第5話曇りのち晴れ?
倫はあの気持ちが何なのかまだ気づかない。
誰が教えてくれるのだろう?
お母さん……先生……?
友達……?
自分……?
数学の方程式ならすぐ解るのに……。
あの日以来、なぜかいつも特等席に蓮も座っている。
駆け込み乗車をしない蓮。
もちろんカフェテリアでもだいたい隣に座ってる。
ランチを終え倫達と別れ図書館に向かう為,ガラス張りの渡り廊下を歩いている蓮に、直樹と智史は後ろから追いかけ訊く。
「椎名倫。どうだった、良かったか?」
「ん〜何が……?」蓮はとぼける様子も無く訊き返す。
「付き合ってるんだろ?」
智史はその先を早く訊きたそうにニヤニヤしながら興味深々に訊く。
「ん、付き合ってもないし、何もしてねぇ……」
蓮は他人事のようにあっさりと返答する。
「は……?」
直樹と智史は、蓮の口から出た言葉に驚いた様子で顔を見合わせると、「あいつ……やっぱり手ごわいんか?やらせてくれないんならさっさと新しいの探せよ」と口を揃えた。
いつもならターゲットを見つけ、ヤレそうじゃなかったら手のひらを返すように次のターゲットに乗り変える蓮。
「でも、どうして椎名倫なんか……あの女、可愛いけどいつもとはちょっと違うんじゃないか?だいいちとっつきにくいし、やらせてくれそうもない……からかってるだけか?」
智史はどうして蓮が倫に構うのかが不思議でたまらない。もっと軽い女はいっぱいいるのに…そう思っている。
「……あいつとはそんなんじゃない」
ポツリと意味ありげに呟く蓮。
「でも、本命は唯名なんだろう?」
「まぁね」
蓮は自分でも不思議な感じだった。
あいつといるとなぜか落ち着く……。
自分でも分からないけど、知らないうちにあいつ(倫)を探してる。
どうしたんだろう、俺……?
* * *
ある日、倫は久しぶりに里香と二人だけでランチをしていると、蓮の本命と噂のあの金城唯名が話しかけてきた。
「今度、うちに海外からお客様が来るの、ホームパーティをするからもしよかったら蓮と一緒に来てくれる?」
透き通りそうなほどの白い肌……整った顔立ち……綺麗な子……。
蓮くんが彼女を好きなのも分かる……。
「……」
思わず見とれてしまった。
「どう?」
唯名は倫の目を真っ直ぐ見つめ微笑む。
倫はどうして唯名が話したこともない自分を誘ってくれるのか分からなかった。
「私なんかが行ってもいいのかしら?」
「もちろん。勉強にもなると思うし……」
ニッコリ微笑む唯名。
倫は窓の外の春風に揺れる綺麗な新緑の葉を見つめ少し考えると「いいわ」と返事をした。
「じゃぁ、細かいことは蓮に伝えておくわ」
「……うん、分かったわ」
唯名の姿が自分の前から消えると、倫はそっとため息をつきグラスの中の水を飲んだ。
緊張した。
同性と話しててこんなに緊張するのは産まれて初めてといったぐらい緊張した。
まだドキドキする……。
どうして私を誘ったんだろう?よりによってあの竹下蓮と一緒にだなんて……。
戸惑い俯き考え込む倫。
隣でこの二人のやり取りを聞いていた里香は「金城唯名、椎名倫に宣戦布告……」
「……」
里香の言った言葉に驚き倫は、ぱっと顔を上げると意味が分からないといった感じで里香の顔を見つめる。
「竹下蓮に気に入られたから……」
「えっ、気に入られた?」
全く現在の状況を理解していない倫。
「そう、あんたが金城唯名のライバルになったから……」
えっ、えっ?
「ライバルって? だってあの二人は両思いなんでしょ?」
「うん、そう訊いたけど……」
里香は清ました顔で食後のコーヒーを一口飲む。
なんなんなのか、どういうことなのか分からない…。
「里香ちゃーん。なんなのぉ〜?」
半泣き状態の顔で里香に助けを求める倫。
「よしよし、あんたの気持ちは分かんないけど、とりあえずがんばってね」
里香は小さな女の子を慰めるようにそっと倫の頭を撫ぜた。
* * *
戸惑う倫の気持ちをよそに唯名の家へ行く日はあっという間に来た。
昼過ぎ、倫と蓮はいつもの駅で待ち合わせ。
今にも雨が降りそうなドンヨリした曇り空……倫のココロの中を表してるよう。
そんな空の下、倫は駅のホームで俯きベンチに座って待っていると「よぉ!待った?」いつもの人なつっこい口調と笑顔で蓮は歩いてきた。
「……」
倫は少し緊張した様子で立ち上がると自分の前に立つ蓮の姿を見つめた。
スーツ姿の蓮。
身長が高いからすごく似合ってる。
倫はモデルみたいにキマッテル蓮に少し見とれたが「なんか、ホストみたい……」とぶっきら
ぼうに呟いた。
「お前……かっこいい!とか言えないの?素直じゃないんだから……」
「なっ……」
生意気そうな笑顔で腕を組む蓮に、何を言ってるのという感じで呆れ横を向く倫。
スモーキーピンクのサテンでできたパーティードレス、いつもは長く伸ばした栗毛色の髪を今日はアップにしている。そんな倫を可愛いと感じる蓮。
「似合ってんじゃん、女らしいかっこ……。可愛いよ」
