平塚志之の日常-2
「……まあ、好きに呼ぶといいさ。どうせいっても聞かないだろうし。それで? お客さんとやらはどこにいるんだ?」
「ふふふ、言質取ったり! えっと、この部屋のすぐ外で待ってますよ。あ、もしかして今の会話聞かれてたかも。名前で呼びあう仲だって、噂になったらどうしよー」
新人にしては仕事ができるほうなのに、こういうところはどうも抜けている子だ。お客様が来たら、応接室お通しするようにと、何度も言っているはずなのに。
くねくねと身悶えする御厨を放置して、私はすぐさま立ち上がり、オフィスの扉を開いた。扉に手をかけながらも何とお詫びしようかと思考を巡らせていた私だったが、そこに立っていたのは予想を裏切る人物だった。というか、そもそも知り合いですらない。
背広の上からでも分かる引き締まった肉体に、角刈りの頭髪。眼光は鋭く、小動物くらいなら人睨みで殺せそうだ。初対面の人に対してこんなことを思うのも失礼だが、正直言って堅気の人間にはとても見えない。
律儀に扉が開くまで正面を向いて待っていたらしいその男は、私の姿を見るなり懐に手を伸ばし、手帳のようなものを取り出して目の前に掲げて見せた。
「警視庁捜査第一課の金光と申します。平塚志之さんですか?」
「ええ、そうですが……警察の方がどうしてここに?」
困惑したような表情を装いながら、私はついに来たかと身を引き締めた。先々月から数えて計六人もの人間を殺めておきながら、何もないだろうということは思ってもいなかったので、初めから警察の手が及ぶ覚悟はあった。そのためにすべての殺人を行う上で、私は常人では決してできないであろう方法――すなわち不可能犯罪となるように工夫を凝らしてきた。彼らがナノマシンという高度な殺人ツールの存在を認めなければ、絶対に解けないように。
「少し込み入った話なので、中でお伺いしてもよろしいかな?」
「ええ、構いませんよ。今彼女を追い出しますんで」
私は野次馬根性で部屋に留まろうとする御厨を追い出し、客人に部屋の中央付近にあるソファーを進めた。金光が座ったのを確認して、テーブルを挟んだ反対側のソファーに座る。
「それで、お話とはどういったものですか?」
「はい。実は今、ある連続殺人事件を追っているんですが、現場近くのコンビニの監視カメラに、あなたとおぼしき人物が映っていたんですよ。それについて事情をお聞かせ願いたいと思いまして。七月八日日曜日の午後十時二十四分にあなたはコンビニのトイレに入り、十時四十七分にトイレをでた。二十分近くもの間、あなたは何をしていたんですか?」
なんだそんなことかと、私は内心で胸を撫で下ろした。おそらく手がかりが掴めないので、怪しい人物に聞き込みを行っているんだろう。
「何って……トイレ何だから用を足していたに決まっているでしょう。あの日は確か、腹の調子が悪くてしょっちゅうトイレに入ってましたよ。まさか、それだけで私が疑われているんですか?」
「いやまさか。容疑者を絞りこむための確認作業ですよ。しかし……あなたが疑われている、というのは事実ですがね」
そう言って、金光は不適にニヤリと笑って見せた。これも犯人を特定するための「餌」なのだろうか。それにしては、やけに確信染みた笑い方だ。
「はあ、そうですか。しかし、いきなりそんなことを言われても。殺人事件なんて、ドラマや小説なんかでしかお目にかかったことがないし、どうも現実感がないですねえ」
私はあえて口元に笑みを浮かべ、肩をすくめた。殺人事件の容疑者にされた人間の反応なんて、本気にしないか過剰に心配するかのどちらかだろう。
「まあ確かに、なぜ疑われているのかを説明しないと、現状をご理解いただけないかもしれませんな」
金光は再び懐に手を伸ばすと、数枚の写真を取り出してテーブルの上に広げて見せた。そこには、どこかの建物の廊下を歩く、私の姿が写っていた。
「これは連続殺人の最初の被害者が殺された現場付近で撮られたものです。殺人はこのビルの最上階で行われた。あなたがシステムコンサルタントとして仕事を請け負っていたこの会社でね。見覚えはあるでしょう?」
