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第34話ずっと、アイシテル…

 十二月二十四日 クリスマス・イブ。

私は、今日という日を忘れない。



 朝。

起きて私は鏡の前で笑顔の練習をする。


腫れた顔……。

こんな顔で蓮くんに会うのはすごくためらう。

ほとんど泣き通しで、夜もろくに寝られない。

でも、今日が最後かもしれない……。


「たった、二週間のカノジョ……かぁ……」

ため息をつき倫は自分のお腹を触る。

あの子のココには、蓮くんの赤ちゃんが……いるんだ。

やるせなかった……。

等身大の鏡の中の自分を見つめる。

私のお腹にいてくれればよかったのに……。

倫は化粧をし服に着替え、家を出た。



 AM7:00.


いつもの駅、改札口前で早い待ち合わせ。


 昨日、夜遅くに蓮くんからメール。


 …明日、一緒に海に行こう…



 約束の時間を少し遅れて、眠そうな顔で蓮がやってきた。


「ごめん、遅れた」


駅の改札口前のベンチに座って待っていた倫は蓮の顔を見上げる。

眠そうな蓮くんの顔。

蓮くんも眠れなかったんだ。


「おはよ……」

真っ赤に充血した倫の目を見て、蓮は咄嗟に目を逸らし、

「ごめん……」と謝った。


謝らないで……。

辛そうに俯く蓮に倫は明るくニッコリ笑って、

「今日は、何処の海に行くの?」と立ち上がる。


蓮はそんな倫を見て少し微笑んだ。

「あー、親父の別荘がある海に行く」


「べっ、別荘ぉ?」

倫は大きな瞳を更に大きくして驚く。


「……そう」


蓮は財布を出し切符を二枚買う。


「蓮くんのお父さん、別荘持ってるの?」


「ああ」

倫に切符を渡し、さらりと返事する蓮。


「……蓮くんのお父さんって何やってる人?」

倫は不思議そうな顔をして聞く。


「あれ、言ってなかった?会社の社長だよ」


「!?」

驚いた倫は開いた口がふさがらない。


だから、あんなに広いマンションに一人で住めるんだ……

なんとなく気立てが良さそうな感じがしたのも納得できる。


「さっ、行こう」

蓮は固まる倫の手を握り改札口を抜けた。



 暖かい電車の中。

大学とは反対の路線を進む電車。


倫は窓の外を見ながら「初めてだね。どっかに二人で行くの」と嬉しそうに言う。


「ああ……」

蓮も窓の外を見る。


見慣れない景色、二人を乗せて走る電車。

土曜日のせいなのか、朝早いのか分からないけど、

蓮くんと私以外には人が乗っていないこの車両。

この電車、このまま何処かへ連れて行ってくれればいいのに……。

倫はそう思った。

蓮くんもそう思ってるかな?

倫は外を見つめる蓮の横顔を切なそうに見つめた。



 二時間半ほど電車に揺られて二人は目的地の海に着く。

電車を降りると潮のにおい。

改札口を抜けると、彼方に広がる水平線。


「恋路が浜……って言うんだ」

蓮は小さな声で言う。


「こんな所あったんだ。綺麗な所だね」

海を見つめ、ニッコリ微笑む倫。


蓮は海を見つめ、目を細めた。

「お前を絶対連れて来ようと思ったんだ」


すごく嬉しい。

「ありがとう」


「どういたしまして」

蓮は照れくさそうにお辞儀をした。


 

