表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

序(ついで)

 王都で、嵐が吹き荒れたと云う話は、辺境にすら響き渡っていた。

 悪辣極まりない伯爵家から助け出された女性達を商品として再度売り払おうとしていた宰相の悪行が一人の王子の目に留まった事が発端。

 女性達は幸い腕に覚えがあり、上手く逃げおおせた上に王子へ証拠を携えて下ったので、速やかに王宮の暗部は炙り出されていった。其の過程で、実は平和に倦んでいた王太子が暗躍していたり実は王の寿命が残り少なかったり、実は家柄的には王太子より格が上の王子が居たり、実は其の王子こそ王宮の暗部を炙り出し焼き尽くし政治の場として正常化させた功労者だったり………………様々な功績と王太子が生死不明になったりしたお蔭で、其の王子が王位を継いでしまったりと、激変の幾年かを王国民は過ごす事となった。

 尤も。

 税金が跳ね上がる訳でも無く、物流が滞る訳でも無く、勿論、訳の解からぬ凶悪な生き物が大量発生する訳でも無かったので、国民(くにたみ)としては「ああ、より良い国になったのかなあ」程度であるし、「新しい戯曲の(もしくは劇の)題材が増えたんだなあ」位の認識しかない。

 そして。

 辺境も辺境…………緑豊かで風も爽やかな此の地に於いて云えば、劇団すら滅多に来ない環境であるが故に、最初の噂話と云うかお触書と云うか、其処らへん辺りで井戸端会議が盛り上がっただけで最早話題は過去のモノになっていた。

――――――何方かと云えば。

「ああ、おはようございます」

 背の中程まで伸ばした黒髪を首の後ろ辺りでくくった平平凡凡極まりない容姿の女性。

 此方の方が、余程此の辺境に於いて話題の種になろうと云うものだった。

 気弱気だけれど揺らがない視線ではんなりと挨拶をして、彼女はまっすぐ村の外れ……と云うより殆ど外である森の傍に在る己の家まで帰っていく。

 彼女は、とても不思議だった。

 或る日突然、此の辺境に現れ、森と人里の際に家を建てる事を村長に告げ挨拶を終えると、あっという間に簡素であるが実に立派な一軒家を建ててしまった。

 大きな窓際には寝台が置かれ、其処には美しい少女が眠っている。

「時折、目を覚ますんですよ」

 家に押しかけたお節介な……まあ、善意と好奇心が入り交ざりまくった年配女性達の来訪時に、彼女はそう云って微笑んだと云う。

 家には、女性と眠る美少女の他に、銀の髪持つ綺麗な妙齢の女性も居たと云う。

 銀の美女は一切の言葉を話さずに、唯只管に家の維持に邁進しており……正直、無遠慮に押しかけた者達を見る視線は、厚かましい事に類稀無い彼女達の首筋を言い知れぬ冷気が撫でる程に冷ややかだったと云う。さり気無く。さり気無~ぁく女性自身も歓迎していない空気を醸し出していたので、如何に百戦錬磨の好奇心の使い手達も居座り続ける事は出来ずすごすごと家を辞し……村に来た女性を軽く捕まえるに関係を留めている現状だ。

