第37話小さな生命(いのち)
倫に別れを告げ、少し経った後、蓮は、父、翔に電話をした。
「親父?蓮だけど……」
祖父母の家に預けられてからめったに話したコトがない、
高校卒業以来に聞く父親の声。
「俺、大学辞めて働くから……」
蓮の言葉を遮るようにして怒鳴る電話の向こうの声。
「あー、子供ができたから結婚する。じゃぁ、用件はそれだけ……」
大学を辞め働く理由を口にする蓮の言葉に戸惑い焦った電話の向こうの
父親の声を無視するかのように、蓮はまだ話している父親との電話を勝手にきった。
初めて聞いた親父の焦った声。
『一度、家に帰って来い……』
どうしても、大学は辞めてほしくないらしい……。
父、翔が再婚した秘書との間には、娘一人しかできなかった。
要するに後継ぎは蓮しかいない。
蓮は『経営学部へ進め』と言う翔の反対を押しきって法学部へ進んだ。
次の日曜、あまりにも毎日しつこく携帯電話に電話してくる父親に観念し蓮は家へ帰った。
十五年振りに帰る家。
十五年振りに帰った家の中は当たり前だが、母親がいた頃とは違っていた。
「お久しぶりです」
蓮は、翔と継母、久子に他人行儀にお辞儀をする。
「元気そうね」
優しい久子の笑顔。
「あ、はい……」
蓮は目線を逸らし返事をした。
父、翔の話は『結婚は許すから、うちの会社で働きながら大学へ通い、
大学は必ず卒業しろ』……と。
蓮は、考えると一言。
『夕食を一緒に……』と言う久子の誘いを断り、家を後にした。
倫に会いたい。
まみといても思い出すのは、倫の仕草、倫の笑顔。
あの後、倫はどうしたんだろう……?
別れを告げようとした時、倫が押さえた自分の唇にはまだ倫の手の温もりを感じる。
このままずっとこの感覚が残ればいいのにと願う。
「俺、らしくないよな……」
ポツリ呟く蓮。
「ん、何?」
蓮は隣にまみがいるのを忘れてた。
「あ、お前んちと病院行かないとな……」
「びょっ、病院はいいよ。恥かしいから一人で行くよっ」
病院という言葉に反応し急に慌てるまみ。
なんだろう?
気にはなったがそんなコトはどうでもよかった。
蓮の頭の中は倫のコトでいっぱいだった。
まみが隣にいようが関係ない……。
ある日、倫が図書館で調べ物をしていると、
倫の読んでいる本の上に里香がバックをドカッと置いた。
「ちょっとぉ」
怒っている様子の里香。
「どうしたの?」
「倫、何か言うコトないん?」
「……」
首を傾げ黙ったまま里香の顔を見る倫。
ぺチッ!
里香は何も話そうとはしない倫の頭を叩いた。
「バカッ!なんで一人で苦しんでんの?」
「里香ちゃん?」
「何も役に立たないかもしれないけど、泣く肩ぐらいは貸せるんだよっ!」
里香の言葉に倫の瞳から涙が溢れ出した。
「もう、涙……枯れちゃったよぉ」
「バカッ〜」
里香はイスにそっと腰を下ろすと泣き出す倫を抱きしめた。
倫は今までのコトをすべて里香に話した。
「そんなコトあってん。……ごめん、何も気づかなくて」
「もう、いいんだ。終わったコトだから……」
倫は涙をハンカチで拭き、ニッコリと微笑むと本を取りに立ち上がった。
ふわぁ……。
その時、突然、身体の感覚がなくなり目の前が真っ暗になると
意識が遠のいていくのを感じた……。
意識がうすれていく……。
「倫っ!?」
里香ちゃんの声が遠くに聞こえる……。
倫はしばらくして目を覚ました。
見慣れない天井。
「倫、気がついた?」
心配そうな表情で里香が目を覚ました倫に声をかけた。
「ここは?」
起き上がり何処だろうと辺りを見回す。
まだ少しフラフラする。
「医務室だよ」
医務室のベットの中。
私、どうしたんだろう?
「椎名さん気がついた?」
「あ、はい」
「あなた、最近、目眩するの?」
目を覚ました倫に医務室の先生が聞く。
「いいえ、初めてです」
小さい頃から身体は丈夫で貧血なんて初めて。
ここんとこ、ずっと色々なコトがあって寝不足だったからな……。
「もう少し休んで、もし時間があったら大学病院に寄って行きなさい」
「はい……」
「もう少し寝てた方がいいよ。私、ついてるから」
里香は倫を布団の中に寝かせた。
「うん……」
倫はベットの中であるコトに気づいた。
そういえば誰が私を……?。
もしかしたら……と思い、期待をする。
「今日、私、時間があるから帰り一緒に病院寄って行こう」
里香の言葉に倫は頷く。
「里香ちゃん、そういえば誰が私をここに?」
倫の質問に里香は俯くと、「孝司、先輩だよ……」と小さな声で答えた。
「……」
孝司先輩……。
「会ったら、お礼言っとかないとね」
「……うん」
私、何、期待してたんだろう……?
蓮くん……かな?なんて期待しちゃった。
だいぶ落ち着いた倫は帰り里香と一緒に大学病院へ寄った。
「んー、風邪はひいてないね。念の為に、血液検査と尿検査をしておこうか?」
「はい」
「倫ちゃん、お父さんは元気かい?」
「はい」
大学病院の内科担当の小田先生は倫の父親と幼馴染。
「また、こっちに帰ってきたら、来いって言っといてくれよ」
「はい、おじさん」
「じゃぁ、向こうで検査して、結果が出るまで待っててね」
「はい」
「倫、どうだった?」
診察室から出てきた倫を中待合室で待ってた里香は心配そうに聞く。
「今から、一応検査して、結果待ち……」
「そっか」
少し安心した里香は倫と一緒に検査室まで歩いた。
院内を見渡す倫。
「病院……来ると思い出す」
強張る倫の表情。
「お母さん?」
「うん……」
四歳だった私でもいまだ鮮明に覚えてる。
思い出したくない……記憶。
『ママは天使になったんだよ』パパの言葉。
三十分くらいして、待合室で座る倫は看護婦に呼ばれ、また診察室へと入る。
おじさんの険しい表情。
「倫ちゃん、座って……」
「はい……」
私、何か悪い病気なの?
緊張が走る。
倫は緊張し、検査結果を見つめるおじさんを見ながらゆっくりとイスに腰をかけた。
そんな緊張の中、おじさんはふーっとため息をつくと「最後、生理いつ来たか覚えてる?」
と聞いた。
えっ?
何のコトか分からずに頭の中で数えてみる。
十二月……十一月……十月……。
「あ……」
そういえば……ずっと、きていない……。
「十月……二十……三日、です……」
おじさんはやっぱりという顔をすると
「倫ちゃん、妊娠してるよ」と、倫の目を見た。
予期せぬ発せられる言葉。
妊娠……?
頭の中が真っ白になる倫。
ええ……?。
私……蓮くんの赤ちゃん?
私のお腹に蓮くんの赤ちゃん……?私に、赤ちゃん?
真っ白になった頭の中で懸命に色々な言葉を並べる。
真っ白になったまとまらない考えられない頭の中で必死に何処かへ辿り着こうとする。
「私……」
コンガラガッタ頭の中で、思ったコト……辿り着いたトコ……。
正直の思ったコト。
私、蓮くんの赤ちゃん産みたい……。