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河野しげるの日常-9



「ほー、なるほど宇宙人ねえ。面白そうじゃねえか。そのナノマシンとやら、俺にもよこせや!」

 僕の説明を聞いた母の反応は、大方予想通りだった。イタリアンのオンパレードという豪華な夕食を堪能した僕たちは、現在ダイニングテーブルにてこれからのことについて話し合っていた。もちろん百合も含めてである。

「うん……母さんならそういうと思ったよ。で、ちなみにどんな能力にしたいの?」

 僕の質問に、母は一考する間もなく答えを返した。

「んー、そうだな、やっぱり斬撃系統だな。ズバッと切れてドカンと派手なやつを頼む!」

 ……ようするに、何にも考えてないということか。

「わかったよ。僕が適当に見繕っておくから、後で文句言わないでね」

「安心しろ。俺にとっちゃ、強化された肉体があれば他のものはオマケにしかならねえからな」

 自信たっぷりに微笑む母だが、これでも謙遜の部類に入るくらいだからたちが悪い。

「そういえば、さっきしげるが言ってた良い事と悪い事云々はどうしたんだ? 確か今日中にクリアしないと死ぬんだろ」

 ……げ、すっかり忘れてた。生死がかかった問題なのに、いくらなんでも呑気すぎるだろ、僕。

 テーブルの中央付近に左手のひらを差し出して、僕は善悪カウンターを起動するために意識を集中した。途端に、黒い文字列が僕の手のひらを占領する。

「すごーい! 本当に改造されちゃったんだ、お姉ちゃん」

「……晴香、もしや今実際に見るまで疑ってたんじゃなかろうね」

「……え! ち、違うよ、そんなわけないじゃん!」

 焦ったように頬を紅潮させる晴香を()めつけた後、僕はあらためて手のひらに視線を移した。二段目の『right』と『wrong』の横には、それぞれ『0』と『1』と描かれている。どうやら僕の予想通り、百合の誘拐によって一つずつ消費したみたいだ。

「残りは悪い事一つだね。まあ、これなら春香をちょちょいといじめればすぐに達成できるんじゃないかな」

「……むー、お姉ちゃんのいじわる」

 春香が頬を膨らませて抗議するが、まず間違いなく演技である。彼女にとっては僕に悪戯されることより、相手にもされないことのほうが何倍も堪えるはずだ。しかも、たとえ実際に放置プレイをかましたとしても、春香はそれを自分の甘えに対する姉の教育だととらえ、僕のことを嫌うことはまずない。ようするに、彼女は僕が何をしても好意的にとらえようとする、言わば家族限定のマゾヒストなのである。

 半分冗談めかして口にしてみたものの、春香に対して悪い事をするのは不可能に近い。かといって、母に対してすれば最悪命が危うくなるので、これも却下である。

「まあ、それについては後で考えるよ。まだ四時間くらいあるし。とりあえず、ナノマシンの注入だけ先にやっちゃおう。準備するからちょっと待ってて」

 そう言い残して、僕はキッチンに向かった。冷蔵庫からオレンジジュースを取り出して、二つのコップにそれぞれ注ぐ。一つはもちろん母の分で、もう一つは百合にあげるためのものだ。彼女の持つ問題も、これで解決するかもしれない。

