表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/40

第39話ほんとうのコト…君は知らずに

粉雪がちらつく金曜日。

倫は大学の事務室で大学を辞める手続きをしている。


 「ありがとうございました」

 手続きを済ませ、倫は辺りを見ながらゆっくりと歩いた。

この芝生の上。

この道……。

みんな、蓮くんとの思い出ばかり……。

倫は少し微笑むと「私、諦め悪いのかな?」と呟く。

思い出にひたっていられないね。

もう、前に進まなきゃ……。


「がんばろう!」

倫は自分のお腹を見つめそっと触り、自分に言い聞かせ自分を励ます。

「……」

顔を上げた倫は少し離れた所で、蓮がこっちを見て立っているのに気づいた。

 ゆっくり近づく二人。

「よぉ!」

「よぉ!」

蓮のかけた言葉をそのままぶっきらぼうに言い返す倫。

「元気?」

照れくさそうな蓮。

「元気だよ。蓮くんは?」

倫は生意気な顔で訊き返す。

「元気だよ」

「そう、よかった……」

 『元気だよ』と返事する蓮に安心と寂しさを感じた倫は俯いた。

蓮はジーンズのポケットからタバコを取り出しタバコに火をつけた。


 しばらく沈黙のまま立ち尽くす二人……。

 時間がこのまま止まってしまえばいいのに……。

私達にはそう思うコトも、もう許されないんだよね?

 静寂な二人の間、時折二人の耳に入ってくるキャンパスを歩く学生の楽しそうな声。

 少しして倫がゆっくりと口を開いた。

「蓮くん、彼女と幸せにね……」

精一杯の明るい声、精一杯の満面の笑みで……。

「……」

 そんな倫の笑顔を見てたら抱きしめたいと思う。

けど、できなかった。

今、ここで倫を抱きしめてしまえば、二度と離せない。と思ったから……。

 蓮はくわえてたタバコを手に持ちかえると「お前、やっぱ笑うと可愛いよ」

切なそうに微笑し、少し震えた右手で倫の頬にそっと触れた。

 倫……愛してる。

「……」

 冷たい蓮くんの手……。

 泣きそうな自分。

 必死で堪えてる。

 ……今度こそ、本当のバイバイ。

「バイバイ……」

 別れを口にしながら蓮は倫の頬からゆっくりと右手を離していく。

 もう、きっと、二度と会うコトはないと思う……。

 倫の前から消えていく蓮の姿。


 「蓮……くん」

 さようなら……。



 三月に入り、慌しくなってきた。

 蓮はまみと街の産婦人科の待合室にいる。


「須藤さん、お入りください」

 アナウンスが流れる。

「蓮、来てくれる?」

「えー、ここで待っててやるから行ってこいよ」

 