「……」
いつもとは違う口調の蓮。
倫がゆっくり顔を上げると蓮は優しい表情で倫を見つめていた。
ドキッ……。
少しずつ早くなる倫の心臓。
あまりにも優しい表情で自分を見つめる蓮を見つめることができなくなった倫はぱっと顔を地面
に下ろした。
「まぁ、Tシャツとジーンズの小生意気な感じのお前の方が俺は好きだけどね」
「もぉ……」
二人はいつも降りる大学がある駅を三駅越した駅で電車を降りた。
いつ雨が降るのか降らないのか、まだはっきりしない空の下、倫と蓮はしばらく道なりを歩く。
蓮は閑静な高級住宅街の中でもひときわ人目を惹く上品な白い大きな門の前で足を止めた。
「ここだよ、あいつんち」
倫は大きな門を通り越し、少し離れた所に建っている邸宅を見上げると声をあげた。
「わ、すごい……」
閑静な高級住宅地にある、白亜の豪邸。
そんな言葉がぴったりだった。
インターホンを押すと、門から少し離れた玄関から唯名が出てきた。
「いらっしゃい」
「よぉ」
唯名に手を上げ微笑む蓮。
「こんにちは」
蓮の後ろに立っていた倫はひょっこり顔を出し、唯名の姿を見ると真っ先にショックを受けた。
スモーキーピンクのサテンのドレス。
透き通りそうなほどの白い肌の金城さんにとても似合ってる……。
倫は自分の着ているパーティードレスとは形は違うけど、同じ色のパーティードレスを着ている唯名を悲しそうに見つめた。
「来てくれてありがとね、倫ちゃん。さぁ、中入って……」
「あ、うん」
倫は少し元気の無い声で返事をすると、蓮と唯名の後ろをついて門前を広がる階段を一段一段ゆっくりと上がった。
「倫ちゃん、ホームパーティーは初めて?」
「えっ?あ、うんん、フランスにいた時はよく……」
唯名と蓮は驚き顔を見合わせた。
「お前、帰国子女?」
「あ、うん……」
「だから少し感覚が違うんだ」
「え、そう?」
少しほろ酔い加減の倫は楠木にもてれ楽しそうに話している蓮と唯名の姿を眺めていた。
こうして見てると何気に気立てが良さそうな蓮と見るからにどこかの令嬢と分かる気品がある唯名。
すごくお似合いの二人……。
倫はため息をついた。
今日ここに来てからため息ばかり。私……どうして行くなんて言ったんだろう?
倫の目に薄っすらと涙が浮かんだ。
楽しそうな二人の姿を見て色々と考えていると、蓮と一緒にいる時にドキドキする理由と涙とため息
のでる理由が少しずつ分かってきた。
私……。
わたし……蓮くんのコト……。
私は、蓮くんのコトを……。
倫は、やっと、今日初めて自分の気持ちに気づく。
きっと、私、蓮くんのコトが好きだ。
二十年間生きてきて今まで誰にもこんなに強く感じたことがなかった感情。
ゆっくりと倫の周りを通り過ぎていく夜風と揺れた楠木からほのかに香る楠木の葉の香りの中で、倫は蓮だけを見つめた。
そして……はっきりと気づく。
……私は、蓮くんが好き。
蓮くんが好き。
唯名の家からの帰りの電車の中、倫は蓮と一言も話そうはせず、だた目の前のガラス越し、速く通り
過ぎて行く街のネオンを見つめている。
蓮は出会った時のようにまたニコニコしながらいつもより無口な倫に「お前、笑った方が可愛いっ
て」と言うと倫の口元に手をあてた。
「!?」
驚いた倫は咄嗟に立ち上がり蓮をひっぱたこうと手を振り上げ下ろしたその時、蓮は倫の手首を掴み自分の方へ引き寄せキスをした。
「……っ」
倫は蓮の手を思いっきり振り払い肩を押し離れると蓮を睨んだ。
蓮を睨んだ瞳からは涙がポロポロと止まることを知らないかのように溢れ出す。
そんな倫を見て、蓮は驚き立ち上がった。
気が強い倫がまさか泣くとは想像していなかった。
口元に手をあて肩を揺らしながら泣く倫。
今回も上手くかわされるか怒って済まされると蓮は思っていた。
「なにも泣かなくても……ごめん。ごめん、椎名。本当にごめん……」
戸惑い困った様子で倫の顔を覗き込み何度も謝る蓮。
「謝るならはじめからこんな事しないで」
いつもよりきつい口調で言い放ち、またイスに座るとバックからハンカチを取り出し顔を覆う倫。
「お前みたいな女初めてだよ」
蓮はそんな倫の姿を見て苦笑しながら見つめるとまた倫の隣に座った。
「なにそれ?それはこっちのセリフよ」
涙を拭いたハンカチを握り締め倫は膨れた顔で向かい合わせのガラスに映る蓮を見る。
蓮は、真っ赤な目をした膨れる倫の顔を覗き込みニッコリと微笑みかけた。
「お前といるとなんか落ち着くよ」
「……」
どういう意味?
倫はハンカチでまた涙を拭き真っ赤になった目でぽかんと口を開け、ガラス越しに見ていた蓮から目を移し隣にいる蓮の顔を見た。
「まっ、他の女がこんなに怒りんぼうだったイヤだけどね」
キョトンとし自分から目を離さない倫のほっぺを軽くつねる。
嬉しい。
今日、蓮と唯名のお似合いな二人の姿を間近で見て落ち込んでいたことなんかすっかり忘れてしま
うほど……この時間に幸せを感じる。