 僕は二人分のナノマシンをプログラムして、ジュースに唾液を垂らして混ぜた。まさか毎回ディープキスをするわけにはいかないので、ここら辺が妥当なやり方だろう。

 ナノマシン入りの特製ジュースを持ってテーブルに戻った僕は、母と百合の前にそれを置いた。

「はい、できたよ。これを飲めば、晴れて超人の仲間入りだよ」

「お、早かったな。これ飲むのか? どれどれ……」

 僕が手を離すが否や、母はコップを掴んで口に運び、迷うことなく一気飲みした。

「うっぷ……。よし、飲んだぞ。後はどうすんだ?」

「後は睡眠を取れば、自動的に作動し始めるはずだよ」

「げっ、睡眠か……。五時間昼寝したばっかりなんだがなあ」

 別に今すぐ寝る必要はないと思うのだが、元来せっかちの母は大きく伸びをして寝室の方へ向かって歩きだした。相変わらず、自分の欲求に関してはストレートな人である。

「あのーお姉さま、これは……?」

 目の前に置かれたオレンジジュースを見て、いまいち状況を把握していない百合が困惑気味の声をあげる。まあきちんと説明していないから、分からなくて当然なのだけれど。

 僕は彼女を怖がらせないように、精一杯の笑顔でこれに応じる。

「大丈夫、ただの薬みたいなものだから。間違いなく百合のためになるものだよ」

「はあ、お薬ですか。わたくし、お薬は少し苦手でございますの」

「心配いらないよ。味は普通のオレンジジュースだからね。さあ飲んで」

「そうでございますか。では――」

「ちょ、ちょっと待ったぁあああ!」

 百合がジュースを取ろうと伸ばした手を、晴香が横から押さえつけた。……ちっ、いいところだというのに、余計なことをしやがって。

「お姉ちゃんが笑顔だなんておかしいよ! 絶対何か裏があるでしょ。というか、私には百合ちゃんがそれを飲む理由が見当たらないんですけどっ」

 笑顔云々については気に食わなかったが、もっともな主張であったので、僕は晴香を近くに来させて耳元で事情をささやいた。説明を聞いた妹は、赤くなったり青くなったりしながら最後には納得して頷いた。ここでもし母なら明確な「ルール違反」だと言うところだが、やはり晴香も人命を優先するみたいだ。

 さて、これで邪魔者もいなくなったことだし、計画を実行するとしよう。僕は再び慣れない笑みを顔面に張りつけて、百合の方へと振り向いた。

「……てあれ? ゆ、百合、ジュースはどうしたの?」

 僕が目を離したわずかな間に、コップの中のジュースは空になっていた。脇に座る百合はというと、唇をペロペロとなめ回して空になったコップを物欲しそうに見つめていた。

「あ、すみませんお姉さま。待ちきれなくて飲んでしまったのでございます」

「いや……別にいいんだけどさ。君はもう少し疑うことを覚えたほうがいいと思うよ」

「わかりましたわ。次からは毒味役を付けます」

 何か方向性が違う気がしなくもないが、気をつけてくれるなら別にいいか。

「さてと、これでやるべきことは粗方済んだわけだけど、この後百合は何かやりたいことはあるかい? できるなら、ちょいと悪い遊びとかがいいんだけど」

「悪い遊び……ですか? そうですね……。では、夜更かしなんかはいかがでしょう?」

 ……うん、それは目的ではなく手段だね。

「はい! 私にすっごくいいアイデアがあるんだけど、いいですか?」

 僕が百合の天然発言をどう処理しようか悩んでいると、晴香が横から助け船を出してくれた。彼女のお節介も、こういう時だけは役に立つ。

「お姉ちゃんのいう悪い事ってさ、不法侵入も入るよね?」

「んー、どうだろ? 場所によると思うけど、たぶん入るかな」

「じゃあさ、みんなで霧谷きりたにさんの家いこうよ。屋上からならいけるでしょ?」

「……おお、なるほど、その手があったか」

 晴香が口にした霧谷という人物は、マンションの最上階に住んでいる大金持ちである。といっても、分かっているのは金持ちであることと母の古い知り合いであることくらいで、その他のことは一切知らない。物心ついた頃には、最上階に住んでいてたまに遊んでくれるお兄さんという認識があったので、あまり細かいことは気にならなかったのだろう。というか、実際のところ知り合いである母自身も、よく分かっていない節がある。

 ちなみにこのマンションの屋上は半分がペントハウス、もう半分がスカイデッキになっているので、やろうと思えば塀を乗り越えて侵入することも可能ではある。ただし、赤の他人がやっても捕まること必須だけれど。

 彼の家に侵入することが悪い事としてカウントされるかは分からなかったが、日付が変わるまでもうそれほど時間が残されていないので、一応試してみるべきだろう。僕たちは百合に詳細を話して了承を得ると、屋上にいく旨を書いた母宛てのメモをテーブルに残し、家を後にした。廊下を進んでエレベーターに乗り込み、屋上を目指す。

 エレベーターを降りた瞬間、爽やかな春風が僕たちを包み込んだ。間もなく初夏に入ろうという季節であるが、風が強い屋上では少し肌寒く感じる。夕食の前に着替えておいて正解だったようだ。L字型をしたスカイデッキは、高さ数メートルのガラス張りの柵に囲まれ、南側を除いた全方角を見渡すことができる。柵の周りにはいくつかのデッキチェアが置かれ、昼間はそこで日光浴ができるようになっている。

「わあ、すごい眺めですわね! ぜひともここから飛び降り……い、いえ、なんでもないのでございます」

「……よし、晴香、百合の手をしっかり握っておきなさい」

「イエッサー!」

 百合が差し出された晴香の手を大人しく握るのを確認すると、僕は屋上を二分する塀の方へ向かった。塀の高さは約三メートルといったところだ。突起物がないのでよじ登るのは無理そうだが、強化された僕の脚力ならこの程度の障害は苦にならない。

すごく半端ですんません(´・ω・`)

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