第24話人の彼女
大胆告白。
孝司の倫への白昼堂々大胆告白の噂は大学中に流れる。
もちろんそれは当然蓮の耳にも入る。
「蓮、お前本当にいいのか?」直樹は唯名がいない時を見計らって蓮に訊く。
「何が?」直樹が、さっき聞いた倫とあの男子学生のコトを言っているのを蓮は分かっているが、何のコトだ?という表情をし訊き返す。
「何がって、椎名のコトだよ。倫ちゃんっ」蓮に対して歯がゆいと思う直樹は倫の名前をわざと強調し大きな声で口にする。
「……」
倫の名前を聞くと胸が痛くなる。
あの時、その場を立ち去ろうとする倫を見て思わず追いかけた。
真っ赤な目をして泣く倫を物凄く愛しく想い、キスをして抱きしめたくなった。
ココロの中は倫への気持ちで溢れているのに、まだ先に進めない自分をもどかしいと思う。
「お前達見てると……歯がゆいよ」
不器用すぎる二人。
「直樹?」
「お前見てるとほんと辛いよ……」直樹は蓮の顔を見て悲しそうな表情で言う。
「ごめん……」
「どんな形であれ、俺はお前が本当に好きになった女をやっと受け入れられるようになったと思って嬉しかったんだ」
好きな女を抱けるようになれただけでも本当に良かったと思った。
「直樹……」
「もう、他の女なんかじゃ倫ちゃんの代わりにはならないんだろう?」蓮は切なそうな顔で直樹の目を真っ直ぐ見ると正直にコクリと頷く。
「だったら……」
だったら……と言う直樹の言葉の先をさえぎるように蓮は首を横に振ると「俺、唯名と待ち合わせしてるから」とだけ口にした。
* * *
図書館でカードを出している時、蓮と会った唯名は嬉しそうに笑みを浮かべると蓮の腕に自分の腕を絡ませた。
「蓮も今来たの?」いつもと違って本当に嬉しそうにニコニコしている。
「あ、うん。どうした、ニコニコして?」最近あまりにもココロから楽しそうに笑ってる唯名に蓮は訊く。
「ん?」唯名は蓮の質問に即答するコトはなく、空いているテーブルに荷物を置き椅子に腰をかけ、隣の席に座った蓮の横顔を見ると今度は蓮に質問をし返した。
「蓮、倫ちゃんのコト知ってる?」
唯名は倫のコトを訊いた。
もちろん知っているだろうと思って訊いてみる。
「……」
蓮は、レポート用紙をバックから出し唯名の質問に耳を傾けず、ただ黙ったまま何かを書き始める。
「倫ちゃん、同じ学部で一コ上の合田孝司と付き合い始めたんだって」
(ゴウダ タカシ)
その名前を聞く度に図書館で自分の腕を掴んだ男子学生の顔が鮮明に浮かんでくる。
蓮は冷めた低い声で顔も上げずに「ふーん。そうなんだ……」とあまり気にも止めていないような口調で一応返事をする。
そんな蓮に唯名は「今度、四人で一緒に映画でも行かない?」と誘う。
「は?」蓮はレポート用紙上を動く手を止め冷めた目で唯名を見ると、唯名はニッコリと蓮に微笑み返した。
* * *
大学の帰り。
電車が通り過ぎるとサァーと吹き通る冷たい風。
蓮がタバコを吸いながらプラットホームで一人立っていると、
倫が孝司と楽しそうに話しながら階段を上がって来た。
蓮は前髪の隙間から楽しそうに笑う倫を見つめる。
楽しそうな倫の顔。最近、倫のあんな楽しそうな顔を見ていない。
「はぁ……」蓮はタバコを手に取ると視線を線路に下ろした。
たまらない。ココロが壊れそう……。
ーいつか失うなら友達のままがいい……。いつもそう思ってきた。
今もそう思っている?
