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魂を秤にかけて得られる金貨は何グラム?

作者: 大場鳩太郎

 昼食を買いにコンビニへ行くと、ゴミ箱を漁っている少女と遭遇した。

 あまりにも哀れだったので肉マンを恵んでやると美味しくも不味くもなさそうな顔で素直にそれをもそもそと食べ始める。

 年齢は十四五だろう。着ている赤いコートはところどころ泥で汚れていて、みすぼらしく見えた。

 平日の日中に、そんな成りで街を彷徨くということは世も末だ。

「君はいわゆる家出少女かね」

「ちがうよ。集めてるのさ」

「集めてる?」

「そう」

 彼女は口の中のものをごくりと喉に通してから、片手をポケットに突っ込んでそこから小さな手帳を取り出した。

「オジサン。こいつに名前とケータイのアドレスを書いてよ」

「不可解な。僕がそんなことをする必要が何処に?」

「契約だよ契約」

「契約?」

 契約。あまりにも胡散臭い二文字ではないか。

 こんな少女、相手にせずにさっさと帰宅しよう、と理性のやつは告げていた。

「あんね、こう見えても私悪魔なの」

「悪魔」

「そうそう、とてもとてもこわい悪魔なのよ」

 少女はどうすごいでしょう? とでも言いたげに腰に手を当てててみせる。

「なるほどね」

 僕は頷いて理解を示してみせる。

 なるほど。まだまだ春は遠いというのにこの少女の脳は陽気になっているらしい。

「わかった?」

「つまり君はこう言いたいわけだろ。『あなたの願いを何でも叶えてあげる契約をしましょう。その代償に魂を頂きます』って」

「まあ、そんなとこ」

「ならばさっさとその手帳をよこすんだ」

「やったね」

 嬉しそうに声をあげ、手帳を手渡してくる。

 受け取ったその手帳は透明のビニールカバーがついた表紙にネズミのキャラクターのイラスト、どうみても安そうな代物だった。

 ページを開いてみて、僕はすこし驚いた。

 何故ならそこにびっしりと様々な筆跡で書かれた名前と携帯電話のアドレスがあったからだ。

 アドレスの隣には「可愛い彼女」とか「一億円」とか「核ミサイル」とか「ベンツ」だとかそんな単語が書かれている。

 悪戯心がわいてきた。

 少女から差し出された黒字のボールペンを受けとると、さらさらと「ジョニーデップ」とでたらめなメールアドレスを記入してやる。

 ふいに横からのぞきこんでくる少女。だが記述を見ても特に気にした様子もなく「あとは欲しいものを書いてね」と告げてくる。

「なんでもいいのか?」と訊くと、

「大それたものは注文しないほうがいいね。分別を弁えない人間はろくな目に会わないよ」

 などともっともらしい返答。

「そんなものか」

「そんなもんだよ」

 その忠告に従って僕は、五百円の「部屋ぼしできる洗剤」を頼むことにした。さっきコンビニで買おうとしたのに売り切れていたからだ。

「ところで素朴な質問なんだがね」

「なにかな」

「悪魔は何故、人間の魂なんかを欲しがるのだろう」

 少女は視線をやり「んー」と考えるしぐさをした。

「面白いからかな」

「面白い?」

「そう。世の中には笑っちゃうくらい真剣に馬鹿なものを欲しがってる人たちが大勢いるでしょう?」

 彼女は僕の手からひったくるように手帳を回収すると、嬉しそうに余すところなく埋まったページを見せてくる。

 「不老不死」「母の病気が治りますように」「子供が欲しい」「グラビアアイドル」「万馬券当てる」「十億円」

 そこには確かにあまりにも非現実的だったり陳腐だったりありきたりすぎる欲望の言葉が無数に綴られていた。

「私はそういう馬鹿な人たちの魂を集めて、ひとつひとつ眺めるのが好きなの。見ていてとっても愉快な気持ちになれるわ」

「なるほどそれはなかなかの悪趣味なコレクションだね」

「当たり前よ。悪魔なんだもん」

「それはもっとも。……さて僕はもう帰らせてもらうよ。契約とやらも済んだみたいだし」

「肉まんありがとうね。ジョニーデップさん」少女は悪戯をする子供のようににやりとした笑みを浮かべた。

「なに。礼には及ばないさ」

 同じ笑みを返してみせてから、僕は背を向けて歩き出した。



 帰宅すると昼飯のカップラーメンを啜った。

 一息つきぼんやりと報道番組を観ながら、今しがたの「悪魔」を自称する少 女とのやりとりについて自分なりに納得のいく解釈をつけてみた。

 つまりはこういうことだろう。

 あの少女はやはり家出少女だった。

 働かず学校に通わないので非常に暇をもて余している。

 でもだからと言って遊ぶ金があるわけでもなく、なのでできるだけ安上がりな遊びを考えることにした。

 それがあの悪魔ごっこである。

 街を徘徊してきっかけさえあれば出会う人に「契約」をもちかけてみる。そうして冗談半分にでも乗ってきた相手で、手帳のページを満たしていけば知り合いを増やすこともできる。

 家出少女にとっていざという時に連絡の頼れそうな知り合いは大事だろう。

 また「契約」によってできあがる手帳はちょっとした読み物にもなりえる。

 他人が魂と引き換えにしても欲しいもの一覧。そんななものがあれば僕だって暇なときに読んでもいい。

「……まあそんなとこだな」

 僕は勝手に決めつけて納得すると、冷たくなったラーメンの残り汁を啜った。



 そうしてあの赤いコートの少女と別れてから三日後の朝のことである。

 僕の携帯電話にメールが一件届いた。差出人は未登録のメールアドレスから。

『ジョニーデップさんへご注文の品確かに』

 何のことやらわからないまま朝刊をとりに玄関へ向かうと。そこにぽつんと 何かが置いてあった。

 それほど大きくない四角い箱。

 なにかの商品が剥き出しのまま置かれているらしくカラフルなパッケージが目につく。

「……」

 手に取って僕は絶句。

 何故ならそれが五百円の部屋ぼしできる洗剤だったからだ。



 さて。

 最後になるが、僕はこの件に関して『家出少女による手の込んだ犯行』以外の解釈をするつもりがないことを明言しておこう。

 何故ならば語るのも馬鹿らしい話ではあるが、この現代社会において悪魔などと呼ばれる人物が例えいたとしても、そこには比喩的は意味合いがあるだけで、本来の意味が該当する存在などジツザイするわけがないからである。

 そもそも人間一人分の魂ごときと引き換えに、望んだものが何でも手に入るなんて美味しい話はあり得るわけがない。

 仮に人間の魂と純金を引き換えにできたとしても、きっと得られる重さは秤で等しくなった分だけに違いない。つまりゼロだ。

 ……けれどもまあ、おそらくこれから数日はなんともげんなりした気持ちから抜けれないのは仕方がない。

 今回の事件のことを思い返す度に「頼むならもう少しマシなもんを頼めば良かったなあ」と後悔するのが人間てもんだ。

 今頃あの少女はしてやったりとほくそ笑んでいるだろう。

 手帳を開いてジョニーデップの名前を見つけては、くすくすと笑っているはずだ。

 そういう意味ではやはりあの少女は悪魔に違いない。

 窓の外を見ると雨。

 僕は溜息をつくと洗濯物を干すことにした。

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