第7話複雑な心境
雲ひとつない澄みきった青空の土曜日。
倫は電車に乗ると、空いているお気に入りの特等席には座らずにドアの手摺りにもたれかかり反対のガラスのドアに映る自分の姿を見た。
白い生地に青い小花柄の膝丈までのワンピースを着た自分。
幼少の頃は、ママの見立てでよく女の子らしい服を着ていたけれど、年頃になるにつれてTシャツに
ジーンズのボーイッシュな格好をするようになっていった。
倫はいつもの自分と今日の自分を照らし合わせてみる。
足が出てるし、肩も出てる……なんか凄く恥ずかしい……。
やっぱり止めてくればよかったかな?
「Tシャツにジーンズ姿のお前の方が好き……」
そう言ってくれた蓮くんの言葉を思い出す。
着てきた事を少し後悔する……でも、蓮くん、いつもとは違う私に今日は気づいてくれるかな?
倫は唯名と先に待ち合わせをしていて、今、電車に乗っているはずはない蓮の姿を探した。
待ち合わせの時計塔は、大学がある駅を降りて大学とは反対の方向にある。
いつもと同じ改札口を抜け、倫は緊張した様子でゆっくりと歩いた。
心臓の鼓動がまた少しずつ大きく鳴る。
やっぱり断ればよかった。
着てきた服以上に後悔という二文字が頭の中を回る。
「あ、どうしよう」
緊張で歩く足がさっきよりスローダウンすると倫は大きくため息をついた。
ドキドキする心臓をなんとか深い呼吸で押さえ待ち合わせの時計塔の前まで来ると、そこには蓮と
唯名の姿はまだなく、蓮の友達の直樹が一人で立っているのを見ると倫は、よかったと少しホッとした。
「よぉ、椎名!」
直樹は倫を見つけると手を振った。
当然直樹と初対面じゃない倫は直樹に微笑みかけると、小走りで直樹の元へと駆けて行く。
「こんにちは、佐藤くん(ちなみに直樹の苗字は佐藤)」
ニコニコと微笑みながら、大学にいる時とは全く違う感じで自分の所に駆けて来る倫を直樹はぼーっ
と見つめる。
「……」
「佐藤くん?」
動かなくなった直樹を、倫はどうしたんだろう?と思い、直樹の顔を覗き込むと「椎名っていつも
そうやって笑ってれば、めちゃ可愛いのに……」と真顔で言う。
えっ?
突然そんな事を真顔で言う直樹が可笑しくて倫は照れながら「えー、ヤダ、佐藤くん。何言って……。あはは、佐藤くんって面白い。あはははは」とお腹を抱えて笑い始めた。
「そんなに笑うなよぉ〜倫ちゃん」
「ごめっ、ごめんね。あまりにも真顔だったから、あはは」
「もぉー」
あまりにも笑いこける倫に直樹は苦笑いをしながら、ポリポリと頭を掻いた。
直樹のおかげ?でさっきまでの緊張が解け、思いもよらないほど気が合った倫と直樹が和気藹々と話
している中、五分程遅れて、倫の後ろから「遅れてごめんね」と唯名が二人に声をかけると、倫はその
声に笑いながら振り返り唯名を見た。
真っ赤な高級外車。
倫は車から目線を運転席に移すと蓮が自分を見ていた。
見つめ合う倫と蓮。
さっきまでの笑顔は徐々に消え、また倫の顔は緊張した表情に変わっていく。
どうしよう……やっぱりダメかも……。
早くなる心臓の鼓動、倫は自分の胸を押さえた。
いつもとは何か違う倫。
そんな倫に蓮は一瞬ドキッとするが、いつものように倫に声をかけようと口を開いたその時、倫がふ
いに蓮から目線を外した。
あ……。
何も言えなくなる蓮。
「さっ、倫ちゃん乗ろうぜ」
直樹は倫の肩にポンっと手を置き歩き出すと助手席の後ろのドアを開けた。
「あっ、ありがとう直樹くん」
ニッコリと直樹に笑いかけ車に乗り込む倫と、いつも間にか二人が名前で呼び合ってることに気づい
た蓮はなぜか少しムッとした。
時々、後部座席から運転する蓮の姿を見つめる倫と、バックミラー越しに倫を見つめる蓮。
依然として倫は蓮に話しかけようとはせず、蓮も話しかけるタイミングを見つけれない。
いつもとは違う感じのそんな中「しかし、いいよなー唯名」
後部座席の倫の隣に座る直樹は車内を見回した。
「えーどうして?」
唯名が直樹の言葉に振る向くと倫は運転をする蓮を見た。
「誕生日プレゼントに外車なんて……」
「あー」
「えっ?この車唯名ちゃんのなの?」
倫はてっきり蓮が運転をしていたから、蓮の車だと思っていた。
「俺、運転あまり好きじゃないから……」
ようやく倫と話せるタイミングを見つけた蓮は運転しながらバックミラー越しそう答えたが、倫は蓮
と目も合わせようともせず「直樹くんは?」とすぐに話を直樹に求めた。
な、なんなんだ?
蓮は自分を避けている感じがする倫にまたまたムッするが、直樹は蓮のそんな様子に少しも気づくこ
となく「俺は持ってないよ、倫ちゃんは?」とまた倫を名前で呼ぶ。
あ、くそ。直樹、俺でも倫の事名前で呼んだこと無いのに……。
いつもなら誰にでも軽く呼び捨てする蓮だが倫だけは名前で呼べずにいる。
「そうなんだ、私も……直樹くんはどんな車乗りたい?」
だっ、倫まで……。いつから名前で呼ぶようになったんだ?俺の事は、あなたとか、ねぇとしか呼ば
ねぇのに……。
ブツブツ思いながら、気が合い仲良く話している二人を蓮はバックミラーでふてくされ睨んでいると
隣の助手席に座って話を聞いていた唯名が「あの二人いい感じ、お似合いね」と小声で複雑な気持ちの
蓮の心に留めを差した。
はぁ〜いい感じ?あの二人が……?冗談じゃないっ!