でも、倫に出会ってそれは少しずつ少しずつだけど変わっていく。
「もう、遅いかな……」蓮はそう呟き、辛そうに微笑んだ。
孝司は倫と蓮が降りる一つ前の駅で電車を降りる。
孝司が見えている間はニッコリ手を振り、孝司が見えなくなると倫は辛そうな表情で深くため息をつき、俯く。
違う場所。
電車に揺られる倫と蓮。
そして二人は俯いたまま電車を降りる。
会いたい。
蓮くんの顔が見たい。
遠くでいいから、今、どうしても蓮くんの顔が見たい……。
倫はこの衝動に堪えきれず立ち止まり、苦しい胸を押さえその場に座り込んだ。
電車を降りてすぐ蓮はまたタバコに火をつけふかしながら顔を上げると、歩く人込みの中、座り込む倫の姿を見つけた。
蓮は倫に近づき右足で倫のお尻をそっと蹴った。
「邪魔だよ」
「……?」
倫は振り向いて自分を蹴った人の顔を見上げると「そんなトコで座ってんなよ」と蓮は悪戯する悪ガキのような笑顔でニヤッとした。
久しぶりに見る悪ガキのような蓮の笑顔を倫は一瞬睨むと微笑みながらゆっくりと立ち上がった。
「痛い〜っ」
「お前、笑った方が可愛いよ」そう笑いながら前髪から覗く蓮の綺麗な瞳。
冗談なんだよね?
いつものように軽い冗談なんだよね?
……でも、なんか本心で言ってくれてるような気がする。
蓮はタバコの火を消し、携帯電話の時計で時間を見ると「今からメシ食いに行かねぇ?」と倫を誘う。
倫もバックから携帯電話を取り出し時間を見る。
「あ、もう六時なんだ」
「メシ食いに行くぐらい大丈夫だろ?」
倫は蓮の『大丈夫だろ?』の意味が分からずキョトンとした顔で首を傾げる。
「あー、彼氏にね」
倫の顔が強張り引きつる。
「知って、たんだ……」
「だってすごい噂じゃん!良かったな。優しそうな彼氏で……」
平然さを装いながら笑う蓮に「そうだね。良かった。うん、良かったよ……」と笑顔を作りムキになって倫は言う。
「……」
「……」
だけど二人の表情はやがて暗い表情へと変わっていき、気持ちとは正反対の二人の言葉がしばらくの沈黙を生む。
今、二人何かを口にしてしまえばこの苦しさと辛さが消えてしまうのに……。
二人にはそれが口にできない。
ホームを行き交う人の足音と通り過ぎていく電車の音がなぜか虚しく聞こえる。
* * *
二人は、駅近くの人気のあるパスタの店で夕食を取るコトにした。
「この店、何回か里香ちゃんと来たんだ。どれもみんな美味しいんだよ」
嬉しそうに話す倫を見て暖かい気持ちになる。
「そうなんだ」
倫はメニューを見ながら楽しそうに話をする。
それを黙って聞く蓮。
幸せな時間。
少し話し込んでしまった思った倫はただ黙って話を聞きながらメニューを見ている蓮が退屈そうに感じると思い、話を止め「あ、ごめん。注文しなきゃね」と謝った。
「どうして謝るの?」そんな倫に優しい声で聞く蓮。
「あ……うん」話すのを止め蓮くんの顔を見たら、急に目の前にいる蓮くんに意識してしまった。
初めての二人だけの食事。
いつも里香ちゃんや直樹くんとか……必ず誰かが隣にいた。
「俺、カルボナーラ。倫は?」
「私も……」
「はい、かしこまりました」
蓮はウエイトレスにメニューを渡し水を飲むとテーブルの上にタバコを置きタバコに火をつける。
蓮くんの仕草一つ一つにドキドキする。
倫はドキドキしながらタバコを吸う蓮を見ていた。
「なんか、お前変わったな」
「えっ?」
前ならきっとこんな場所でタバコ吸うなんてサイテーだよ。とか絶対に言うはずの倫。
「なんか、柔らかくなったっていうか……」
「え……」
表情とか、仕草とか……。
まじまじと自分を見つめる蓮に倫は恥ずかしくなり顔を真っ赤にし俯く。
蓮はタバコの煙が目にしみたのか目を細め窓の外をじっと見つめた。
窓の外の街路樹は白熱電球の暖かな光で満ち溢れている。
「もう、十二月だな」
蓮の言葉に顔を上げ、蓮の見ている窓の外の街路樹を倫も見つめる。
「うん。イルミネーション綺麗だね」
「ああ」
クリスマス一緒に過ごせたらいいね。
倫は街路樹を見ながら口には出せない言葉をココロの中で蓮に言ってみた。
蓮はその言葉が聞こえたかのように視線を街路樹から倫に変えると窓の外を見つめている倫の横顔を見つめた。