 静寂を手に入れた其の女性は、柔らかな物腰で甲斐甲斐しく眠る少女の世話を焼く。

 そんな女性を銀の美女が甲斐甲斐しく世話を焼く。

 女所帯の其の家には、時折……稀、と云うには頻繁過ぎる頻度で女性達が訪れていた。

 母様、母様、と彼女を呼ぶ女性達は明らかに実の娘とは思えない年齢で……だが、迎え入れる彼女の表情は、明らかに母親の顔だった。

「……ほう」

 良い声が、小さく呟く。

 深い響きの、男声。

 背が高く、万人が見惚れる程の体躯を有する男は、其の体躯に見合う端正な容貌をしていた。

 其の後ろには、二つの影。此方も、男性だ。

 年配と、若者。

 二人を従えた美丈夫は、白銀に煌めく鎧を堂々と晒し、話を聞かせてくれた村人達……年配の女性陣へ、問う。

「其の家は、何方か」

 声音に敵意が無いが故に。

 鎧に王国の紋章が刻まれていたが故に。

 女性陣はあっさりさっくりと口を割った。寧ろ、率先して案内する勢いだった。美丈夫が従えていた二人……此方も王国の紋章入りの銀鎧を身に着けている訳だが、其の二人がやんわりとはっきりと断らなければきっと団体でついて来た事だろう。

「団長……いえ、大将軍。良いんですか? 此れじゃあ彼女、此の村と関われなくなりますよ」

 歩み去る背に騒ぐ女性等の声を受け、年配の男がこっそりと上司である美丈夫に問えば、端正な顔に訳が分からないと云うような表情を浮かべた男が僅かに眉を寄せた。

「何が不味い」

「……彼女の生活基盤が崩れます」

 如何やって生活しているのかはわからないが、と内心で呟きつつ若い男が云う。

 だが。

「構わないだろう」

 上司たる男……かつての騎士団長、今や王国の大将軍となった男はあっさりと云い切った。

「連れて帰るのだから」

 王命だ、と続ける上司へ、二人は期せずして同じ表情を浮かべる。うわあ、と呟く心の声さえ同音だ。

 上司は騎士として……王国の剣としては非常に有能なのに、変なところで人間味が無い。数年前のあの時もそうだと、年配の男は独り言ちる。

 彼の、悪逆非道な名家であった伯爵家。

 美しいのは外見だけ。皮一枚下は人と呼ぶには憚られる程の残忍極まりない夫妻は、狙いをつけた存在の家をじわりじわりと貧窮させ、言葉巧みに弁舌爽やかに援助を申し出て高利で貸し付け、狙った獲物を使用人と云う名の奴隷として貰い受けていた。表面上は綺麗な書類しか無く、しかも経緯は美談とも云えるので明らかに裏で糸を引いているのは伯爵家だと解かっていても糾弾できなかったのだ。しかも、女は家に置き使用人と云いつつも適宜春を売り、男は速やかに部位に解体され裏の世界で売られていては、当人達の助命の声さえ屋敷の外に届かない。力の弱い女は監視しつつ己も愉しみ、力の強い男はあっさりと外道への生体部位として販売する思い切りの良さは一代で築かれた手法ではないのだが、歴代のやり口を最も上手く行使していたのは当代の伯爵家だった。

 だが、其れがあっさりと解体された。

 理由は、山程ある。

 伯爵夫妻が揃って王家主催の酒宴でヘマをやらかし不敬罪で拘束されると云う致命的な隙を作ったり、其の流れで近衛騎士団が伯爵家本邸に赴けば、私兵の類が一切居らず、其れ処か……使用人すら、殆ど居なかったので悪事の証拠が何の苦労も無く手にできたり。……非常に、非常に王家に都合よく、全ては進んでしまった。唯一の誤算は、此の世で唯一の物言う花と呼ばれた美しい少女……華姫を王宮に引っ立てられなかった事だけ。だが、助け出した元使用人である美女の一団を見て、騎士団長を追求しようとした声は何とも下衆な視線と共に消えてしまった。

 つまりは、王宮もまた、腐敗が進んでいたという訳だ。

 其処に気が付いた現王、以前の王子は、戯曲もかくやと云う働きをして、王宮内の汚物や闇を一掃してしまった。其の片腕となったのが其の時の近衛騎士団長……今の、大将軍。そして、騎士二人を従え田舎道を行く美丈夫だ。

