第3話本命
あのキス未遂事件から倫は蓮に会わないように一本早い電車にする。
物凄く混むこの時間帯。
お気に入りの特等席にはもちろん座れないし、本を読むことすらできないとにかくギュウギュウ詰の電車の中。
でも、あいつに会うよりは数倍マシかも……と思う。
「あれぇ?倫、最近早いね……」
とぼとぼと大学までの道を一人歩く倫の後ろに友達の里香が走って駆けつけてきた。
「おはよう。んーなんとなくね……」
里香とは高校一年生の頃からの友達で一番の親友。
困った様子の顔の倫を見て里香は口の前で両手を合わせると「あーふふふ」と笑う。
「なによ?」
「倫にもやっと春が来たのね」人事に楽しそうな里香に、倫はふくれっ面で「違うってば!」
と言い返す。
「あんた、お世辞抜きで、ほんとすごく可愛いのにお堅いんだから……もったいない」
「そういう問題?」
倫はまたぶすっとふくれる。
「そういう問題よぉ〜」
「私にはよく分かんない……だいいちどこのどいつかも知らないんだよ?」倫は地面を見つめ真面目な顔で言う。
今まで、いいなと感じる男がいなかったわけでもないけど……好きとか愛してるとか、私にはよく分からない。
だいいち、恋愛したいなんて考えた事もない…。
「んーそれはそうだけど」
蓮は、最近、あの無愛想女(倫)に会えないのでつまらなかった。
いつもする(好きで?)駆け込み乗車を止め、時間より少し早く駅で待ってみたり、
人文学部の棟の前でしばらく待ってみたりもする。
でも、無愛想女(倫)に会うことはなかった。
それに、蓮は無愛想女(倫)の名前を知らない。
「なぁ……蓮。お前、最近誰か探してるの、いい女でも見つけたのか?」
人文学部の棟の前で今日も待つ蓮に直樹は訊く。
そんな直樹の質問にニヤッと笑う蓮。
このニヤッと笑う時の蓮は曲者で、直樹はまた始まったかという顔をし呆れた。
「お前さ〜唯名と両思いなんじゃねーの?そんな事ばっかりしてっと唯名他の男に取られっぞ!」
と軽く忠告を言い放つ。
「……」
その直樹の忠告に、悪戯っ子のような顔で笑っていた蓮の顔が徐々に暗い表情に変わっていく。
「まだダメなのか?」
「……」
俯き何も返事しないで蓮はジーンズのポケットからタバコの箱取り出すとタバコを吸い始めた。
それにはわけがある。
蓮は六歳の頃、大好きだった両親が離婚した。
その事が蓮には今でも忘れられない。
どんなに愛し合っていても、いつか気持ちは離れる……どれだけ信じていてもいつかは裏切られる。
小さい時に親から受けた裏切りは、大学生になった今も蓮の心の中に深く傷として残っている。
唯名とお互い想い合っていて付き合ったとしても、信じ合って結婚したとしても、いつかは親のよう
に唯名も自分の元を去っていく。
それなら、仲のいい友達のままいた方がいい。
蓮はそう思っている。
だから唯名と同じ想いでいても友達以上に進むことはできない。
蓮は自分が本気になれない軽い女の子ばかり選んでとっかえひっかえ付き合っていた。
「ごめん……蓮」
直樹は暗く沈む蓮に謝った。
直樹は蓮の幼稚園の頃からの友達で蓮の一番の親友。
だから、昔、蓮がどれだけ傷ついていたかすべて見てきたからよく知っている。
器用そうに見えて意外と不器用な蓮。
「……ん、大丈夫」蓮は吸いかけのタバコを足元に捨て靴で擦り消すと、余計な事を言うんじゃなかったという表情で心配そうに自分を見る直樹にそっと微笑みかけた。
「今度は、どんな女よ?」
直樹は,元の軽い感覚の蓮に戻そうと、蓮が今探してる女の話に戻し興味深々そうに訊くと
蓮はあっさり一言「無愛想女……」と答える。
「は、な?」
ぶ、無愛想女?
お、俺の聞き間違えか?
今まで蓮の口から発されたことのない言葉に直樹は自分の耳を疑い、口は金魚のようにぽかんと開いた
まま言葉を失う。
そんな直樹の顔を見て、蓮はまた楽しそうに悪ガキのような顔でニヤッと笑いかける。
今の直樹には、ニヤッと笑う蓮の今度のターゲットがどんな女なのかもちろん想像もつかない。