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終(ついで)

 己の常識に捕らわれた性分を軽く哂いつつ、騎士達が諦めの境地に至ろうとしている時、眼前の美少女はふわりと微笑むように口の端を押し上げた。

「ところで」

 紡がれたのは、硬質な声音。

「世間話の為にいらしたのかしら? 大将軍閣下」

「まさか」

 返された迷いのない言葉に、少女は然もありなんと頷き、其の目を細める様に歪ませる。

「娘達の動向を探っているのならお門違い。あの子達は好きに生きているから」

 否、と言葉が返る。

「男達の生存を訝しむならお門違い。男は野に放ち既に己の道を歩ませているから」

 否、と、言葉が返る。

「なら」

 軽く傾げられた頭に付随して、華姫の柔らかな髪が揺れた。美しい巻き毛は直毛の様にさらさらと流れはしないけれど、微風に花が揺れる様にふわりと其の動きを柔らかに覆う。

「何が目的なのかしら」

 青年の目が、眼前の少女を射た。

「貴女だ、華姫」

「誰の命?」

 鋼鉄の声音で突きつけられた答えと云う態の召還に、少女はまるで揶揄する様に問い返す。何処迄も己の優位を崩さない傲岸な態度は騎士達の面持ちを引き締め、背後のメイド長に微笑みを与えた。

 解かり切った問いの答えに、だが、大将軍は答えない。其の鋼の視線に美しい少女は楽しげに眼を眇め、愛らしい唇を笑みに歪ませる。

「王命ではあるのでしょう。でも多分、貴方が来たのは貴方の独断。態としては忠臣が先走ったと云う処かしら。後ろの騎士達は災難ね? 我が伯爵邸を急襲した時と同じ様に、此れは貴方の独断専行となるのだから」

 尤も、と、彼女は云う。

「今回は危ない橋でもないのでしょう。何しろ貴方の主は、此の国の最高位に居るのだから」

 くすり、と意味深に笑う姿は、美しいが故に人とは思えない。何か、隔絶された世界の生き物の様だ。

「逃す気は無い」

 大将軍が云えば、然様でと美少女が哂う。

「行く気が、無いわねえ」

 くふん、と口元を覆う扇子の向こうで含み笑いを漏らし、美少女は今猶泰然と椅子に座す。

「話がしたいだけだと」

「話と云うのは言葉の応酬だわ」

 扇子の向こうから、綺麗な瞳が男共を眇め見る。

「言葉とはことのは。数多在る葉の様に存在する(こと)を交わす事象。……市井であれば問題も無いでしょうけれど」

 ふふふふふ、と哂う。んふふふふふ、と、哂う。背後に控えるメイド長からは見える。少女が口元を引き締め、籠る力を逃がしている様子が。――――――彼女は、怒っているのだ。

「精霊に好かれる貴族……貴種の中でも最も力在る王族。其処が関われば意味合いが全く変わるわ」

 瞳に煌めくのは、明確な戦意。

 小さな体から漏れ出で始めた覇気に、騎士達は軽く戦き、大将軍は小さく瞠目する。

 貴族の令嬢として生きた少女が発露させた怒りの感情(いろ)は、思考(おもい)を表す事を良しとしない貴族社会に在って失態以外の何物でもない。其の、筈だ。なのに、彼女の明らかな怒りは、其の場を支配し、彼女に有利な雰囲気を形作っていく。

「私を傀儡とするつもりと、取らせて戴いたわ。現王様」

 ぱしん、と音をたてて扇子が閉じられる。此の場に居ない青年の主を糾弾するのは鳥の囀り。覆いを失い曝け出された美貌を彩るのは明確な劫火。迷いの無い呵責。

 そんなつもりはないのだと、そう言い訳する事も出来ただろう。彼の御方は貴女が育てた娘達の活躍を喜び、是非親である存在と言葉を交わしたいと望んでおられるだけなのだと。だが、大将軍は……忠実な王の剣である青年は其れ等の言葉を弄する事をしなかった。彼は只、眼前の少女を見つめた。

 怒りに彩られる美しい顔を見つめ、大将軍たる青年はゆっくりと口を開く。

「貴方は」

 青年が云う。少女の怒気もメイド長の殺気も、彼の目には映っていないかの様に。

「見た目通りの存在ではないのだろう?」

 膨れ上がる殺気。

 明確な害意。

 だが其れは華姫から放たれたのではない。傍らに控えるメイド長から……傍らに控える銀の騎士達から、融合した稀有なる存在が発する其の意思に、騎士達もまた怯えながらも上司たる青年を守ろうと身構える。

