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番外編 それぞれの親子関係

リクエストいただいた内容です。

お楽しみいただければ幸いです。

前半は華姫が子供。後半は華姫が親としての立場での話になります。

 爽やかな風が吹く森の最奥。

 水晶の板の様な美しい湖が在る彼の地。

 其の湖の畔に、家が一軒、建っていた。

「全く、貴方と云う人は」

 呆れました、と大上段に態度に表わすのは、銀の髪の美女。

「え……ええー……ダメ、かしら?」

 其の前でしゅんと項垂れながら、必死に眼差しで懇願するのは黒髪の美少女だ。

 美少女はエアテ。かつて華姫と称された美しさは今を盛りと更に磨きがかかっていた。恐らく、此の後何十年も此の美しさの成長期に停滞や衰退は訪れないだろう。

 纏うのは、美しい白絹に鮮やかな薔薇色を刷いたドレス。以前であれば膝丈だったスカートは、今は踝までの長さになっている。

「だって、ね?」

 少女は必死に言い募った。

「確かに、家の傍に祠を建てているし、お参りだっていつもしているけれど、やっぱり、区切りって必要だと思うの。一年はね、危ないって云うのもわかったから諦めたわ。王宮もバタバタしていたしね? けれど、三年も経ったのよ? もう良いのではないかしら」

 ひくり、と銀の眉が跳ね上がるが、其れに気が付かない様子で少女は言葉を続ける。

「大将軍がやってきて、其れを追い返して。其の後、王宮の方で私を探そうとする動きは無いでしょう? なら、もうあの子は私の事を気にかけていないと思うのよ」

 大体、漫画(はなし)の中でもたった一話に出て来るだけの色ボケ女だった訳だし、と続ける少女を見つめる目は、鋭い。

「やっぱり、お参りはしたいもの。私を育ててくれた人達へ、敬意と好意を表すのは子供の義務だわ」

 子供の、義務。

 そう云い切り、少女は怖ず怖ずと……だがはっきり、顔を上げて云った。

「お墓は無いのだもの。せめて、いなくなってしまったあの場所……伯爵邸へ行きたいの」

 そして云いたいの。

 綺麗な顔が、真摯な表情を浮かべる。

「皆の……お母様方のお蔭で、私は今も元気に生きていますと。お花を持って会いに行きたいの」

 清々しいばかりの澄んだ表情。

 気高いと云う言葉が此れ程似合う人物も居まいと確信させる其の威風堂々たる立ち姿に、銀の美女は仄かな笑みを口元に刷き、そっと手を伸ばすと――――――


 徐に、其の頭を叩き倒した。


「いたあああああい!」

 頭を押さえて目の端に涙を浮かべた少女へ、銀の美女は明らかに呆れた声音で言い放つ。

「貴方、莫迦ですか」

 其の言葉に怒りを露わにした少女が顔を上げれば、戦場の悪鬼かくやと云う姿が目に飛び込んできた。

 明らかに、激怒している。

 余りの恐怖に全身を強張らせた。

「三年も経った? 違います。三年しか経っていないのです。王が気にかけていない? 冗談ではありません。華姫存命は確定しているのですよ! どれだけ優秀な組織を貴方が掌握していると思っているのですか! 隙を見せれば王宮の奥深くに拉致監禁など簡単な事なのですからね!!!」

 雷鳴の如き怒号に、少女はびくんと体を震わせると、でもと果敢に言葉を紡ぐ。

「私一人が出来る事なんて何もないのよ? 伯爵家は一族郎党斬首されている訳だし、私は公的には死人だもの。近衛騎士団が日中貴族街の見回りをしていると云うのならば問題はあるでしょうけれど、通常任務の巡回警邏にそんな高位が出て来る訳も無いし。末端の下部組織が私の顔を知っているとも思えないわ」

