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平凡な毎日

とある町の、とある工場団地。

中央の大きな道路を挟んで、大小の工場が六つ並んでいる。

そんな小さな工場団地の中で、精密部品の製作をする工場がある。

社長を入れて五人が働く小さな会社だが、平均年齢三十五歳と従業員の年齢層は結構若い。

然程大きくはない工場内は、四つの部屋に仕切られていた。

事務室、NC工作機械室、仕上研削機械室、コンプレッサーや材料などが置かれている部屋だ。

最後に紹介した部屋は、社員達が休憩する部屋としても使用していた。

NC工作機械室と休息室には大きなシャッターがついていた。

NC工作機械室のシャッターは、室温の変化で製品の寸法が安定しないため、室内の温度を一定に保つ様に空調していた事から、殆ど開くことは無かった。だが、休息室のシャッターは休憩する時には毎回開けていた。

タバコの煙が籠ってしまうせいもあったが、昼休みなどはそこから出入りしていた。

工場の中は、精密部品を製作しているだけあって清潔にしていた。

沢山ある棚の上の整理整頓は勿論の事だが、毎日の様に床まで綺麗に磨いていたので、他社からの来客者からも良い印象を受けられるほどだった。

さっきも言ったが、社員は社長を入れて五人だ。言うまでも無く社長が一番年上だが、その次に年齢が高いのは三十七歳の『木村大輔』という男だった。

そんな木村は、ここの社長の息子で後輩の『元気』と一緒に、仕上げ研削機械のオペレーターとして仕事をしていた。三年前にこの会社に入社した元気に、その仕上げ研削機械の操作や仕事内容を教えたのも木村だった。

仕上げ研削機械とは、人の背丈ほどの大きさで然程大きな機械ではないが、丁度人の目線の高さの位置で回転する砥石を使って、金属を切削するのだ。砥石の下には電気磁石が内蔵された平面の鉄製ブロックが取り付けられ、それが左右に動く時に砥石で鉄を削るといった作業を行うのだ。 

ミクロン代の寸法を要求されるこの部所では、清潔な室内は勿論だが、一定の温度の中での空調が為されていた。金属と言うものは温度に敏感な為に膨張してしまう。夏なんかは夕方までに加工した製品を測定しても、翌日の朝には測定した寸法が小さくなっているのだ。一日の内に膨張した製品が、夜中に冷やされて縮むのである。その為に一定の室温を保たないといけないのだ。そうでないとミクロンの寸法で製品を削る事が出来ないのである。従って、仕事に対しての神経の使いようは尋常ではなかった。

木村と元気の二人には、毎日のストレスを解消する為の共通の楽しみがあった。

「もう直ぐ昼休みっすね。飯食ったら、また裏の空き地でゴルフの練習をしましょうよ!」

「そうだな。今日はクラブを二本とボールも何個か持って来たから、それでやろうか」

「本当っすか! それじゃ、急いで飯食って行きましょうよ!」

元気は最近やり始めたゴルフだった。

初心者と言う事もあり楽しくてしょうがない様だ。

二人がそう話をしていると、昼のチャイムが工場内に響いた。

その音と同時に手を洗って食堂に向うと、持ってきた弁当を五分ほどで食べ終わる。


はっきり言って胃が悪くなる。決して真似をしない様に!


ゴルフクラブとボールを持った二人は、子供の様に楽しそうな顔をして工場裏の空き地の方に走って行く。

工場の裏には、工場団地を囲む様に大きな池がある。言わば、池を埋め立てて敷地を作ったと言った方が良いのかもしれない。その為に、水辺に近い所は、地盤が緩くなっていた。そこで、水辺には少し広いスペースを設けていたのだ。

結構広い空き地の外側は、ウォーキングが出来る様に簡単な舗装がされていて、空き地の周りを囲む様に木が植えられていた。

二人は、そこでゴルフの練習をやっていたのだ。

「これ使って、本当にいいんすか?」

「いいよ。俺はこれを使うね」

二本のクラブを二人で分けると、早速ボールを地面に置いて軽く打ってみる木村だった。

「ここは地盤が緩いせいもあってか、スィングしやすいな」

 そう言ってボールの飛んで行った方に歩いて行く木村は、久しぶりのゴルフだった。その為か、緊張して身体の動きは固いが、ボールを真っ直ぐに飛ばす事が出来た。満足気な表情の木村だった。

一方、元気の方はというと、

「おおっ! 難しいな。全然真っ直ぐに飛ばないや」

最近始めたばかりで素振りさえままならないでいた。打ったボールは、横に飛んだり転がったりと、上手く飛んで行かなかったのだ。

それを見た木村は、自分の知っているゴルフのスウィングを、一つ一つ元気に教えはじめた。

ゴルフはそんなに上手な方ではなかった木村だったが、教えるのは自信があった様である。

「そうそう、左手で打つ様にして。腰をどっしりと落として、身体が開いたらクラブのフェイスが開くから右に飛んで行くよ。

ボールをよく見て打つんだ!」

木村の忠告に、元気の打つボールは少しずつではあるが、真っ直ぐに飛ぶ様になってきたのである。そうなれば、面白さも倍増して、時間を忘れてしまう。

昼休みは、あっという間に終わってしまったのだ。

「木村さん、すいません。僕ばかりやって、あまり打てなかったんじゃ」

元気は、初めから終わりまで自分に教える事ばかりで、あまり練習できなかった木村に気の毒がっていた。しかし、そんな事は気にも留めずに、

「俺はいいよ、それより、かなり飛ぶようになったな。明日も頑張って練習しような。早くコースを周れる様にならないとね」

木村は笑顔で、そう言っていた。

工場に戻った二人は、喫煙所でタバコを吸いはじめる。敢えて、仕事が始まる5分前に戻る様にしていたのだ。この五分は、二人にとって至福の時間だった。そしていっぷくが終ると、仕事を始める二人だった。

前にも言ったが、二人は同じ部所で働く。そしてその部所は、二人しか居なかった。仕事をする上では、長い付き合いになる。そこで、同じ趣味を持つ事でコミュニケーションを取っていたのである。

晴れた日はそうやってゴルフが出来るのだが、雨の日の昼休みの過ごし方はと言うと、工場の端の喫煙所でタバコを吸いながら色々な話をする事だった。喫煙所には、煙が充満しない様にテーブル型の空気清浄機が設置されていた。その周りで椅子に座って、世間話から最近の身近な出来事等を話したりしていた。

毎日の仕事の中で何か楽しい事をみんなでやれれば、そんな事を考えていたのだ。しかし十人十色で、やりたい事はそれぞれ違っている。中々、一緒にとはいかないのが現実である。

昼からの木村は、ほぼ毎日のように遅くまで残業をする。仕事から帰る時間は、夜9時過ぎは当り前の事だった。時には、深夜まで残って仕事をやる事もあったのだ。

そんな木村が家に帰ると、妻と四人の子供が居た。

四人とも学生だが、一番上の子はもう直ぐ高校を卒業する歳になっていた。高校を卒業と言えば十八歳だ。木村は三十五歳。

そう、木村の結婚は、十九の時と、早かったのだ。若くして結婚した事で、当時は厳しい生活事情だった。若い年齢で給料も少なかった木村は、昼間の正規の労働時間と同じくらいの残業で生計を助けていた。その甲斐あってか、この年齢で、この工場の殆どの加工技術を身に付ける程になっていたのだ。木村は、生活を守る為に必死に頑張っていたのである。そんな毎日を送っていた。


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