第17話告白
蓮は、自分を呼ぶ携帯電話を開き、待ち受け画面の文字を見ると、唯名の文字を目にした。
「もしもし?」
『蓮?私……今、ちょっといいかな?』
「ああ……」
まだ熱気が冷めない会場の中、蓮だけは落ち着いた様子で電話を片手に持っている。
『今から講堂に来てくれる?』
「いいけど……?」
『待ってるから』
唯名は蓮を講堂に呼び出した。
「分かった、じゃぁ後で……」
電話をきったとたん、直樹と智史は「蓮、唯名かっ?」電話の相手が誰かを問いただす。
そんな二人に、蓮は表情をひとつも変化させることなくコクリと頷く。
「そ、そうか」
珍しくおとなしく納得する智史。
「俺、ちょっと行って来るから、先、帰ってて」
「お、おお」
「蓮……」
携帯電話をジーンズのポケットに突っ込み歩き出そうとした蓮を直樹が呼び止めた。
「何?」
振る返る蓮を心配そうな表情で見た直樹は「蓮、失うコトばかり考えるなよ。お前達は、
お前の親とは違うんだ」と言う。
そんな直樹に蓮は微笑み「ああ、行って来るよ」と言葉を返す。
蓮は心配する直樹達をよそに意外と冷静だった。
イベント(ミスコン)会場を後にブースの人だかりを抜け、蓮は人ひとりいない芝生の
カーペットに挟まれた講堂まで続く月明かりに照らされた薄暗い石畳の小道を歩く。
「あ、星がキレイじゃん」
夜空を見上げると星がキレイに瞬いている。
夜空を見上げるなんて子供の時以来だ。
「は、俺、何センチになってんの?ガラじゃねぇ……はは」
しばらく歩くと講堂は姿を現した。
創立以前から此処に植わっているという大木と大木の間の趣のある大きな重厚な扉を開
けると、薄暗い静寂な講堂の中、舞台に向かって傾斜になっている席の中央の椅子に唯名
は座っていた。
「蓮、突然呼び出してごめんね」
「大丈夫だよ」
微笑みながら立ち上がる唯名のもとに蓮はゆっくりと近づき、唯名の前で足を止めた。
「蓮」
蓮の顔を切なそうに見上げる唯名、そんな唯名を蓮も見る。
唯名の綺麗な瞳……桜色の頬。
好きだった唯名の表情……。
「……」
「蓮、好き……」
唯名は今まで口に出さなかった言葉を、ずっと自分を見つめる蓮に告白するとそっとキ
スをした。
「……」
あ……。
蓮は、漸く直樹達が心配そうにしていたわけが分かった。
広い講堂の中、二人だけが……いる。
二年以上、ずーっと想い合っていた二人の初めてのキス。
本当は欲しくて、切なくて……ずっとこうしたいと思っていた……はずの……唯名との
キス。
なのに、蓮の頭の中には六歳の頃の自分と、大きなボストンバック一つだけを持ち、何
も言わず自分に背中を向けて部屋を出て行こうとする母親の姿が浮かびあっがた。
思い出したくない……過去の記憶。
その記憶の中の、その母親の姿は、やがて、倫の姿へと変わっていく……。
……倫。
「……」
「蓮……私達、ずっとこのまま?」
二人の唇が離れて少し経った後、唯名は瞬きもしないで立っている蓮に訊いた。
その唯名の声に、母親であるはずの倫の後姿が部屋のドアをバタンと閉めた。
あ……。
「ねぇ、私達、ずっとこのまま?」
自分の前から……倫の姿が消えた……。
消えてしまった……。
蓮は、心の中で落胆し深く大きくため息をつく。
そして……「唯名……俺達、付き合おうか?」蓮は唯名にニッコリと微笑みかけると唯名
の頬にそっと手をあて、今度は蓮から唯名にキスをした。
倫……俺はやっぱり無理だ。
俺は、お前を俺の前から消したくない。
……倫。
「蓮、好きよ」
唯名は背伸びをし、蓮の肩に手を伸ばすと蓮を強く抱きしめる。
「ん……」
俺は、また本当の自分の気持ちを押し殺して、あんなに好きだった唯名を、今度は倫の代わ
りにしようとする。
森本……この前、お前に言われてはっきり気づかされたよ。
……俺はなんて臆病なんだろう……。
俺ってバカだ……。
でも、どうしても……どうしても、ダメ……なんだ。
唯名は蓮の肩からゆっくり両手を下ろすと、蓮のズボンのベルトに手をかける。
「蓮……」
唯名はとろんとした目で蓮を見つめた。
「唯……」
蓮はそんな唯名の服のボタンに手をかけた。
倫……。