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次(ついで)

「流石、戦場にいらっしゃる事は伊達ではありませんのね」

 ああ、嫌だ、と忌々しげに呟き、黒髪の女性は平凡な容姿には不似合いな傲岸な態度で踵を返すと室内深くへ歩を向けた。

 愕然とする部下を一顧だにせず、大将軍となった青年も刃を収めた銀の美女に誘われる儘に後に続く。小作りながらも確りとした設えの家内は、生活感溢れる部屋の奥にある扉の向こう側にこれぞ応接間と云うべき一室を有していた。品の良い家具と、南向きの大きな窓。其処にかかるカーテンは、明らかに高級な織物だ。

「こんな田舎で……」

 思わず呟いてしまった年若い騎士の言葉に、黒髪の女性は「ええ、ええ」と鷹揚に頷いて口の端に笑みを刻んだ。

「田舎だから良い物が手に入らない、と云う事ではありませんのよ。金額さえ見合う額を用意すれば、良い物、と云うのは自ずと集まるものなので」

 流行物とは違いますのよと小さく哂う女に既視感を覚え、騎士達は愕然と其の姿を凝視した。

 外見に、共通項は無い。

 長い黒髪は、ただ長いだけだ。手入れも怠っているのか僅かにパサついている事が見ただけで解かる。

 其れなりの年を経たのだろう容姿は、如何見積もっても三十代。だが、地味で平凡な容姿ながら粗野を感じさせるものは無く、良い環境で育ったのだろうなと云う事は伺わせる。

 どう見ても、彼の華姫とは似ても似つかないのだが……そう考えながらも騎士達は、上司の断を受け入れていた。

 此れは、華姫なのだと。

「訊いてもいいか」

「答えられる事なら」

 何時かの受け答えの様に言葉を交わし、進められた椅子に腰かけた青年は眼前で優雅にソファに腰かける女性を見据える。

「其の姿は?」

「此方の方が動き易いのですもの」

 さらりと答え、女性はついと小首を傾げた。

「子供の体では、色々動き難いと思いませんの?」

「確かに」

「「納得しないで下さい大将軍閣下!!!」」

 あっさりした諾の言葉に部下達から懇願の絶叫が奔る。

 きょとん、と振り返る青年の姿を見て、女性はそうでしたわねと笑う。

「騎士団長殿は、今や国の要たる大将軍閣下でらっしゃいましたわね」

 時の流れって早いモノねと感心する様に呟けば、傍らに控えていた銀の美女が本当にと同意を示した。滑らかに紡がれる美声に違和感を覚えつつも、騎士達はまさかと僅かに目を瞠る。お互いに視線だけを合わせ、いやいやまさかなと無声の言葉を交わしていると、空気読まない上司がさらりと言葉を紡いだ。

「其方が、メイド長だったか」

「本当に、良くお判りに」

 鼻が良いのかしらと小さく呟く無礼に騎士達が反応できない程あっさりと言を認め、女性はメイド長と呼びかけた。

「大将軍閣下に御挨拶を」

 主の言葉に銀の女性は滑らかにして上品に礼を取る。

「お久しぶりでございます。かつての悪霊「「かつての守護」」、併せ御前に」

 言葉の途中で声音が変わった事に、一国の軍を束ねる青年は僅かに眉を寄せた。

「……貴方は」

 其の言葉は、メイド長に向けられておらず、だが、メイド長に向けられたもの。

 そんな大将軍の様子に、黒髪の女性は面白そうに呆れた様に口元を緩ませ小さく微笑む。

「流石は武人の要たる方でらっしゃいますこと。優れた武具に対する敬意をお忘れになられないなど」

 ふふふふふ。

 楽しげな含み笑いに訝しげな二対の視線が向けられた。其れを受け、女性はまあですがと言葉を継ぐ。

「お判りになられていらっしゃらない方の為に、もう少し詳しくお話致しましょうね」

「頼む」

 部下が熱り立つ前に、大将軍はあっさりと相手の言葉を飲み先を促した。此の辺りの駆け引きの上手さは見事だと女性は内心で感心する。伊達(みえ)酔狂(いえがら)で将軍職に就いている訳でもなさそうだと。

