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河野しげるの日常-2



 僕が着替えを終えて駅のトイレから出てくると、Tシャツとジーンズのみという非常にラフな恰好で、息も絶え絶えになりながらもなんとか姿勢を保たんとする唐薙友久からなぎともひさの姿があった。……いや、たぶん人違いだろう。いくらなんでも電話してから十分足らずで到着するなんてことはありえない。〇サイン・ボルトも真っ青な速度だ。

 しばらくの間その怪しい人物を眺めていると、向こうもこちらに気付いたようで、手を振りながら「しげっちー」と声高々に話しかけてきた。一応言っておくが、僕のことをしげっちと呼ぶ男は地球上にただ一人しか存在しない。……え、マジか?

 こちらへ近づいてくるその男は、僕の記憶が正しい限り間違いなく友久だった。百八十センチを優に超える長身と、Tシャツ越しにも分かる筋骨隆々の身体。容姿は意外と淡麗で、不良なんかやってなければさぞかしモテるだろう。

 近づいてくるなり、友久は自分の目が信じられないというような驚いた表情になった。

「し、しげっち、今日は何だかずいぶんと女らしい恰好だな」

 予想通りの反応に、僕は内心でほくそ笑む。やはり春らしくワンピースを着てみたのは正解だったようだ。ちなみに今着ている水色のワンピースは、服屋のバーゲンセールで様々な死闘を繰り広げたあげく、ようやく手にした代物だ。しかも色違いのものがちょうど六色あったので、ついでに手に入れておいた。つまり、色を変えるだけで一週間持たせられるという寸法だ。

「ふむ。僕を見慣れている友久でさえその反応ということは、やはり作戦は成功したみたいだな」

「作戦? 何の話だ?」

「いや、だってカツアゲは立派な犯罪行為だからね。いざという時のためにも、こういう服を用意しておこうかと思ってね」

「……しげっち、それは大変にすばらしい作戦だな。果てしなく尊敬するよ」

 そういう友久の表情は、いつもの呆れ顔ではなく本当に尊敬しているような雰囲気だった。心なしか顔が少し赤らんでいるのは、僕のすばらしい作戦に嫉妬してのことだろうか。だとしたらいいものが見れたな。バーゲンバンザイ。

「えっと、じゃあとりあえずどっかの店入るか? 歩き回って腹減ったろ。それにほら、さっき電話で言ってた例の話も聞きたいしさ」

 先ほどから空腹に苛まれていた僕は、もちろんこの提案をすぐに受け入れた。束の間の優越感に浸りつつ、彼の行きつけだという駅前のカフェに向かう。

 しばらく駅の中を歩き回ったあげくたどり着いたのは、小洒落た和風のカフェだった。人気店なのかそこそこの客は入っていたものの、話をするのに差し支えるほどではなかった。僕たちはなるべく他の客の死角になるような席に座り、それぞれドリンク付きのランチプレートとデザートを注文した。

「……それで、しげっち。例の宇宙人にさらわれたって話だけど」

 そう友久が切り出してきたのは、食事も一段落して残るは僕が注文したあんみつを平らげるのみという状況になった時だ。

「ああ、それね。後で証拠を見せてあげるよ。友久が信じられるくらい明確なやつを」

「いや、それはまあ後で見せてもらうとして。実は昨日、あまりに突然そんな話をされたから、いまいち話の整理がつけられなくてさ。出来ればもう一度最初から話してくれないか?」

 友久の表情は、半信半疑というよりも痛い友達の話を嫌々聞いてあげているというような感じに見えた。……まあいいさ。この後に僕が示す証拠を提示すれば、そんな顔はしていられなくなるのだから。

 友久への怒りを抑えつつ、僕は自身の体験をより正確に話すために、記憶を二日前まで遡らせた。



 僕が宇宙人に連れ去られたのは、金曜日の午後六時前後、ちょうど部活を終えて家に帰る途中でのことだった。いつものように徒歩で帰宅していると、突然目の前が真っ白になった。……いや、正確に言うと真っ白い部屋に転送された。そして、目の前には宇宙人がいた。

 何だか唐突すぎるように思えるけど、現実に起きる出来事なんて所詮はどれも唐突だ。ちなみに宇宙人は、頭でっかちで足が四本あって、おそらくは尻尾と思われる突起物を股の間から生やしていたけれど、僕はその時点で白昼夢でも見てるんだなーとぼんやり思っていたから、細部はあまりよく覚えていない。

 それに、僕が唖然としている間に下のほうから人間の女性の形をしたホログラムみたいなものが飛び出して日本語で話し出したものだから、どちらかというとその女性型アバターの方が印象的だったことも原因の一つだろう。まあとにかく、そのホログラムはこう言った。

『こんにちは。私は宇宙人です』

「……こんにちは」

 あまりにシンプルな挨拶だったので、思わず返事をしてしまった。僕はすでにこの時これが白昼夢でないことは理解していたので(僕だって夢と現実の違いくらいわかる)、なんとなくこれは壮大なドッキリ企画か、もしくは本物にさらわれたかのどっちかだろうと思っていた。実際は後者だったわけだけれど。

『私は地球人を研究している別の惑星の科学者です。今日あなたを誘拐したのは、地球人の倫理観がどのようなものかを調査すべく、あなたをそのサンプルとして監視する許可を貰いたかったからです。私はこの日本地区の担当を務める機関の責任者として、あなたの思考パターンがサンプルとして相応しいものと判断しました。しかし、もちろんあなたはサンプルとなることを拒否することができます。その場合、私たちにさらわれたという記憶は消去され、あなたは元の普通の生活に戻れます』

