第13話倫がいない
倫がフランスへ帰り、夏休みも終わって一週間が経とうとしている。
電車でも大学でも倫に会うコトがなく、お互いの携帯電話の番号を交換していなかった
蓮には倫と連絡の取りようがなかったので、倫の友達の里香に倫のコトを聞くと『いつ
帰ってこれるか分からないからしばらくの間大学を休学する』と電話があったという。
蓮はその話を聞いて愕然とすると、倫はもう帰っては来ないんではないかという不安と
寂しさにかられた。
朝の電車の中、カフェテリア、倫がいない退屈でたまらない毎日は長く感じる。
「蓮、最近元気ないな」
元気がなく図書館にこもり気味の蓮を珍しく智史が心配をする。
蓮は元々勉強が好きな方で、図書館で勉強しているコトがしばしあったがこもるとい
うことはなかった。
「ああ、そうだな」
「そー言えば最近椎名見ないな」
「フランスに帰ってるんだってよ」
「そーなんだ、蓮の奴、喧嘩相手がいないから寂しいのか?」
蓮は倫をよくからかい、それに対して倫がよく蓮にバックを振り回しているので智史か
ら見て、倫は蓮のただの喧嘩相手に見えるらしい。
「さー」
直樹は歩きながら適当に返事をする。
「今度の人文学部の女達との合コンに蓮を絶対連れて来いって言われてるんだけど、蓮来
るかなぁ?」
「コンパは別じゃねぇの?」
「そうだよな。あいつがコンパに行かねぇなんて、天変地異の前触れか?ってぐらいなコ
トだもんな」
「あはは、そうだな」
こんな智史と直樹の会話は、天変地異の前触れ?かと思う予想しない言葉が、後ほど蓮
の口から返ってくるとはまだ知らない。
智史は相変わらず図書館でおとなしく真面目に読書をしている蓮を今夜のコンパに誘った。
「……今晩?人文学部の女とコンパ?」
蓮は人文学部という言葉にぴくっとすると顔を上げた。
「そう」
おっ、反応してやがる。智史はニコニコし始め、次に『待ってました』という言葉は確実
だなと確信する。
「……」
ところが蓮は、また俯き返事もせずに、ただ黙ったまま、また本を読み始めた。
「行くだろ?」
そんな蓮に気味が悪くなり(大袈裟?)智史はまた訊き返す。
「……んにゃ、行かない」
「は?」
な、何ぃ?
蓮の口からは智史と直樹が思いもしない言葉が発せられ、智史とその隣で黙って立っていた
直樹はこの世の物ではないものを見たかのように目を見開き、智史と顔を見合わせた。
「やめとくよ」
「……」
今度は智史が黙り込み蓮の顔を不思議そうに見た。
「どうした?」
固まる智史を不思議に思い今度は蓮が訊く。
「て、天変地異の……が……」
目をテンにし小声で言う。
「は?」
天変地異?また訳の分からないのが始まったと蓮は呆れ、また本を読み始めると「蓮……お
前……熱でもあるのかぁぁぁぁぁ〜」と智史は突然大声を出し、蓮のおでこを触った。
「わぁあ〜、なっ、何するっ」
「さ、智史落ち着けっ」
「これが落ち着けるかっ!わ、蓮が蓮がぁ……ぁ」
「ここは図書館だぞ!」
直樹が必死になって止めるにもかかわらず智史は周りの状況を気にするコトもなく半狂状態
で蓮に抱きつく。
「蓮〜、お前、お前〜俺はそんな男に育てた覚えはないぞぉ……」
「育てたって……俺はお前に育てて……分かった、分かった。行くってば、行くっ。だから静
かにしてくれ」
観念した蓮のその言葉を訊くと智史はぴたっと動きを止め、嬉しそうに笑い始める。
「はっ、はっ、は。それでこそ、蓮」
「俺って……」
俺ってどんな男なんだろう?蓮は呆れ深くため息をついた。