「此の体は人形(まやかし)。此方と本体たる彼方は意識が繋がっているし非常時に即応も可能だけれど、今は……と云うより殆どの時間ね。本体は寝室で眠って過ごしているの」

 此れは村で聞いた話と一致すると、男達は首肯した。

「そして、此方に在るのはメイド長だけれど、同時に守護でもあるわ」

 困惑の感情(いろ)を見せる騎士達に、殊更丁寧な声音で女性が云う。

「昔、かつての我が一族の邸宅での事、覚えていて?」

「無論」

 青年が頷けば、部下達もまた頷いた。其れを受け、女性は目元に喜悦を刷き、言葉を継ぐ。

「地下の、銀の騎士の事は?」

 銀の、騎士。

 部下達が僅かに困惑する中、青年は一人是と頷いた。

「地下の門番だった騎士の事を指しているのならば」

 其の言葉に、二人の騎士も又ああと云う態で頷きあう。其の様子を見て女性は笑みを深くし、メイド長は端正な美貌を冷やかに輝かせた。

「彼らは、人ではないの。彼らはかつて我が伯爵家に存在した善き方々の為に作られた武具」

 伯爵家の、善き方々。

「……伝説だろう」

 小さく若い騎士が呟けば、咎める様な視線を年嵩の騎士が向けるのに対し、女性は鷹揚に其れを制して呟きに対し是と返した。

「そう、最早伝説と云って良い程に昔の事ね。でも、善き方々は確かに存在していたわ」

 逆に云えば、そう云う存在が居たからこそ、伯爵家は潰されずに生き残ってこれたのだとも云える。悪人ばかり排出する家など、名君賢君ならばどんな事でもして潰してしまうのだから。上手いタイミングで、善き方々と呼ばれる極めて善良な当主が伯爵家に生まれていたと。女性はそう云い、傍らの美女を見上げる。

「善き方々が通常の伯爵家の人間に弑されない様に、と。遥かな昔名工と呼ばれた者が作り上げた武器こそが、彼ら銀の騎士の中核を成すのよ」

 ほおと感嘆の声を漏らす二人の騎士とは対極の表情で、青年はだがと呟く。

「そんな業物を伯爵家が有しているなど、聞いた事は無いが」

 遥かな昔の名工……つまり、現在の王国にとっては国宝級とも云うべき武具だろう。そんなものを有してあの伯爵家が自慢せずにいられるかと。そう詰問され、女性はしたりと頷いた。

「名工の、渾身の作ですもの。武具にして守護となるべき格が備わっているわ。……大将軍閣下。優れた武人が例え己の生みの親の命とはいえ、生みの親が守ろうとした存在(もの)に血の繋がり以外共通点は無く似ても似つかぬ獣の為に己の身を血で濡らす事を良しとするかしら」

「しないな」

 さらりと言葉を返す大将軍に、背後の騎士は驚愕を露わにする。騎士とは、誓った忠誠に背く事無く、主を戴くのが当たり前だ。其れが暗君であったとしても、騎士が其れに反する事は許されない。だが、眼前の上司はさらりと騎士のあるべき姿を否定した。

「私が忠誠を誓うのは、現国王であられるあの方のみ。あの方の血を引いていようと、獣に仕える義理は無い」

 逆に云えば、現国王其の人であるのならば地獄迄もお供する。国の軍の最高峰に座す青年はそう云って女性を見た。

 潔い其の姿に、部下達は深い感銘を受け、銀の美女も極僅かではあるが、感心の面持ちを見せる。――――――と、不意にふふふふふ、と笑い声が漏れ響いた。次いであははははと弾けた様な声音が室内に満ちる。ふふははははははほほほ。笑い声が響き響き、響く笑い声に共鳴するかの様に女性の体は質量を失っていった。愕然と見遣る騎士二人の前で、青年はいっそ冷淡とも云える冷静な面持ちで消え行く女性と……現れ出る幼き美女を見つめる。

