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第22話それぞれ

 「椎名さん!」

 大学へ向かう途中、誰かが倫を呼び止めた。

 振り向いた倫の少し離れた所に見知らぬ男子学生が立っていた。

 倫は、返事もしないで振り向いたまま、ただ男を見た。

 男子学生は倫に走って駆け寄ると「僕のコト覚えてる?」と、夏前に図書館へ向かう渡り

廊下で自分とぶつかったコトなど、倫は覚えてはいないと思ったが、もしかして?と密な期

待を持って訊いてみた。

「……?」

 思った通りの反応で倫は不思議そうに首を傾げる。

「あはは、一緒の学科なんだけど……」

 一緒の学科という男子学生の言葉に倫は少し困惑した表情をした。

「あ、ごめんなさい。私……」

「大丈夫、大丈夫。謝らなくても……。一つ上だし。僕、合田孝司よろしくね」と、謝る倫に

男子学生は焦ったように手を横に振り自分の名前を告げると「あ、はい……」倫は返事をした。


 優しそうな人……。倫は、孝司にそんな印象を抱き、しばらく孝司の顔を見つめていた。

「あ……」

 あまりにもずっと自分を見つめる倫に、孝司は真っ赤な顔でそっと呟くように口に出した。

「好きだよ」

「えっ?」

 思いもよらないあまりの唐突さに倫は驚き目を丸くする。

「ご、ごめん。言うつもりはなかったんだ……」

「あ……」

 なんて言っていいのか分からない。

「ごめん。椎名さんがあまりにも見つめてくるもんだから、つい……。ほんとにごめん」

 孝司は申し訳なさそうに深ぶかく何度も頭を下げた。

 そんな孝司の必死に謝る態度を見て微笑む倫。

「大丈夫ですから、そんなに何度も頭を下げないで下さい。ちょっとびっくりしただけだから……」

「ほんと?」

 その言葉に孝司は嬉しそうな顔で倫を見る。

 なんかこの人面白い……この人……すごく温かい……。

 あまりにもニコニコ笑う微笑む孝司に倫もニッコリと微笑み返した。



 その頃、蓮は、大学の図書館で二週間の授業の遅れを取り戻す為、直樹と勉強をしていた。

「あーあ。お前は二週間サボってもすぐに俺を追い越していくんだな……」

 直樹がぼやきため息をつく。

「ここの差ね」

 そんなぼやく直樹に蓮はニヤッと笑いながら自分の頭を指差す。

「来いって言うんじゃなかったぁ〜」

「何それぇ?」

 直樹は元に蓮に戻ったコトにホッとし「やっと、元に戻ったな」と安心の笑みを浮かべた。

「ごめん、もう大丈夫だから……」

 蓮は俯き、直樹に心配をかけたことを謝った。

「……唯名……心配してたぞ」

「ああ……」


 まだ、何もかも整理ができたわけでもない。

 今までのままでいくのか、今までの自分の殻を破れるか……蓮にはまだその勇気がつかない

し選択できない。

 でも、倫と唯名に対してずっとこのままではいられない、いてはいけないんだとは分かる。


 倫と孝司は大学内を歩いていた。

「今から、授業?」

「いいえ、今から図書館に……」

「そうなんだ。僕も今から図書館に探し物しに行くとこだったんだ。もしよかったら一緒に行

ってもいい?」

「はい」

 倫はニッコリと微笑んだ。


 断る理由はなかった。孝司とは同じ英語学科でもあり、共通の話題があったから……。

 二人は図書館へ向かう。


「此処にしようか?」

 孝司は、窓側の日当たりの良い席を見つけるとバックを置く。

「はい……」

 倫もバックを置いて椅子に座ろうとする。

「いい秋晴れだね」

「ほんと今日はいい天気ですね……」

 話しながら座りかけ顔を上げた時、孝司の後ろの席の向かい合わせの席に蓮がいるのを倫は見

つけた。

「……」

 顔が急に強張り、目を見開いたまま身動きがとれずにいる倫。

「椎名さん?」

 そんな倫を孝司が不思議そうに声をかける。

 その孝司の呼んだ名に直樹が振り向き、本を読んでいた蓮も顔を上げる。

 ドクンッ……ドクン……心臓の音が耳についたように大きく鳴り始めると、その心臓の音と鼓

動が普通には呼吸できないぐらい倫を苦しめた。

 鋭い蓮の眼差しが倫をずっと見つめる。

 あの時の、二人が頭の中をよぎる……。

 苦しい……。

 呼吸が苦しくなり、立っているコトができなくなった倫は一点を見つめたまま、そっと椅子に

腰をかけると、ふと、蓮から目線を逸らし俯く。

 孝司は何があったのか分からず、さきほどまで倫が見ていたであろう目線の先を見てみた。

 そこには、冷めた目つきの男が倫をずっと見ている。

 あいつ、タケシタレン……。

 孝司は蓮を知っていた。もちろん金城唯名と付き合っているコトも……。

 

 どうしたらいいのか分からない倫。

 蓮もどうしたらいいか分からずに、ただ、ただ、睨むように倫を見つめている。

 

 どうしよう……。

 しばらくして、いてもたってもいられなくなった倫はテーブルの上に置いていたバックを握るし

めるとバッと立ち上がり席を離れた。

 ガタッ!

