第19話言えない言葉
長いようで短い電車の中での時間。
こうして二人で一緒に座っていられるのが、なぜかこの時間が最後のような気がした……。
駅に着き、二人は電車を降りる。
もう少し二人でいたい。
倫も蓮も、心の中ではそう思っていたが、口には出せない言葉を胸にしまい、電車の中同様、無言のまま改札を抜けた。
改札を出たら、二人の家は反対方向にある。
倫は足を止め、蓮の顔を見上げると「じゃぁ、私、こっちだから……」と、知っている蓮にわざわざ言う。
「ああ……」
やっときりだせた言葉にも続きはなく、倫は、笑いもしない冷めた蓮の瞳に少し泣き出しそうになった。
「じゃぁ……バイバイ」
「……」
泣きそうな表情でそっと微笑み、振り返り歩き出す倫。
そんな倫の手首を、蓮は突然グイッと力強く掴んだ。
「……っ、蓮くん、痛いっ!」
すごい力で倫の手首を握り締める蓮。
「……」
「痛いっ、離して……」
蓮は、痛がり離そうとする倫の手首を、表情一つ変えずぎゅっと掴んだまま自分のマンションの方へと歩き出した。
そんな強引な蓮の、会いたかった蓮の背中を倫は見つめた。
ずーっと会いたかった。
……会いたくてたまらなかった。
振り払えるはずの蓮の手を振り払わず倫は蓮に引っ張られるまま歩き出した。
マンションのロビーに着くと蓮は、倫の手首を掴んだままエレベーターに乗り込み、自分の部屋がある十階で降りた。
エレベーターを降りても蓮は倫の手首を離そうとはせず、そのまま玄関のドアを開けた蓮は玄関に入るやいなや何も言わず倫を壁に押しあてキスをした。
「……っ」
成り行きの突然の蓮の行動に、倫は戸惑い、蓮を押しのけ睨んだが、蓮はそんな倫にお構いなしに今度は倫の両手を掴み壁に押し当てて、また強引にキスをした。
どうしてこんなコトするの?
蓮の行動に戸惑う倫。
「イヤッ」抵抗し顔をそむけ、そしてゆっくり蓮の顔を見た倫は、息が荒い蓮のとても切なそうで泣きそうな表情を初めて目にする。
「蓮……くん?」
蓮は、不思議そうに自分の顔を見つめる倫に今度は優しくそっとキスをした。
ゆっくりと瞳を閉じる倫。
……好き。
蓮への気持ちが身体中から溢れてくる。
重なり合うくちびるとくちびるを離しては見つめ合い、またくちびるを合わせる二人。
もう、抑えられない……倫を抱いてしまいたい。
優しいキスは、次第にまた激しいキスへと変わり、二人はお互いを激しく求め合うと、着ていた服をはぎ取るようにしてベットの中へと沈み込んだ。
首筋を流れる蓮のくちびる。
ずっと、こうしたかったかもしれない……。
初めて触れる人の肌。
私は、蓮くんの腕の中にいるんだ。
触れるとこぼれる倫の微かな声。
ずっと、心の奥、どこかで倫に触れたいと思っていた。
今、倫は俺の腕の中にいる……。
愛してる。
声にしたいけど、声に出せない言葉が二人の身体いっぱい溢れてくる。
気を……失いそう……。
夕方になり、カーテンの隙間から差し込む夕陽がベットで寝ている二人を照らす。
「ん……ん」
夕陽の眩しさに蓮は目を覚ますと、ローテーブルの上に置いてある携帯電話に手を伸ばし携帯電話の中の時計を見る。
「四時か……」
隣では倫が気持ちよさそうにスースーと静かに寝息をたてて眠っている。
蓮は、携帯電話をそっと置き、眠っている倫の髪の毛をそっと撫ぜると悲しげに倫の寝顔を見つめた。
どうして倫を抱いてしまったんだろう?
失いたくない女なのに……。
あんな倫の泣きそうな顔を見たらいてもたってもいられなかった。
後悔というものをする……。
どうして今までのように気持ちをセーブできなかったんだろう?
今まで持ったコトのない自分の感情と行動に蓮の頭の中はぐちゃぐちゃに混乱していた。
普通の人間なら、ただ愛してるとか素直に言えるし受け入れられるのに、子供の頃負った傷が深かった蓮にはそれが難しく無理なコトだった。
蓮は、ベットから出るとジーンズを履き、タバコに火をつけると大きくため息をついた。
「んん……」倫が目を覚ました。
「蓮くん、タバコ吸うんだ」
よく一緒にいたけど、タバコを吸う蓮の姿は初めて見る。
「あ、うん」
「今、何時?」
「四時ちょっと過ぎ……」
「そっか……けっこう寝ちゃったんだ」
ぎこちない会話。
蓮は、タバコを吸い終わるとローテーブルの上に置いてあるリモコンのボタンを押しテレビをつけ、倫はベットから降り、シーツで身体を包みながら辺りに散らばった服を拾う。
「あ、ストッキング破けてる」
「……」
ちらっと倫を見、またテレビに目を向ける蓮。
そんな素っ気無い蓮の態度を見て、倫はあるコトを思い出した。
そう、蓮くんには唯名ちゃんがいたんだ。
もしかして、私とこうなったコト後悔してる?
胸が張り裂けそうになる……。
言われる前に自分から言おうかな?そうすればこの気持ちもこれ以上進まないで止められるかも……。
「蓮くん……」
「ん?」
「私……今日のコトは忘れるから、蓮くんも忘れてね」平然さを装いながら倫は口にした。
「……」
「ね……」
「……ごめ……」
倫を失ってしまう。
愛してる、言ってしまえばいいのに……。
いつものように、軽く好きだよって、言ってしまえばいいのに、軽く『好きだよ』とさえ言えない。
俺は、なんて臆病なんだろう?もう、倫を失うコトは分かってるのに……。
「……私、帰るね」
倫は、蓮の横顔を見つめ悲しそうに微笑むと部屋を後にする。
「畜生!」やり場のない怒りに蓮はリモコンを床に投げつけた。
前に進めない自分の臆病さと倫を傷つけたコトに深く落ち込み、自分に苛立つ。
どうして変われないんだよ。
エレベーターを待つ倫。
『……ごめ……』
蓮くんには唯名ちゃんがいる。
分かってる。分かってるけど、でも、謝って欲しくなんかなかった。
蓮の謝る声が、また少し痛み出した頭の中をこだまし、瞳から涙が溢れ出すと同時に倫はその場に泣き崩れた。
「ふぇ……」
「愛してる」一言、言ってしまえばいいのに……。
「愛してる」言ってしまいたい。
二人の気持ちが通じ合えたと思ったのに……。
「お腹が痛いよぉ……」
二人の身体には、温かいお互いの身体の一部分の感触と触れ合った肌の温もりが残っている。