ある竜の友誼
「人間の食べ物は旨いのじゃ!」
「もっと持ってくるのじゃ!」
「む、この甘いものは何じゃ?」
「ほう、プリンというのか。よい。実によいぞ」
「人間は弱いくせに、面白いものを作るのう」
「わっはっは!」
「気に入ったぞ!」
「ん?どうしたのじゃ?」
「…………」
「一緒に行かないか、じゃと?」
「ふん!わしの強さにあやかりたいのじゃな!」
「抜け目ないのう!」
「…………」
「違うのか……?」
「ほう」
「一緒にいたら楽しそうだ、と」
「そう言ってくれるのじゃな……」
「わしも、おぬし達といるのは楽しいのじゃ」
「しかし」
「悪いがそれはできぬ」
「おぬし達と共に旅をすることはできぬのじゃ」
「…………」
「うむ、きっと美味しいものも楽しいものもいっぱいあるのじゃろう」
「便利なことも多いじゃろう」
「しかしな」
「人としての暮らしの方が優れている」
「というわけではないのじゃ」
「ドラゴンの暮らしも悪くはないのじゃよ」
「…………」
「こ、これ!」
「浅はかだったなどと、謝るでない!」
「責めてるわけではないのじゃ!」
「この数日が至福の時じゃったのは本当じゃ!」
「……うむ」
「それでよい」
「……もう少し話さぬか?」
「心優しきおぬし達に伝えておきたいことがある」
「わしのように、人の言葉を解し、人に化けられる魔物は他にもいるじゃろう」
「うむ。わしはまだ、ヒトの幼体にしかなれぬのじゃが……」
「今はその話はいいのじゃ!」
「わしが言いたいのは」
「人に化け続けることは精神を摩耗させるということじゃ」
「少なくとも、わしの場合はそうなのじゃ」
「わしの本来の姿を見たじゃろ?」
「今の姿とは、あまりにもかけ離れておる」
「人の姿で笑い、人の言葉で語り、人の食べ物を口にしようとも」
「違和感は拭いきれぬ」
「人はちっさ過ぎるのじゃ」
「ドラゴンなら丸飲みできてしまう大きさじゃぞ」
「……まあ、そういうことなのじゃ」
「化けているだけ」
「人にはなりきれぬ」
「……あと一つだけ、ついていけぬ理由がある」
「これはドラゴンの誇りにも関わるのじゃが」
「人が、魔物を討伐するということじゃ」
「わかっておる」
「人にとって、それは仕方のないこと」
「わしもそこに怒ったりはせぬ」
「じゃが、それは魔物の世界に生きておるからなのじゃ」
「ドラゴンは魔物の頂に立つものじゃ」
「じゃからこそ、秩序を乱さぬように生きておる」
「好き勝手に爪を振るえば、山も街も壊してしまうからの」
「……このまま、魔物として生きるなら」
「おぬし達が魔物を殺すことも」
「弱肉強食として受け入れることができる」
「それが魔物のルールじゃ」
「しかし、人の世で生きるなら」
「わしは人の倫理に従わねばならぬ」
「じゃが、わしは」
「ドラゴンとしての」
「魔物としての、自分を捨てることもできぬ」
「誇りがあるのじゃ」
「そうなれば」
「わしは、魔物でありながら」
「人の倫理に従って、魔物を殺すことになる」
「同胞を殺すことは、おぬしらにとっては罪なのじゃろう?」
「……本当は、おぬし達についていきたい」
「もっと遊びたいのじゃ」
「しかし、これ以上近づくことは」
「どうしても、できぬ」
「…………」
「そう難しい顔をするでない」
「人にも魔物にも、事情があるということじゃ」
「おぬし達が旅をするなら、この先もわしのような魔物に出会うことがあるじゃろう」
「きっと、おぬし達と共にいたいと願う魔物は多い」
「じゃからな」
「わしとは違う選択をする者もおるかもしれん」
「その時は、人と魔物の狭間で揺れるそやつのことを、気にかけてやってくれ」
「…………」
「頼んだのじゃ」
「…………」
「意外とはなんじゃ、意外とは!」
「ドラゴンとしては若いが」
「おぬし達の何倍も生きておるのじゃぞ!」
「ふふん!わしは偉いのじゃ!」
「……では、またなのじゃ」
「共に生きる仲間にはなれぬが」
「友人としてなら」
「おぬし達の力になれることがあるかもしれぬ」
「……じゃから」
「また来るといい」
「珍しいお菓子をたくさん持ってくるのじゃぞ?」
「うむ、約束じゃ」
ドラゴンは、街の入り口で青年たちを見送った。
小さな手を大きく振る幼女の姿に、青年たちは顔を見合わせ、少しだけ笑った。
やがて彼らの背中が街道の向こうに消えると、ドラゴンはゆっくりと手を下ろした。
そして、彼らとは別の方角へ歩き出す。
街を離れ、道を外れ、やがて辺りから人の気配が消えた。そこに、人の姿をした者も、もういなかった。
一頭の竜が、空へ舞い上がる。
大きな翼を広げ、険しい魔の山の頂へ向かって飛んでいく。
その途中で、竜は一度だけ眼下を見下ろした。
遠い街道を歩く冒険者たちを、しばらく静かに見守った。




