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第18話会いたかった人

  十一月になると、町や大学周辺の落葉樹は赤や黄色の艶やかな色彩に変化をしていく。

 そんな頃、倫はフランスから帰国した。


「りーんっ、お帰りぃ〜」

 昨日、電話で約束した待ち合わせ場所で倫が待っていると里香が大声を上げて走ってきた。

「里香ちゃん……」

「もぉー、帰って来ないかと思ったよぉ」

 里香は倫の鎖骨辺りをトントンと叩く。

「痛いよ、里香ちゃん。ごめん、ごめんね。はい、これ」

 倫は、バックの中からお土産の香水を出し、里香に渡す。

「ありがとう。欲しかったんだぁ、これ」

「みんなは元気?」

 倫は、蓮のコトを訊きたかったけど、蓮の名前を口にするコトができず遠まわしに訊く。

「うん、みんな元気よ」

「ふーん」

 その中には、蓮くんも入っているのかな?

 里香は嬉しそうに微笑み、貰った香水をバックの中にしまうと、何かを思い出したような

表情を浮かべた。

「あ、そういえば、竹下くんと金城さん付き合ってるんだよ!合同祭の時、金城さんが告っ

て……」

「え……」

 唯名ちゃんと……付き合い始めたの?蓮くん……。

「そうそう。それと倫、あんた合同祭のミスコンで金城さんと十票さで準優勝したんだよ。

すごいね、倫……」

 倫は、蓮と唯名のコトを耳にすると、目の前が急に真っ暗になり、ぎゅっと締め付けられ

る胸と時差ボケの頭が少し痛み出し、色々話し出す嬉しそうな里香の話を聞く余裕がなくな

った。

「そ、そうなんだ……」

「うん」

 涙が溢れ出しそうになり倫はきゅっと唇をかみ締めた。

 一番会いたくてたまらなかった、一番どうしてるか知りたかった人の、思ってもいなかっ

たコトを耳にする。

 帰って来なかった方がよかったのかな?……そう思う。

「里香ちゃん……私、やっぱ具合が悪いから帰るね」

「えっ?」

 きっと、今、二人の姿を見てしまったら普通にはいられない。

 きっと、私は泣いてしまう。

「大丈夫、倫?」

「うん、大丈夫」

「時差ボケは辛いよね。疲れかなぁ、一人で帰れる?」

「……」

 急に黙りこみ俯く倫を、里香は心配そうに覗き込むと、倫の瞳に薄っすら浮かぶ涙を見つ

けた。

「倫……倫ってさ、前から気になったんだけど、もしかして?」

 倫は、その先を言われないように里香の言葉を振り払うように「あ、違う。ごめんっ、帰

る」と慌てて手を振り、溢れ出る涙を手で拭うと走り出した。

「あっ、倫っ……」


 倫は、ひとり改札口前で立ちすくんでいた。

 好き合っている二人が付き合うのは当然のコト。

 きっと、こうなるコトは、心のどこかで思っていた。

 蓮くんと唯名ちゃんのお似合いな姿を見てきている。

 蓮くんは唯名ちゃんを好きで、唯名ちゃんは蓮くんを好きで……だからこうなるコトは

必然的なコト。

 分かってた。

 でも、私は……。

 私はどうしたらいいんだろう?

 倫は小さくため息をつき、改札を通り抜けようとした。

 すると駅のホームから小さな女の子が泣きながら倫の方へ歩いてきた。

「どうしたの?」

 倫は泣く女の子に優しく微笑みかけ声をかけるとしゃがみ込んだ。

「ふぇ……」

「ママと離れちゃったの?」

 小さな女の子はポロポロと涙を流しコクンと頷く。

「お姉ちゃんが一緒に、ママ探してあげるよ」

 倫は、小さな女の子の頭を撫ぜ、抱き上げると、階段を一歩一歩ゆっくりと上がった。

 階段を上りきり、倫は足を止め、小さな女の子の母親らしき人がいないかと辺りを見回

す。

 すると倫の目に見覚えのある姿が映った。

「……」

 高い身長、相変わらずの茶色い髪の毛には、フランスに行く前と違って、少しパーマが

かかっていて、両手をジーンズのポケットに入れ少し寒そうに歩いている。

「あっ、ママぁ!」

 小さな女の子は、母親を見つけ指差し嬉しそうにそう叫ぶ。

 小さな女の子の母親は、倫に抱かれている我が子を見つけると、ホッとした様子で二人

のもとへ駆けて来た。

 その小さな女の子の声に振り向く周囲の中、蓮は倫の姿に気づいた。

 夏休み前よりも少し伸びた髪の毛が風にふわりと揺れている写真ではない倫の姿を蓮の

切なそうな瞳は見つめた。

「ありがとう、ありがとうございます。なんてお礼を言ったらいいか、なんてお礼をした

らいいか……」

 小さな女の子の母親は、我が子を思いっきりぎゅっと抱きしめると、何度もお礼を言い、

何度も頭を下げた。

「いえ、気にしないで下さい。よかったね」

「うん。お姉ちゃんありがとう」

 倫とその親子は手を振り微笑み別れると、倫は視線を蓮に移した。


 お互い見つめ合いながら立ち尽くす倫と蓮……。

 進んでいた時間が夏休みの前に戻る……。


「よぉ、元気?……親父さん分かってくれたんだ」

 少しして、安心した表情で蓮は倫に声をかけるとゆっくりと倫に向かって歩き出す。

「うん、元気。元気だよ。分かってくれたよ」

 倫は、さっき里香に聞いた蓮と唯名のコトで落ち込んでいることを隠すかように明るく

振舞う。

「あれ、何?もう、帰るの?」

 そんな明るく振舞う倫とは対照的に、蓮は少しだけ微笑むと元気のない表情で倫に訊い

た。

「あ、うん。なんだか身体がだるいし、頭が少し痛くて……まだ、時差ボケかな?」

「そっか……」

「……」

 蓮は、気だるそうに首を傾け、冷めた瞳で通りすぎる電車を見送った。

「……俺も……帰ろう……かな?」

 倫はそんな蓮の顔をずっと見つめた。

 蓮くん……なんか雰囲気変わった?

 彼女ができたから?

「電車が来るから、私、行くね」

「ああ……」

「じゃぁ、また……」

 倫が俯き、蓮の横を通り過ぎようとした時「あ、待って……やっぱ、俺も帰る」

蓮は向きを変えた。

「……」

 

 ベンチに座り、家に帰る電車を待つ二人は前のようには話せず、

お互いぎこちなく違う方向を見ている。


「……来た」

 電車はブレーキ音を鳴らしゆっくり止まる。

 二人は口に出さなくても、当たり前のように一両目の真ん中のイスに座る。

 久しぶりに二人で座る倫のお気に入りのセキ。

 何も話さなくても、隣に座ってさえいれば落ち着く二人の空間。

 電車の振動と線路の上を駆けていく音が心臓の鼓動のように聞こえる。

 ホッとする。

 他の誰にも感じるコトはない。この感じ……。

 倫は、時折、蓮の横顔を見ては俯き、蓮も倫の横顔を見ては俯く。

 でも、それはやがてなんとも言えない寂しい気持ちへと変わっていく……。

 下車する駅までの時間、無言のまま電車に揺られ時間ときを過ごす二人。








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