 と、ここで僕に理解する時間を与えるためか、そのホログラムはしばらく笑顔のまま固まった後、『どうしますか?』と聞いてきた。

 いや、どうしますかも何も、わけがわからないというのが僕の本音だった。しかし、この貴重な体験の記憶が消されるのは嫌だったので、僕の心はサンプルになってもいいかなーという方向に傾いていた。しかし、ここで即断するほど僕はバカじゃない。そんなわけで、僕は色々と浮かんできた疑問の中でも最も重要だと思える質問をした。

「……それって、僕に何か利益があるの?」

 うん、これは当然の疑問だろう。何せこんなわけのわからない宇宙人だとかのたまう連中に、僕の私生活を覗かれるのだから、見物料くらいは貰ったっていいはずだ。

 この質問に、ホログラムは少し微笑んだだけですぐに答えてくれた。

『あなたはこの実験のサンプルとなる上で、我々の技術で可能な範囲での肉体改造、もしくは技術の取得という特典を得ることができます。ようするに、スーパーマンみたいに力持ちになれたり、アインシュタインのような天才科学者になれたりします』

 それは……正直言ってかなり魅力的な話だ。しかしこの宇宙人、やけに地球の文化に詳しいな。意外とヤンキースファンだったりして。

 まあそんなどうでもいいことは置いといて、とりあえず僕はこの提案を受け入れることにした。

「分かった、サンプルになってあげる。その代わり、僕に透明になれる能力をくれ」

 そう、僕には子供の頃から密かに抱き続ける夢があった。それは――――

『申し訳ありません。あなたに透明になる能力を授けることはできません』

「……な、なんでだ! 透明人間になって男湯を覗いて鼻血ぶーすることは、君たちの倫理観に反するというのか!」

 ……しまった。興奮のあまり、自分の恥ずかしい願望を話してしまった。しかも宇宙人に。

 僕の心の底からの叫びを聞いたホログラムもとい宇宙人は、困ったような表情でこう言った。

『いえ、倫理的にも技術的にも問題ないのですが、あなたを透明人間にするためには予算を倍にしなければならないのです。ようするに、コスト面の問題で無理です』

 言われてみれば、この宇宙人だって仕事でやっているわけだから、やたらめったら能力を分け与えることはできないということか。仕方がない、少し譲歩してやるか。

「じゃあちょいと肉体を強化して、怪我や病気になってもすぐに治る力をちょうだい」

 まあこのくらいが妥当だろう。あんまりすごい能力を手に入れたって、日常生活で役に立つとは思えない。

 ところが宇宙人(ホログラム)は困ったような顔をして、何やら悩んでいる様子だった。まさかこれでも予算オーバーするのだろうか。

 僕がさらなる譲歩を進み出ようか迷っていると、宇宙人は突然僕にこんな提案をしてきた。

『それでは、あなたには他人に能力を授ける能力を差し上げる、というのはどうでしょう?』

「えっと……つまりスーパーマンを作り出す力ってこと?」

『はいそうです。実はあなたに施す予定の肉体改造は、身体の中に自己複製能力を持つ極小の機械――つまり、ナノマシンを入れることで行うのですが、あなたにはそのナノテクノロジーに関する知識と、それらを操作できる一部のホスト権限を差し上げます。ナノマシンは、あなたの血液中で常に一定数を保つべく増殖し、半永久的に働き続けます。

 他人に能力を譲渡する場合は、マシンにプログラムを組み込んだ後、あなたの体液を相手に摂取させることで行います』

「ちょ……ちょっと待ってくれ! それはつまり、僕に娼婦にでもなれと言っているのか!」

『い、いえ……。体液ですので、唾液や血液によって摂取させることも可能ですが』

 ……またやってしまった。これじゃあまるで、僕が変態女みたいじゃないか。否定はしないけれども。

「分かった。じゃあそれでいいや」

 宇宙人の僕に対する心証はともかく、僕はこの話を受けることにした。だって考えてもみたまえ。自分がスーパーヒーローみたくなるのは面倒だけど、他人のそれを見ている分には楽しいだろう?

 そんなわけで、僕はナノマシンとやらを身体に入れるための注射を受けた。といっても、上の方からロボットアームみたいなやつが出てきて、人間の医者よりも正確無比に静脈注射を施したというだけの話で、予防接種を受けるのとさして変わらなかった。注射器は普通のサイズだったし。

 作業が終わり、僕もこれでようやく帰れるのかと安堵したところで、例の宇宙人が最も重要なことをさらりと言ってのけた。

『あ、言い忘れてましたが、あなたには二十四時間以内に良い事と悪い事を三つずつしてもらうという任務を、三日おきにやってもらいます。三尽くしで覚えやすいでしょう? ちなみにその任務に失敗した場合は、あなたには死んで貰います。

 現在どのくらい良い事と悪い事を行ったかは手のひらに表示できるようになっているので、その都度ご確認下さい。長期休暇や実験中止の連絡も、そこで行います。最初の任務は明後日の午前零時ちょうどに始まりますので、頑張って下さい。では、ご機嫌よう』

「……はい?」

 次の瞬間、僕は再び下校途中の道路に立っていた。さらわれる前と、寸分たがわぬ位置に。

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