「椎名さんっ!」

 孝司が、倫を追いかけようと椅子から立ち上がった、その時、倫を追いかけようとした蓮が孝司

の横を通り過ぎようとした。

「おいっ」

 孝司は自分の横を通り過ぎる蓮の腕をギュッと掴んだ。

「っ!?」

 蓮は自分の腕をおもいっきり掴む孝司の顔をキッと睨むと、孝司の手を払いのけ倫の後を追った。

 その場に立ち尽くす孝司。


 会いたかった……。会いたくて死にそうだった。

 でもどうしたらいいのか分からなかった……だからその場から逃げた。

 溢れ出す涙。

 何もなかったように振舞えばいいの?

 そんなコト私にはできない。

 倫は走りつづけた。


「りんっ」

 倫に追いつきそうな蓮が、倫の名前を呼んだ。

「……」

 自分の名前を呼ぶ蓮の声に、倫は止まろうとはせず、講堂までの石畳の細い小道を走り続ける。

「待てよっ、倫っ!」

 倫に追いついた蓮は、倫の肩を掴み、二人は芝生の上に倒れこんだ。

「ふぅっ…っ」

「はぁ…はぁ…」

 大きく呼吸する蓮。

 倫は泣きながらゆっくりと起き上がった。

「倫、ごめん……ほんとうにごめん……」

 小刻みに揺れる倫の背中を見つめながら何度も謝る蓮。

 倫は、何度も謝る蓮にコクリを頷くと、蓮の顔を見た。

  真っ赤な倫の瞳。

 蓮は切なそうな瞳で倫を見つめるとゆっくりと起き上がった。

 倫に会いたくてたまらなかった。でも、会えなかった。

 ココロの中では二人は同じ気持ち。

 蓮は久しぶりに見る倫の顔を見つめる。

 薄い桜色の倫のくちびる。

 少しずつ、すこしずつ蓮は倫に近づいた。

 キス……したい。

 倫に触れたい。

 蓮のくちびるが徐々に近づき、倫がそっと目を瞑ろうとした瞬間「蓮?」二人の後ろから

唯名が蓮を呼んだ。

「あ……」

 二人はハッとし、慌てて顔を離すと同時に唯名の顔を見た。

「こんな所で何してるの?」

 唯名は二人がキスをしようとしているコトに気づいていたがわざと訊いてみた。

「あ……」

 俯く二人。

 しばらくの居心地が悪い沈黙が続く。


「あ、わ、私、先輩待たしてた。ごめん。先、行くね」

 この沈黙に耐え切れず倫は慌てだし立ち上がる。

「あ、ああ……そう?」

 蓮はそんな倫を見上げた。

「うん、じゃぁ……。唯名ちゃん、またね」

 倫は唯名への後ろめたさに唯名の顔を見ず立ち去った。


 気づいただろうな?

 泣いた私の顔。

 もしかしたら私の蓮くんへのこの気持ちも……。

 私、何てコトしちゃったんだろう?唯名に会ったら、後悔がドッと押し寄せてきた。

 蓮くんは唯名ちゃんの彼氏。

 止めないといけない気持ち。

 涙が溢れて前が見えない。

「ふぇっ……」

 倫は立ち止まり泣いた。

 私、どうしたらいいんだろう?


「椎名さん?」

 立ち止まり泣いている倫を孝司が見つけそっと声をかけ近づく。

「先輩」

「……大丈夫?」

「……」

「椎名……」

 倫は心配そうに自分を見る孝司の胸に寄りかかり「今だけ、今だけごめんなさい」と謝

りながら孝司の胸で泣いた。

 そんな倫を孝司はより一層愛しく想う。


 蓮はタバコを吸い俯きながら唯名と歩いていた。

「私、別れないから……」

 唯名はきっぱりと蓮に言う。

「……」

 蓮は顔を上げ、タバコを右手に持つと切なそうに唯名の顔を見た。

 こんな蓮の表情を初めて見る。

 そんな蓮に、倫ちゃんへの気持ちはいつもとは違うんだと気づく。

 どうして?あなたは私を好きなのよ。

 蓮に問い詰めたかった。

 ずっと想い合っていた私達なのに……何も言わない蓮に腹が立つ。

 ただ別れない。別れたくない。唯名はココロからそう思う。

 私は、蓮を手放したくはない。

 どれだけ二人が想い合っていても。

 私は蓮を愛してる。



 








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