 まみは一人で診察室へ入っていった。

「座ってください」

「はい……」

 まみは産婦人科にくるのはこれが初めてだった。


「もう、四ヶ月月経が来てないの?」

「はい」

「うーん……」

 まみは先生が申し訳なさそうに口に出した言葉に、言葉を失った。

「……」


 診察室を出たまみは、イスに座り雑誌を読んでいる蓮の姿を見つめた。

「終わった?」

「うん。五ヶ月に入ってるんだけど……赤ちゃん、ちょっと弱いみたい」

不安そうに震えるまみを蓮はそっと抱きしめた。


「結婚式、延期しようか?」

「うんん、イヤ」

 まみは首を振った。

 延期……なんかしたら……。

 まみは蓮をぎゅっと抱きしめた。



 その頃、倫は里香と大学病院の産婦人科に来ていた。


「もう、五ヶ月に入ってるけど……んー」

 ボールペンを上下に、心配そうな先生の顔。

「……」

「どうしてでも、帰るんだよね〜?」

 倫はコクリと頷く。

「十二時間のフライトかぁ……」


 倫は今学期の終了を待たずにフランスへ帰るコトにした。


「お待たせ」

「先生、なんて?」

「あはは、んー。って、ずっと言ってた」

 苦笑いする倫。

「そりゃぁ、そうだ。妊婦がフランスに行くなんて……」

 里香は納得した顔で言う。

「そうだよねぇ……」

 微笑む倫を見て、里香は「寂しくなるね」と呟いた。

「色々ありがとうね。里香ちゃん」

 倫はこれまでの里香への感謝の気持ち込めて里香をぎゅっと抱きしめた。

「見送り、行けないけど帰国した時には必ず電話頂戴ね」

「うん」

「倫……」

「ん?」

 里香は、もう一度竹下くんに会ったら?と言おうと思ったが、言うのを止めた。

明るく前に進もうとする倫の決心が固かったから……。


      * * *


 病院の帰り、蓮とまみはお互いの母親達と待ち合わせしている結婚式場へ寄った。

今月の終わりにある結婚式のウエディングドレスを決める為。

たくさんの純白のドレスをまみは嬉しそうに選んでいる。


「ねぇ?蓮。どれがいいと思う?」

今日は一段とボーっと窓の外を見ている蓮。

少し弱いと言うまみが言った子供のコトを考えていた。

もし、子供がいなくなってしまったら……。

この結婚は無意味になる。

あの日から、ずっとこのコトが頭から離れない。


「蓮っ!」

「あーごめん。何?」

興味がなさそうな浮かない顔で蓮はまみを見た。


「どれがいいと思う?」

まみは両手に純白のドレスを持ち、嬉しそうに蓮の前にドレスをかざす。


「んー、こっちでいいんじゃない?」

蓮はマーメードラインのドレスを指した。

その蓮の選んだドレスをまみの母親は気に入らなさそうに触れると

「そうかしら?まみは顔が幼いからこっちのミモレ丈のリボンが付いた

ドレスの方が合ってると思うわ」と言う。


「んー、なら、そっちにしたらいいじゃん?」

全く他人事の蓮。


「……」

まみはそんな蓮の態度が気に入らなかった。

今日だけではなく、結婚式の話もなんの話をしててもうわの空。

『んー、そう……』

ただ、なんとなくされるがまま、なるようにしかならない、

そうしたいならそうすれば?そういった諦めの感じで。


 まみは、ドレスをかけ、選ぶ手を止めて俯いた。

「まみ?」

母親たちは不思議そうな顔でまみを見る。

「もういい……」

「……」

どうしたのか分からないみんな。

「もう、いいよ蓮」

「……」

まみは蓮を見て、大きくため息をついた。

「はぁ〜。妊娠なんて、ウソ」

「えっ?」

驚くみんなはただ口をポカンと開けまみを見る。

開いた口がふさがらない……まさにそんな状態。

蓮は大きく目を開けたまま見動きせずまみを見る。

「赤ちゃんなんていない。みんなウソ……」

「まみっ!どういうコト?うそって?」

まみの母親がまみの身体を揺する。

「本当は分かってた。妊娠なんてしてないかもって……でも、先輩が欲しかった」

「……」

何も言わずただまみを見る蓮。

「でも、もしかしたら生理不順じゃなく、ホントかもって……」

まみの目から大粒の涙が零れ落ちる。

「まみ、あなたって子はっ……」

まみの母親は、まみの肩を何度も叩きながら同じように涙を零す。

「どんな手を使ってでも、先輩が欲しかった」

そう言うとまみは泣き崩れた。

「俺とあいつ……どんな思いで別れたと思ってんだよ……」

気が抜けたように壁にもたれ、力ない目でまみを見る。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

まみは何度も何度も謝ったが、蓮は俯いたまま、ただ、ただ、黙っていた。



 あれから蓮は色々考えていた。

もちろん、まみとの婚約は破棄。

『妊娠はウソだった』そう言いに倫に会いに行こうと思った。

けど、蓮は行けなかった。

倫を傷つけてばかりいる。

泣かしてばかりいる。

こんな俺があいつの前に行けるのか?

あの日の、孝司と笑う倫の顔が目に浮かぶ。

あいつといた方が幸せになれる。

勝手にそう思い臆病になっている。

人を好きになるって、簡単のようで簡単じゃない。

愛してれば愛してるほど……。

本当に大切なひと


 蓮はベットに倒れ込んだ……。

「倫……」


   *  * 


 とってもいい天気の金曜日。

 空港へと向かう倫。

 空には雲ひとつない。

「あと少ししたら春だね」

お腹の子に話しかける。

この景色ともしばらくお別れだね。薄っすら浮かぶ涙。

 蓮くん、あなたとはずっと……ね。


 

 その頃、蓮は大学内を走っていた。

何かを吹っ切ったかのように必死で倫の姿を探す。

俺にはやっぱり、倫しかいない。

こんな俺でも……倫、やっぱりお前が必要。


「竹下くんっ!」

必死に倫の姿を捜し走る蓮を誰かが止めた。

立ち止まり振り向く蓮。

 ……呼んだのは里香だった。

 蓮は息を切らしながら里香に聞いた。

「里香ちゃん、倫、見なかった?」

 暗い顔をする里香を不思議に思う蓮。

「……言わないでおこうと思ったんだけど、竹下くんを見て、つい……」

「えっ?」

 なんのコトか分からない。

「倫、今日、フランスに発つの……」

その言葉で一瞬にして目の前が真っ暗になる蓮。

「えっ?」

もう一度、聞き間違いかと思い聞き返す蓮。

「倫、今日十一時四十五分発の飛行機でフランスに発つの」

 十一時四十五分?

 蓮は携帯電話の時計を見た。

今なら、まだ、間に合うかも……。

「ありがとうっ」

そう里香に言い、また走り出す蓮。

「竹下くんっ、倫はっ……」

 里香は倫の妊娠のコトを言おうと思ったが、やっぱり言うのを止めた。

倫の、二人の、せっかくの決心を無駄にしていけない。

二人は必ず会える……。

それを言うのは、最後に竹下くんに会えた倫が決めるコトだから……。

「神様、最後にもう一度、二人を会わせてあげて……」

里香は小さな声で言った。

人目だけでもいいから……あの二人を会わせてあげて……。



 「倫、お父さんをよろしく頼むな」

「うん」

ニッコリ頷く倫。

「きよつけて、丈夫な子を産むんだよ」

 祖母は目に涙をいっぱい溜めた。

「うん」

「いつでも、帰っておいで。お婆ちゃんとおじいちゃん楽しみに待ってるから」

「うん、ありがとう。また、帰ってくるよ。元気でね」

 倫はパスポートを取り出し、搭乗口へと向かう。



 空港に着いた蓮は走りながらロビーを見回した。

「倫っ!」

 走りながら倫の名前を何度も呼ぶ。

だが、倫はいない。

「リ……ン……」

 蓮は足を止め、立ち止まった。

 倫が乗った飛行機は、今さっき飛び立ったみたいだ。

 ガラス越しに空を見上げる蓮。

ジーンズのポケットからタバコを取り出す。

「畜生……カラじゃん……」

 蓮はごみ箱にタバコの空箱を投げ捨てると空港を後にした。













次回は最終回です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