 白絹とバラ色のリボンで身を飾る、大輪の華たる姿を。

「華姫」

 呼びかけに、寸分の狂いなく幾年か前に目にした儘の美しさで、少女はああ面白いと楽しげに笑みを収めた。時の流れと共に幾分か育ってはいるものの、其れは一切の事柄を損なう事無く、逆に更なる高みへと引き上げるに至っている。

「そうね。そうだったわ。騎士団長の時も王命と云いながら、其の目に映っているのは彼の陛下ではなかったもの」

 肩を揺らし、美少女が笑う。楽しげに、楽しげに。

「娘達から、ね。聞き及んでいるわ。見事な迄に閣下は現国王であられる時の王子殿下に仕えていたと。なら、私の娘達を王宮の魑魅魍魎共の餌食にさせないと断言したのも道理だわ」

 ふふふと笑い声を漏らす愛らしい唇を手にした扇で隠し、美少女は美しく大きな瞳を青年へ向ける。

「現国王陛下は、正しく名君。此れから、此の国も繁栄しましょうね」

 笑み滲む瞳でそう言葉を結び、閑話休題と美少女は話を戻した。

「彼の名工の武具も又、大将軍閣下と同じ。……例え伯爵家であっても、善き方々とは全く違うある意味忌むべき生き物を守る事など、其の矜持が許さないわ」

「「ワタシは、護る者」」

 銀の美女がぽつりと呟く。不可思議に重なる、無性の声音で。

 美少女は其の言葉に是と返し、故にと繋げた。

「本来であれば守護として存在すべきであった彼らは、護る者を失い、だけれど此の先善き方々が現れる可能性がある以上伯爵家を離れる事も出来ず、己の意思で地中深くに其の身を沈めたの。……精霊に頼んで地下を作った時、偶々発掘した縁で、地下の門番に就いて貰ったという訳ね」

 微笑み、最後の言葉を放つ。

「でも、長い雌伏の時は、彼らの力を削ってしまった。武具は、使われねば朽ちていくだけだもの」

 使われない武器の末路は、騎士である彼等にとっても身近な事だ。単なる飾りにされ、誇らしげに壁に磔にされた武具は、どんどん鈍っていく。其れがどんな名工の作であっても、其の(さだめ)からは逃れられない。

 労し気な感情(いろ)を浮かべる男達へ、だが少女は朗らかにだからねと言葉を紡いだ。

「守護としての存在を確立する事が出来ないなら、同じ様に妄執を解かれ望まない世界に行かざる負えなかった悪霊と融合してしまえば――――――其の力は、確固たるモノに成るのでは、と、思ったの」

 はあ!?と無声で驚愕を露わにする騎士達へ、少女は楽しげに微笑んで見せる。

「だって、武具が鋭く在るのは戦場でも害意に晒されるからでしょう? 悪霊は害意で出来ている存在だった訳だし、きっと武具に良い影響を齎すでしょう」

 極論極まりない言葉に其れは違うと突っ込みを入れかけた騎士達だったが、此処で声を上げたとして其れが受け入れられると云う確証はなくそれよりも眼前の銀の美女に刹那の間で始末される危険の方が高く…………そしてある意味、戦場に在る武具は何よりも鋭いと云う事も確かであり。騎士達が内心煩悶している姿を意にも解さぬ様子で美少女は更に楽しげに囀る。

「鋭さを取り戻せれば、武具としての本来の強さを取り戻せば、彼らは守護として確固たる存在に成れるわ。だからね」

 楽しげな美少女(あるじ)の視線に応え、銀の美女が艶やかに笑う。

「融合してみました」

 さらりと告げられた言葉は、正しく爆弾。

 悪霊と守護の融合だと――――――!?

 目を剥く騎士達を全く意に介さず、大将軍はそうかとあっさり頷いた。

「基本の人格はメイド長の儘か」

「そうね。意識体としての強さはやっぱり人と多く関わって来た経験がモノを云う様ね」

 さらりさらりと交わされる言葉は、王宮の精霊使いや学者が聞けば目を剥きそうな事ばかり。

 或る意味。

 騎士達は思う。

 此の場で交わされる会話で良かったのかもしれない。と。

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