第2話あいつ
倫は次の日の朝もいつもと変わらない場所で電車を待っている。
電車のドアが開き、倫は今日も座れる特等席に嬉しさでいっぱいになった。
倫はイスに座ると辺りを見渡し、昨日のあの蓮がいないことにホッとすると、
いつものようにバックから本を取り出し読みかけのページを開き読み始めた。
電車は発車時刻になり、ドアが閉まりかけようとした瞬間、またあの蓮が駆け込み乗車し、倫の隣にドカッと座った。
「……」
「はぁ、はぁ……おはよう……」息を切らしながらニコニコと笑い、昨日と同じようにまたバックで扇ぎだす蓮に倫は呆れた。
「ねぇ……あなたいつもこうなの?」
「ん。だって俺、独り暮らしだもん。起きれないんだよねぇ〜なんならお前モーニングコールしてよ」
前髪の隙間から覗く倫を見る瞳……。
綺麗な瞳。
吸い込まれそうな瞳に倫はドキッとした。
「なんで私がっ!?」
蓮と目を合わせていられなくなった倫は俯いてまた本を読み始めた。
「ちぇっ……」蓮はがっかりした様子で目線を倫から窓の外にうつした。
ドクンッ……ドクンッ……ドクン。
倫の心臓の鼓動は、自分の事を吸い込んでしまいそうに感じる蓮の綺麗な瞳に、まるで身体まで揺れているんじゃないかと思うぐらい大きく打っていた。
電車が走る心地のいい音が心臓の音で聞こえない……。
倫は蓮に気づかれるはずのはないのに、この身体まで揺らしているんではないかと感じさせる心臓の
鼓動に気づかれないよう、読む余裕のない本を見つめ駅までの時間を過ごした。
電車が二人の降りる駅に着き、倫と蓮は電車を降りた。
「お前、大学生?」倫の隣に何気なく歩く蓮は訊く。
「うん、あそこの……」
倫は自分を見る蓮と視線が合わないように歩く速度を落とすと自分の通う大学の方を指さす。
「なんだ、俺と一緒の大学じゃん。何科?」
「英語よ。あなたは?」
「俺はねぇ……」
改札をくぐり、振り向くと今まで一緒に歩いていたはずの倫の姿がなかった。
「あれ、あいつ何処行った?」辺りを見回しながら蓮はまた来た道を戻って行くと、倫は改札口前でお婆さんとなにか話している。
「あいつ……やっぱり可愛いじゃん」蓮はお婆さんにニッコリと微笑みながら話をしている倫を見てまた思う。
倫は話し終えるとお婆さんが持っていた重そうな荷物を受け取り、大学とは正反対の方向へ歩いて行
ってしまった。
「あっ」
蓮は倫の事が気になりしばらく改札口の電話ボックスの前で待っていると、倫は携帯電話を見ながら走って戻ってきた。
電話ボックスの前で待つ蓮に気がつかず通り過ぎようとする倫。
「おいっ、そこの女っ!」蓮は大声で倫を呼ぶ。
えっ?
「……」
倫は立ち止まり驚いた様子で振り返り辺りを見回すと、蓮が両腕を組み電話ボックスの前で立っていた。
「はぁ、はぁ……」
「お前気づけよ、ずっと待ってたんだから」蓮はすねた表情で倫に近づいた。
「はぁ……はぁ……」
自分の所に歩いてくる蓮を息苦しそうに見つめる倫。
蓮は倫の少し前で立ち止まると、倫は自分より二十センチ以上高い自分の前に立つ蓮の顔を見上げた。
百八十センチ以上はありそう……。
綺麗な瞳……また、この瞳に吸い込まれそう……。
倫は自分を吸い込んでしまいそうな瞳を見つめ蓮の顔が少しずつ近づいてるような錯覚におちていく。
少しずつ……。
少しずつ。
綺麗な瞳が近づいてくる……。
少しずつ……。
えっ、何?
ドスッ!
近づく顔が錯覚じゃないことに気がつき、我に返った倫は後少しというところで咄嗟に蓮の顔に持っているバックを押し当てた。
「いった〜、お前、なにすんだよぉ〜!」顔を押さえる蓮。
「なっ、何しようとしたのよっ!?」
「キスだよ!キスッ!」
なっ!?
キスという二文字に倫の身体中の血液は足の指先からすべて顔に上昇する感じがした。
「な、な、なんでそんな事しようとするのよ?」倫は真っ赤になった顔とウルウルの瞳で蓮を見た。
「お前があまりにも可愛い顔するから……」
パチンッ!
そうニコニコと笑いながら軽く答える蓮の顔を倫は今度ひっぱたいた。
「何すんだよっ!?」
「バカにしないでよっ!」
「だからって叩くことないだろ?」
少しでもこいつにドキドキした自分に腹がたつ。
「私を他の女の子と一緒にしないでっ!」
倫はそう言うと顔を押さえて立っている蓮を睨み、怒りながら大学へ向かった。