「美しい少女が大罪人である伯爵の住んでいた場所にいたと云うだけで簡単に華姫存命の伝説が市井に流布するに決まっているではありませんか!」

 一喝されれば、少女に其れ以上抗う術はない。

 怒りを感じ、己が随分甘い事を云ったらしいと自覚はしたものの、やはり堪え切れない涙が眼の端から転げ落ちる。

 ころり、ころり。間断なく零れ落ちる涙珠に濁りは無い。其の美しさに半ば目を奪われつつ、銀の美女はそっと少女を抱え、テラスに出た。

 爽やかな風が吹く。

 湖を渡る風は清涼で、其の清しさに少女の張りつめていた何かも緩んだ。

「姫様」

 柔らかな声音に少女が顔を上げれば、美しい銀の瞳が柔らかに見つめていた事に気付く。

「……メイド長。私は、考えなしかしら」

 語尾が揺れたのは、己の不甲斐なさ故。

 幼いが幼くはない主の言葉に、銀の美女はそうですねえと笑う。

「些か、認識は甘くてらっしゃいますね。後、自己評価も低いかと」

 きょとん、と少女は目を瞠る。

「低いかしら?」

「低いですよ」

 さらりと返し、銀の美女は続けた。

「貴女が弑されれば、此の国は間違いなく地獄となります。貴方が娘や息子と呼んで愛する者達の力は、決して弱くないのですからね」

 それに、と美女が薄く嗤う。

「私一人でも、此の国半分位でしたら焦土と化せる力はあります。其の時には、此の身半分を構築する無粋な輩も決して否やとは云わないでしょう」

「「不本意ではあるがな」」

 其の言葉に、少女は涙を零す事も忘れ、驚愕の表情でじいと美貌を見た。

「……なんで、そんな事云うの? メイド長は強くて優しいのだもの。私が死んだら、やっと自由になれるのに」

「私は今も昔も自由ですよ」

 何を今更、と呟き、銀の美女は少女を片腕に座らせる様に抱え直すと其の目元をそっと拭った。

「私程力の在る悪霊ですとね、別に縛られるモノはありませんから。自由に人を殺し、自由に血筋を祟っていましたよ」

 さらりさらり。凛とした声音に不似合いな凄惨な言葉を紡ぎ、銀の瞳は少女を見つめる。

「貴女が生まれて、貴女が泣いて。貴女が必死に生きようとしたから、私は貴女に体を貰ったんです」

 ふわりと、銀の瞳が笑みに滲む。

「姫様と一緒に居ようと、決めたんです」

 其の言葉に、少女が大きな瞳に溢れる様に涙を零した。

「私は、メイド長やメイドの皆が居たから、身分相応の言葉遣いも身のこなしも覚えられたの。漫画(もと)の私は、本当に本当に嫌な子だったの」

 溢れる涙と呼気が上手く噛み合わず、しゃくりあげながらも少女は言葉を紡ぐ。

「私は、皆が居たから生きているの。皆が居たから……!!!」

 くしゃりと、悲しみに顔が歪んだ。

「お母さんって、云えるのは皆だけだったの……!!!」

「知ってますよ」

 頷き、美女は笑う。

「皆、知ってましたよ」

 けれど、其れを云う事は許さなかった。誰一人として、許さなかった。彼女の小さな主は其れを伯爵家の血筋に云われたくないのだろうと納得していたが、全く違う。単に、彼女は仕えるべき主であったからだ。彼女が母と慕う全ては、彼女を我が子としながらも、何より大切な至高の存在としていた。だから――――――――――――伯爵家が事実上瓦解した瞬間に此の世に存在できなくなる筈だったにも関わらず、メイド達は必死に彼女の傍にしがみついていたのだから。

 見当違いな罪悪感は必要ないのだが、何故だか少女は其れが解らないらしい。だから、こうして、変な贖罪を行おうとするのだろうと美女は思っていた。

「ですから、お参りなど、意味はありません」

 そう告げれば、少女は不服そうに唇を尖らせた。

「でも……三回忌がダメなら七回忌の法要くらいは……」

「ホウヨウ? 抱き着くのですか?」

 今やりましょうか、と云う美女へ、違うと云い、少女は考え考え言葉を紡いだ。

「私が昔居た場所の宗教儀式で、亡くなった後、一年目三年目七年目ってお坊さん……神官を招いて、亡くなられた方の安寧を祈るの。確か、百年忌とかもしている人はいたけれど、大概は十三回忌で終わっていたわ」

「死んだ人間に十三年間も祈りを捧げるのですか」

 なんとも呆れたと言外に言い放ち、美女はにこやかに姫様と呼んだ。

「……なに、かしら?」

「不要です」

 すぱっと断言され、少女はあうと言葉を詰まらせる。

「此の国の宗教では、そんなものはありませんし、死んだ後其処迄執着されても迷惑です。加えて申し上げれば此の世界の宗教では死者は其れ程重い存在(もの)ではありません」

