。そしてもう、木村からのメールが少なくなっていくのを拒む気持ちで、木村にメールを送っていた榊原の姿がそこにあった。

『また、いつも通りメールを下さい』


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