 刹那か。

 永劫か。

「本当に」

 少女が眉を寄せ、小さく哂う。

「鼻が利く事ねえ」

 迂遠な肯定に男共が反応するより早く、華姫は優美な所作で扇子を開く。訝しげに眼を細めた大将軍へ、華姫は名の通り大輪の華の如き笑みを浮かべ、威風堂々と言い放った。

「お帰りは彼方。お戻りは忽ちに」

 何をと問う間など無かった。

 一瞬にして踏みしめていた大地が解け行く感覚。落ちて行く。落ちて行く。落ちて行く。

 其れまで在った何もかもが光や闇に溶けて消え行き、何も無い空間の中声を上げる事も出来ず男達は落ちた。

「気持ちを確り持て」

 恐慌状態であった騎士達は眼前で落ち行く青年の言葉に己を取り戻す。

「お前達は、王国の剣だ」

 まっすぐに向けられた大将軍の眼差し。抜身の剣を思わせる其の目に、騎士達は声無く応えを返した。

 刹那。

 光が炸裂し闇が覆い、彼らは緑の大地に降り立った。

 上には空。

 風が、心地良い。

 眼前に聳えたつのは、美しくも堅牢な王城。

 如何やら王都の外れ……丘の上に在るらしいと、大将軍は断じて周囲を見回した。軍の訓練でよく使う其処は、勝手知ったる場所だ。記憶と目に映る景色に差異が無い事を確認し、大将軍は次いで軽く目を瞠った。

 眼前――――――前方で草を食むのは、愛馬の姿だ。

 くくと喉の奥から笑いが漏れる。

 部下である騎士達が己の愛馬に駆けよれば、全く問題の無い元気な様子が見て取れた。

 くくく、と笑い、あははと声音が弾けた。

 あれだけの怒気を撒き散らした癖にと、青年は大いに笑う。

「大将軍閣下」

「精霊の道だろう」

 部下の声に端的に答え、青年は上に立つ者の風格で部下達を見遣る。

 精霊の道。精霊使いの中でも愛された存在しか使えない、秘儀中の秘儀。本来であれば窮状から王族……後継者を安全な場所へ逃がす為行使される其れを、彼の少女は迷惑な来客を追い返す為だけに使ったらしい。

 しかも、と青年は収まらぬ笑いの内に思う。

 馬まで、付けて。

 平生の彼を知る者が見れば乱心かと思う程に笑い続ける様を見て、部下達も又自然と視線を合わせ、反らし、……思い切り良く噴き出した。

「無理矢理押し通ったのになあ」

「生活に土足で踏み入ったんだぞ」

「手土産も無しだ」

「鎧は騎士団のモノを隠しもせずに着ていったってのに」

「王命を振り回して」

「都合も考えずに」

 晴れやかな空に似合いの笑い声が響く。

 あれだけの害意と殺気を放ちながら、何もしない稀代の御人好しに。

 爽やかな風に似合いの笑い声が響く。

 今はもうあの場にはいないだろう麗人達を思い。

 暫くすれば、青年達は己の主に結果を奏上する為に王城へ赴く。今回は娘達の動向が余りにもあからさまだったから居場所が分かっただけなのだ。恐らくは、早い段階で娘達は母親の健在ぶりを示したかったのだろう。出来上がった新しい王国の上層部へ、手助けした自分達の母が健在である事を示し、もし又道を誤るならば今度は己等が粛清の対象になるのだと……喉元に突き付けられた白刃は納められた訳では無いと、其れを知らしめたかったのだ。其れが成った今、恐らく、もう一度彼の姫君を捉える事は出来まい。……そんな確信を持って。

「やれ」

 其の言葉を聞いて、きっと此の国の主は困った様に笑うだろう。

「別に、利用とか考えてないんだけどなあ」

 戯曲の主役に相応しい性格の若き王は、愚痴りながらも陰湿さのかけらも無い声音を紡ぐ。

 此れではまるで僕が――――――


「悪役みたいじゃないか?」


 苦笑交じりの声音に、だが大将軍は同時もせず然様ですねと頷くのだ。

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