「……知っているわ」

 広く信仰されているのは二種。

 貴族が信仰する天空神と其れ以外が信仰する大地神。天空神の中でも太陽神は王族が守護神として祀る為、別格となる。戦争や何かで孤児が出れば其々身分に見合う神殿に収容され神官として育てられるのだが、生活に根差し、一種の相互扶助の場である大地神の神殿と違い、天空神の神殿は政治に関係が全く無いにも拘らず、派閥が煩く戒律も厳しいので、幼い時から其の世界に入らざる負えない子供は地獄に行くのだと揶揄される程だ。……お家騒動や没落して潰えた家の子弟は此の神殿に入るので、地獄は何処まで続くのか、と書き残して命を絶つ者も多いと云う。だが、神殿では死んだら終わりと云う考えが古から強く、自死も他死も同じく扱われ死体すら神殿近くの森の中に適当に埋めて終わりだ。そんな価値観の世界でお参りだの祠だのと云う少女の考えは、確かに同意を得られ難いだろう。

「良いではありませんか。別に場所に拘らずとも、姫様が皆を思い出して下さるだけで、其れはとても稀有な事なんですから」

 きっと彼女達も自慢にしているでしょうよ、と続けられ、少女は僅かに瞑目しそうかしらと弱く呟く。そうですともと銀の美女が返し、その頭を撫でる。柔らかな巻き毛は春の日差しのような手触りで、美女はうっとりと何回も撫でた。

「私は嘘は申しませんよ」

 優しい優しい声音に、少女はやっと顔を上げ、満足そうに笑ったのだった。




゜・:,。゜・:,。★゜・:,。゜・:,。☆゜・:,。゜・:,。★゜・:,。゜・:,。☆゜・:,。゜・:,。★゜・:,。




「もし、お母様に伴侶が現れたら?」

 問われた内容にきょとんとした表情を返し、亜麻色の髪の美女はそうねと呟いた。

「お祝いしなくてはいけないわ。そして、私も急いで相手を探さなくちゃいけないわね。お母様はもう十三歳におなりでしょう? 妊娠は可能な筈だから、其の機会を逸する気は無いわね!」

「逸する気?」

 問い返したのは、桃色の髪の美男。

「どういう意味だよ」

 うすら寒い何かを感じつつ、美男は其の貌に相応しくはない嫌そうな表情で再度問うた。

 此処は、森の中。

 森の最奥の、小さな村。

 つい最近発生したとは思えない其処は、華姫を招く為だけに、彼女の子供達が腐心して生み出した場所だった。

 人員(むらびと)は順調に住みつき、生活も安定している。和やかな雰囲気に包まれた此の村ならば母親も楽しく過ごせるだろうと此の企画主である息子達が判断し、或る意味様々な場面での実働部隊である娘達の村の長に連絡したのがつい先日。そして、今日、母親の為のパーティを行う事だけの為に作られた村の中心部にある屋敷の一室で、娘の代表である村長のフルウと息子の交渉係である美男が打ち合わせをしていたのだった。

 そして。

 ほぼ案件が片付いた時に、ふと村で赤ん坊が生まれた事を美男が思い出し、からかう様に問うた言葉に返されたのが冒頭の流れと云う訳だ。

 多分こいつは怒り狂うんじゃないかと内心哂っていた美男の前で、美女はうっとりと言葉を紡ぐ。

「お母様と私が本当の身内になるのよ? そんな好機、逃してたまるものですか!」

「おっまえ、母さんと合わせて妊娠する気かよ!?」

 余りと云えば余りの発想に、だが美女はきょとんと不思議そうに肯定した。

「当たり前じゃない。其れ以外何をするの」

「母さんの結婚阻止とか!」

「結婚位でなんでそんなに慌てなくてはならないの」

 心底解からない様子で云い返し、美女は不思議そうに眉根を寄せる。

「勿論、お母様を一室に閉じ込めて他と一切の関わりを禁ずる様な外道であるならば速やかに処置してしまうけれど、そんな人間をメイド長様が認める筈も無いし」

 うんうん、と頷く美女へ、美男はごくりと喉を鳴らした。

 こいつ……想像以上に駄目だ……!!!

「大体。結婚したとして、生活に変化なんてある訳も無いでしょう? メイド長様が必ずお母様の傍仕えで入るもの。其れに相手だって四六時中傍に居られるほど暇でもないでしょうし。なら、今迄通り好きな時に好きなだけお母様にあえるし、お母様の御子様を拝見できる可能性は高いし、其の子の傍仕えで自分の子を送り込める機会はあるし、隙があれば結婚させることも可能だし、そうしたらお母様と私は正真正銘の血縁関係になるし! 血縁関係!! なんて、素敵……!!!」

 うっとりと狂喜乱舞し始める美女の姿に、美男は思い切り引きながら内心で呟く。

 母さんの真っ当な人生は俺達にかかってるんだな……と。

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