「ええ、確かにこの会社にはお世話になっていますが……。でも、ここの社長は自殺だったと聞いていますよ? 経営不振で赤字が山積していた責任をとったとか何とか」
「いえ、正確には殺人だと立証できなかった、どころか他者の介入を疑うことすらできない状況だったので、自殺と結論付けられただけです。それが他殺である可能性が出てきたのは二回目の殺人以降でしてね。その二つがあまりに酷似したものだったので、最初の事件も洗い直されているわけです」
「はあ……なるほど」
これは……違う。私が最初に行った殺人は、山奥でハイキング途中と思われる老婦人を殺したものだ。さすがの私も、自分と関連性のある人間をわざわざ殺すほど愚かではない。
偶然の一致か、はたまた私を陥れるための罠か。時系列的には私が行った殺人の方が後なので、十中八九前者だろう。しかしこうもタイミングがいいと、何か気味の悪いものを感じてしまう。
一応容疑者の一人ということで、私はその後金光からそれぞれの事件があった日に何をしていたか尋ねられた。まさか正直に答えるわけにもいかないので、事前に用意していたそれらしいストーリーを話し、その場しのぎをしておいた。おそらく詳しく調べればアリバイがないことはすぐにわかるだろうが、それだけで私を捕まえることはまず不可能だろう。
とはいえ、何もしないというのも論外なので、私は仕事が終わって家に帰るなり、自室のパソコンを開いて情報収集を始めた。ちなみにこのパソコンは、私が与えられた知識に基づいて作製したものだ。これを使えば、地球の近辺に停泊していると思われる宇宙人の船と通信し、与えられた権限の範囲内でデータベースから情報を覗き見ることができる。
私が持つアクセス権限はレベル4。人間に与えられる最高のレベルらしいが、その情報の質と量は全人類の知識を総動員しても到底敵わないほどのものである。ただ、一つ不満があるとすれば、その最高の権限をもってしても他の改造人間(仮にそう呼んでいる)の居場所を知ることはできないという点だ。唯一知ることができるのは、各地域にいる改造人間の数だけで、今私が調べている情報がまさにそれだ。
宇宙船のデータベースにログインし、検索内容を入力する。出てきた候補の中から『実験対象者の分布』を選択すると、画面に日本地図が表示された。地図は県別に線引きされており、私の住む東京都は七人と最も多い。日本全国の合計は五十四人。前に調べたときよりも、倍近くに増えている。
このペースでいくと、来月には百人近くにまで膨れ上がっているかもしれない。中には分別のない人間がいることもないとは言えないし、このままでは我々の存在がバレるのも時間の問題だろう。
まず第一の目標は、同類との接触だ。できれば私のように、倫理的に問題のある任務を抱えている人間がいい。そのための手段は一つ。とにかく目立つことだ。例の殺人が同じ改造人間によるものならば、案外近くにいる可能性もある。少数が生き延びるには、徒党を組むことが不可欠だ。
先ほどのデータベースから、今度は『人物検索用のソフトウェア』を探しだし、ダウンロードを始めた。これはインターネットの掲示板やSNSへの書き込みなどから、検索条件に近いタイプの人間を見つけるというもので、対象の個人情報をある程度知っていれば、ほぼ百パーセントの確率でユーザー、もしくは使用した端末を特定できるらしい。人間用に新しく作ったもので、実験対象者を選定する際にも使用したことがあるとのことだ。それなりに信用ができそうなので、ダウンロードすることに決める。
三十ギガバイトという、ソフトウェアとしては規格外の容量を持つそれをダウンロードするため、私はパソコンをつけっぱなしにしたまま明日の仕事に備えて床についた。
その週の休日、私は例のソフトを使って調べた何人かの同類「候補」の痕跡、すなわち端末の使用履歴などから割り出した位置情報からなるべく近い地域にて任務を遂行することにした。
昼間は好ましくないので家の中で適当に時間を潰し、日が暮れかけてから必要な身支度を始めた。