 彼の主である青年は、全てが終わった後に云った。

 なんだか、大変なところだけ押し付けられた気がするね。

 其の言葉に一切の悪意はなかったが、なんだか面白くないと云う気配は確りと感じさせる声音だった。

 女性達も、良く働いてくれたけど、もう一人もいないし。

 伯爵家の地下から助け出された美女達は、此の革命とも云える様な激動の王宮で王子を良く助け、そして、消えた。

 探す気はないけれど。

 そう云いながら、王は云った。


「あれだけ見事に切っ掛けを作ってくれたハハオヤ殿を見てみたいよね」


 何という事のない言葉。だが、しかし。彼は其れを王命と受け取った。

 其の場で拝礼し、大将軍となった彼はあっさりと騎乗の人になる。慌てたのは周囲だ。掃除を終え、落ち着いてきたとは云え軍の要に消えられては困る。だが、周囲の驚きを余所に王は快闊に笑い云った。

 連れてきてくれ、と。

 明らかに、十歳にしては頭が回り過ぎる。下法使いでありつつ精霊にも好かれると云う其の体質も貴重だ。それに、と王は周囲を見て笑った。今の王宮ならば、彼の華姫殿も身の危険を感じないだろう。そう云った王の言葉に、周囲は――――――従うしかなかった。

 此れが、一目惚れが高じての行動ならなあと部下達は思う。だがしかし、己の上司を良く知る身としては、そんな幻想を抱ける筈も無く。

「見えてきましたね」

 眼前に見える、しっかりした小作りな家。

 しっかりと囲いもあり、如何やら小さな畑を敷地内で作っているらしい其の佇まいに、部下達は上司を見遣り……其の視線の熱の無さに、はあと小さく溜息を吐いた。

 ぞくり、と背筋を粟立たせたのは、誰か。

「……姫、様?」

「イヤな予感がするの……」

 香草を仕分けていた黒髪の女性が、手にしていた草をテーブルに置き、己の両腕を摩る。

 とんとんと。

 静かなノックの音が聞こえたのはそんな時だった。

「姫様」

 銀の髪持つ美女が、心配げに呼びかけるが、女性は大丈夫大丈夫と笑ってはあいと返事をしながら扉を開けた。

 瞬間。

 思い切りバタンと扉を閉じ、女性はくるりと外に背を向ける。

「メメメメメメメメメメ、メイド長!」

 慌てた女性の姿に呆れた様に溜息を吐いて、ですから申し上げましたのにと銀の女性は呟いた。

 必死の女性の抵抗は難なく破られ、どんと背中を押された様に前につんのめった女性の背後に銀の鎧の煌めきが現れる。

 刹那。

 大将軍の喉元に、僅かに沈む切っ先。

 掌大の鋭い短剣は、斬ると云うよりさす事に特化した形をしている。

 懐かしいモノを見る様に、大将軍である青年は目を細め、無礼を許せと謝罪した。

「いえ。姫様が悪う御座います」

 返事をしたと云う事は、迎え入れる事を了承したと云う事ですのに、と銀の美女が嘆く様に呟けば、たたらを踏んだ状態から復帰した黒髪の女性が解かり易く拗ねた表情を浮かべた。

「メイド長は、意地悪になったわ」

「いいえ? 私は昔からこうです」

 ふふ、と笑い、相手の喉元から刃を一切引かずに銀の美女は云う。

「私は、稀代の悪霊ですからね」

「「否!!!」」

 突然、美女の唇から不可思議に重なった美声が迸った。

 其れは、幼い子供の様で、歴戦の兵の様で。

 呆気にとられる騎士と面白そうに眉を上げる大将軍を眼前に据え、黒髪の女性ははあと大きく吐息した。

「……取りあえず、刃を収めて」

 下がりなさいと告げる言葉は、何処となく品に満ちて。

 騎士達は眼前の、見た事のない……平平凡凡たる地味な女性に、訝しげな視線を送る。

 だが、しかし。

「随分様変わりしたものだな、華姫殿」

 大将軍たる青年の言葉に、部下達は絶句し、女性は嫌そうに口元をひきつらせた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