第26話狙った彼
朝。
倫が乗車する次の駅で孝司は乗車する。
お気に入りのトクトウセキには最近いつも倫が乗車する前に誰かが座っている。
最近ツイていない。
「おはよ。今日も座れそうにないね」
「おはよう」
十二月になるとなぜか電車の中は人であふれている。
「急がないといけないけど、ひとつアトの電車に乗った方が空いてるかもね」
「……」
ひとつ遅い電車には蓮くんが乗っている。
孝司はこみあう電車の中、倫が他の男に触れられないようにガードしてくれる。
揺れる電車の中、孝司の身体が倫の身体にピタッとひっつき、
倫が孝司の顔を見上げると孝司は倫を見つめる。
赤面する二人。
駅に着くと二人は電車を降りた。
今日はなぜかいつもよく話す孝司は無言で歩き、
話し掛けてこない孝司に対して倫も無言のままで歩いた。
孝司は何度か倫の動く手をちらちらと見ては
タイミングを見計らい倫の手を握ろうとしていた。
けど、咄嗟に手を握るコトはできるが、
ただこう黙って大学までの道のりを歩いていくのには、
手を握るタイミングを掴むというのは恋愛に不慣れな孝司には難しいコトだった。
孝司は、何度かタイミングを見計らって漸く倫の手を掴んだ。
「……」
倫は自分の手を握りしめた孝司の手に驚いた様子で目を大きくし孝司の顔を見た。
「あ……ごめん。手、繋ぎたかったから……」
孝司は驚く倫に申し訳なさそうに照れながら謝る。
「あ、い、え……」
自分の手をぎゅっと握りしめる赤面した孝司の顔の見ながら、
倫は驚く以外は何も感じず、ただ、
あ、そうか……私達は付き合ってるんだ。
……だからこれが自然なんだ。と他人事のようにぼんやりと考えていた。
「こういうの自然にできるといいね」
そう言いニッコリ微笑みかける孝司の顔を見て、
倫は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
私のココロの中にはまだ溢れそうなほど蓮くんがいる。
* * *
蓮はいつも図書館で本を読んでいる。
それにつられて直樹と智史も一緒に図書館にいる。
「なぁ……」
智史は相変わらず図書館のフインキが好きではなく気だるそうに蓮に話しかける。
「ん?」
「昨日のまみって女とどういうカンケー?」
ギクッ。
絶対に聞かれると思っていた質問に蓮は顔を上げた。
「何?蓮、またナンパしたの?」
昨日、合コンにいなかった直樹は呆れた表情で聞く。
「別に関係ねぇ。うちの近くのコンビ二の店員だよ」
蓮はサラリと流した。
「……あれはお前に惚れてるね」
智史はニヤリと笑い言う。
「まさかぁ〜、やめろよ」
蓮は苦笑いをし、場が悪そうにまた本を読み始めた。
冗談じゃない。
『私、あなたを好きになったかもしれない』まみの言葉が頭をよぎる。
勘弁してよ。
蓮は直樹と智史に気づかれないように小さくため息をついた。
* * *
「ねぇ、ねぇ、まみ。昨日の蓮って人かっこいいね。どういう関係?」
須藤まみは、蓮や倫の通う大学の英語科の一年生。
「えー」
まみは照れくさそうにモジモジとする。
「ワケアリィ〜?隠さないでよっ!」
まみの友達の由紀はまみの服をひっぱった。
まみは恥ずかしそうに俯くと小声で
「一ヶ月前に、二、三回……Hした……」顔を真っ赤にし告白した。
「は?」
由紀はポカンと口を開けたまま目がテンになる。
「一ヶ月前って、成瀬と別れた後ぉ〜!?」
「ん……」
まみは小さく頷く。
「っはぁ〜?アンタ、いつからそんなに軽くなったの?」
由紀は思いっきり呆れた。
「てへへ」
まみはニヤニヤしながら、蓮とのコトを思い出し笑う。
「あんた、あんなに成瀬、成瀬って泣いてたのに」
まみは蓮と出会った頃に付き合っていた成瀬という男が浮気をしているのを知った。
物凄く好きだった成瀬。
浮気がバレた成瀬は開き直ってまみと別れると言い出した。
何度も別れない別れないとココロに誓い泣いた。
でも、まみはあっけらかーんとした顔で「だって、あっちが女作ったんだよ」
「まぁ……ね」
「丁度いい具合に蓮って人が声をかけてくれたの」
胸の前で自分の両手を握り締めまみは幸せそうに言う。
「はぁ……」
「お互いのキズを舐め合ったって感じ?あの人もなんかすごく苦しそうだった」
「ふーん」
由紀は、はいはい、といった感じでまみの話を聞く。
「顔もスタイルもHも何もかもサイコー!」
まみはもうルンルン気分。
そんな空を飛んでるようなまみに向けて由紀は
「あんだけの男なら彼女っくらいいんじゃなーい?」と言う。
その由紀の言葉に『俺、大切な女いるから』蓮の言葉を思い出すまみ。
「彼女なんかいたって関係ないわ。大切な女がいるなら他の女なんか抱いたりしない」
まみはアスファルトを睨んだ。
「えっ?」
由紀はまみの独り言に聞き返す。
「いいのっ!私、がんばるからっ」
「はいはい」
「早く行こうっ!」
まみは由紀の背中を押すと教室へと歩いた。
* * *
昼のカフェテリア。
蓮は唯名と直樹達とランチを取っている。
「蓮先輩っ!」
まみは蓮達を見かけると駆け寄ってきた。
身震いする蓮。
「あ、昨日のまみ?ちゃん。由紀ちゃん」
智史は嬉しそう。
「こんにちは」
まみは蓮の隣に座る綺麗な唯名を見て「こんにちは」と
頭を下げると唯名はまみ達を見てニッコリと微笑み返した。
由紀は、ほらっみなっとまみの背中を肘でつく。
「こっちに座んな」
智史はまみ達に手招きをしたが、
まみは空いていた蓮の隣の席にドカッと座り満面の笑みで唯名に笑いかけた。
そんなまみを唯名は不思議そうな顔で首を傾げ見る。
蓮は唯名に宣戦布告しているようなまみを見て大きくため息をつき、
周りにいる智史達は、あちゃ〜っという表情で三人を見た。
これからとんでもないコトが起こりそうな感じがする。
でもこの時にはまだ、まみには椎名倫という存在も、
倫には須藤まみという女の登場も知る由はなかった。