 海を散歩し、夕食の買い物を済ませ、倫と蓮は別荘へ向かう。

蓮の父親の所有する別荘は高台の上に建っていた。

急な坂を登りきり、倫は立ち止まり振り返った。


「きれい……」


倫の言葉に蓮も振り返る。


「……」


水平線に沈んでいく太陽。

産まれて初めて見る。

目に痛いほど眩しい光を放つ太陽。

少しの間、倫と蓮は夕陽を眺めていた。


「沈んじゃったね」


「うん。中、入ろうか?」


「うん」


別荘の玄関の白い大きなドアを開けると、

なんの仕切りもなくただ海の見える大きな窓が広がった。


「……」

倫は感激のあまり言葉を失う。


「どうぞ」


「あ、うん」


広いリビングには大きなローテーブル、大きな真っ白いソファ、暖炉が置いてある。


「今、暖炉に火つけるから、ソファに座ってて」


蓮は暖炉に薪を入れ、火をつけはじめる。

倫はソファには座らず、蓮が暖炉に火をつけているのを

「初めて見たぁ」と嬉しそうに見ている。


「フランスの家、なかった?」


「うん。セントラルヒーティングだったもん」


「そうか……」


パチ、パチッ……と音をたてて燃え出す暖かな色の炎。

さっきの夕陽に似てる……。

倫はしばらく暖炉の炎を見つめた。



 倫と蓮は二人で楽しく話しながら夕食を作る。

今晩のメニューは倫が得意なローストポークにエスカベッシュにシーザーサラダ。

手際よく作っていく倫に関心しながら隣で手伝う蓮。

二人の幸せな時間。


 料理を作り終えた二人は、

料理をローテーブルに並べると部屋の明かりをダウンライトの灯りだけにし、

買ってきたたくさんのローソクに灯を灯す。


「俺、六歳の時からクリスマスなんてしたことがなかったんだ」

ロウソクに灯る灯を見つめながら蓮は言う。

寂しげな蓮。


「……」


「クリスマスは……」

その言葉の先を言えず、蓮は真っ直ぐに自分を見つめる倫の顔を見つめた。


「……私は、パパが仕事で忙しかったから、いつもお手伝いさんと一緒に過ごしてた。

でも、朝起きると大きなぬいぐるみがベットに一緒に寝てた」


「そういえば、お前、お母さんいなかったんだよな」


「……うん」

倫はロウソクの灯を見つめた。


「俺も、いてもいないようなもんだけど」

瞳を倫からロウソクに移し、そっと寂しく微笑む蓮。

もう、十年以上会っていない母親。


「……どんな理由であれ、子供には両親が必要だよね」


「ああ……」


二人、親を失った理由は違うけれど寂しい子供の頃を送ってきた。

片親になる、両親と離れて暮らす子供の気持ちは痛いほど、よく分かる……。

だから……そんな思いをさせてほしくないし、させたくない……。


『私は大丈夫だから……』

倫はああ言うしかなかった。

彼女のコトじゃなく、彼女のお腹にいる蓮くんの赤ちゃんのコトを考えて……。



 次の朝、二人は行きと同じように早い時間に電車に乗り二人が住む街へと帰る。

行きとは違い、帰りは刻々と早く進むように感じる電車と時間と……近づく駅。

二人は何も話さず無言のまま、お互い手をしっかりと握り寄り添いあう。

周りのこの空気も、この時間も……この手も……失いたくない。

そう強く想う。


 

 「じゃぁ、また……」

蓮はニッコリ微笑むと倫を見つめる。


「うん。じゃぁ……」

倫もニッコリと微笑み返す。

それ以外、みつからない言葉。

二人は握った手をそっと離す。


「じゃぁ……」


「じゃぁ……」


二人はゆっくりと振り返るとお互いの帰る方向へと、一歩、一歩、歩き出す。

倫の瞳から零れ落ちる涙……。

倫は溢れ出る涙を手で拭う。

「ぅっく……」

小さく肩を動かし指で口を押さえる。


 

 「倫っ」

蓮は振り返り倫の名前を呼んだ。


「……っく」

慌てて涙を手で拭い、泣いていたコトに気づかれたくない倫は

思いっきり明るい笑顔で振り返った。


「なにー?」


「これっ」

蓮は振り返った倫に向けて、銀色に光る何かを、ふわぁ……と投げた。


えっ?


「……?」

倫は両手で掴んだその銀色に光る何かを見ると、

それはピンクシェルでできたバラがついたクロスのネックレスだった。


きれい……。

倫はネックレスを見つめ、そっと握り締める。


「それ、お前にやるよ」

蓮はそう言うと、振り返りまた歩き出す。


「ありがとう……」

遠ざかる蓮の背中を倫は見つめた。


涙が溢れてくる。


「んっ、っく……」


涙で蓮くんが見えない。

愛してる……蓮くん。

蓮くん……これからも愛してる……。

愛してる。

あいしてる……。

……ずっと、アイシテル……。

倫はネックレスを握り締め、何度も、何度も、ココロの中で呟いた。



 蓮は俯き、ジーンズのポケットからタバコを出す。

ジッポを持つ手が震える。

渡してはいけないと思ったネックレス。

でも、俺には倫しかいない……今も、この先もずっと……。

たとえ倫と一緒にいられなくても……。

倫、お前を愛してる。

倫の笑顔、倫の白い肌……。

倫の生意気な……仕草……。

全部、愛してる。


倫、アイシテル……。


蓮くん……アイシテル……。


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