第20話キズ
幸せの時間から出てきた後は、深く傷つき臆病な自分を支配する後悔。
ある晩、蓮は夢を見ていた。
「ただいま〜」
大きなランドセルを背負った六歳の蓮が小学校から帰ってきた。
いつもは、玄関で笑顔のお母さんが蓮を抱きしめてくれるのだけれど、今日は違った。
「あれ?お母さんがいない……」
キッチン、バスルーム、トイレ、庭……。
「お母さん?」
蓮は、静まり返る家の中、もしかしたらお母さんは調子が悪くなって、寝室で寝てい
るんではないかと思い、二階に駆け上がると、静かにそっと寝室のドアを開けた。
カチャッ……。
クローゼットとクローゼットの間を通り抜けると大きなキングサイズのベットが置い
てある。
「お母さん?」
「ん、はぁ……あっ……はぁ……」
ベットの上から聞いたことのないお母さんの荒い息使いとお父さんではない男の人が
裸で何かをしている……。
ガバッ!!
夢の途中で蓮は目を覚まし起き上がった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
すごい汗。
何なんだ?
ルームライトの薄暗い灯りと辺りを見回してホッとする。
なんだ、夢か?
「なんで?……今さら」
なんで、今さらこんな夢を見るのか分からない。
蓮はベットから降り、何かを飲もうと冷蔵庫を開けるが冷蔵庫の中は明るいオレンジ
の光だけ……。
「ちくしょう!何にもないっ」
蓮は、冷蔵庫をおもいっきり閉め、シャワーを浴び、コンビニエンスストアに向かった。
ずっと見ていなかった思い出したくもない過去の夢。
蓮は、ミネラルウォーター、缶ビールをカゴに放り込む。
「ねぇ、ねぇ?」
蓮は、レジに一人暇そうに立つアルバイトのショートカットの幼い顔の女の子に、いつも
ナンパする時のように声をかけた。
「えっ、はい?」
「バイト何時に終わる?」ニッコリ微笑む蓮。
ドキッ……。
ショートカットの幼い顔の女の子は自分に話かける蓮の顔をうっとり見とれた。
蓮は、誰が見てもカッコイイ……。
百八十五センチの高い身長に少しクールな顔、でも、笑うと人なつっこい、軽いけど憎め
ない口調……。
「十一時です」
ドキドキしながら震える手でレジを打つ女の子は蓮の質問に答える。
「また、その時間に来るね?」
「えっ?」
「ダメ?」
「あっ、いえ。大丈夫です」
「じゃぁ、また後でね」
蓮は、袋に品物を入れ終えた女の子のほっぺを軽くつまむと店を出た。
「新しい女か……」
蓮はタバコをくわえるとふっと笑う。
……あの日から大学へ行っていない。
もちろん倫に会ってないし、唯名や直樹からの電話も出ていない……。
何日経ったんだろう?
まだ、倫の肌の温もりは消えない。
好きな女を抱くと、自分の身体にそいつの肌の温もりをこんなにも刻みこんでしまうんだ
と初めて知る。
それを普通に幸せと感じられたらどんなにいいんだろう?
でも、蓮には、幸せの後にきたのは苦しさと後悔だった。
倫に会いたい……会いたいけど、会えない……矛盾する自分がいる。
毎日そう思う。
こんなに女を好きになったコトはない。
でも、先に進めない。
二十三時。
ショートカットの幼い女の子がアルバイトを終える時間にコンビ二エンスストアへ向かう
と女の子はまだ店の中にいる。
「忙しそ」
蓮は店の前でタバコを吸いながら女の子を待つ。
「ごめんなさい。急に忙しくなって……」
慌てて店の裏口から走ってきた女の子に、ダストボックスの灰皿にタバコを押し「大丈夫」
と微笑む蓮。
「あの、何処行くんですか?」
女の子は背の高い蓮を見上げた。
やっぱりカッコイイ……。
「何処行こうか?」
髪の毛の隙間から見える瞳、笑った顔を見ると胸がキュンとする。
なんて綺麗な瞳なんだろう?この瞳から目が離せない……。
蓮は自分を見つめる女の子の腰に手を回すと、女の子にキスをした。
「んっ……」
優しいキスは、次第に激しいキスと変わる。
蓮は倫を忘れたい一心で女の子に何度も激しいキスをする。
「んはぁ……ぁ」
そんな蓮の激しいキスに、女の子は息遣いが荒くなり足が立たなくなりそうな感じがし、蓮
にぎゅっとしがみつくように抱きついた。
「どうしたの?」
分かってて分からないフリをする意地悪な蓮の声と表情に、女の子は切なくとろけそうな瞳
で蓮を見上げる。
「……もう、私、ダメ……」
「ダメ、なの?」
そんな女の子の言葉に悪戯っぽい表情で笑う蓮。
「笑わないで下さい」
恥ずかしそうに膨れ、俯く女の子の顔を上げ、蓮はまたキスをする。
「行こうか?」
覗き込むように訊く蓮に女の子はしおらしく頷く。
「……うん」
その晩、蓮は、自分の本当の気持ちを他所に残し、ショートカットの幼い顔の女の子を抱く。