差し出された手を振り払ったのは
前作「逆境を跳ね返したのは他人の悪意でした」へのリアクション、感想等ありがとうございました。
現世と常世の狭間を管理する天使は、こちらへやってくる若い女に気が付いた。
「おや、カレンさん。しばらくぶ……」
「ちょっと聞いてないわよこの詐欺師!」
挨拶の途中でいきなり怒鳴りつけられ、背中の羽がぶわりと逆立つ。
「なぜ怒っているのですか?」
「なぜ!? はぁ!? 生贄にされて喜ぶ奴がいるとでも思ってんの?」
「あなたが立候補したのでしょう?」
天使は狭間から、カレンの様子をずっと見ていた。正確には、彼女を含めた三人を。
そもそも一番最初に、聖人様にはどなたがなられるかと聞かれて「はい! 聖女はあたしです!」と真っ先に名乗り上げたのは、何を隠そうカレン本人である。
「そっ…れは、でも!」
「国も神殿も、必要なことはちゃんと伝えていましたよ。面倒くさがって聞き流したのはあなたです、カレンさん」
◇◇◇
ことの起こりは、彼女の生まれた世界の基準でいえば二か月前。
現世でイレギュラーが起こって、本来死ぬ運命ではなかった人間が五人死亡した。
将来、とある有害物質を安全に安価に、そして再利用できる別の物質に分解できるシステムを構築することになる子供──仮にA、としよう──を先んじて殺そうとした悪魔がおり、Aの乗っていたバスに乗用車を衝突させたのだ。
原因である事故を引き起こした悪魔は即座に討ち取られた。しかしAの保護と悪魔の討伐が優先された結果、巻き込まれた関係者たちを完全には守り切れなかったのである。
死者を同じ世界に生き返らせるのはルールに反する。
せめて誰にも見られていなければ、特例だのなんだのを駆使する力技も可能だったかもしれないが、無事だった乗客が撮影した事故直後の映像が瞬く間にSNSを駆け巡ってしまったのでそれも不可能になってしまった。
現世と常世の狭間にやってきた被害者には事情を説明し、せめてものお詫びに「希望をある程度叶える形で、優先的に来世に転生」か「生前の記憶と姿を保持した状態で蘇生したのち、別の世界へ転移して人生を仕切りなおす」かを選んでもらった。
五人のうち、乗用車に乗っていた老夫婦は転生へ。来世でも一緒になりたいそうだ。微笑ましい話である。
仕切り直しの転移を選んだ残り三人については異世界からの稀人を求めていた世界へ送ったのだが、そのうちの一人が、今天使の前で怒髪天を突きそうなこの女、カレンであった。
「あいつらはどうしてんのよ」
「あいつら?」
「メガネブスと口煩いババアよ! あたしと一緒に、あの世界に行った!」
「そのようなお名前は存じませんが、あなたと共に転移したミズホさんとトモコさんなら、最初に降りた国の国境を越えて冒険者をやっていますよ」
イレギュラー案件の転移者は、死ぬまで見守りの対象になる。正確には、無事に元の──転生への道に進むまで。だから、同時進行で天使は三人の様子を見ていたのだ。
二人の冒険者としての活動は薬草の採取がメインのようだが、そもそも彼女らは最初からスリルや大活躍など求めていなかった。ずっと平和な世界で生きてきていたし、転移にあたって新たな力を貰ったわけでもない。
ただ、後ろ盾のない根無し草でも、あの世界なら冒険者登録をして一定期間を真面目に働いて過ごせば市民権を買える。そうすれば他の安全な職にも就けるようになるのだ。だから今は、地に足を付けてこつこつ頑張っている最中である。
二人の年代は離れているものの、同郷の友として仲良く堅実に過ごしている。女一人で常識も治安も異なる世間を渡り歩くのは危険だと、きちんと理解しているゆえに。
「はぁ!? なんなのそれ! 自分らだけ助かるとかマジありえないんだけど!」
そして逆に、解っていなかったのが──
「向かう先の世界に危険があるかどうかは分からない、充分に気を付けてと私も言いましたよね? トモコさんとミズホさんは私の言葉を真剣に捉えて安全な道を選んだだけです」
稀人を求めていたのは、とある世界の「諸国平和連合」という組織だった。様々な事情を抱えた各国が、広く信仰されている現地の宗教の橋渡しを受けつつ、協力して共通の問題に取り組むための団体である。
その代表が所属する国の王城に、三人は召喚という形で降りた。
大陸の安寧を維持するためとはいえ、稀人を犠牲にする際には事前に必ず説明し了承を得るよう神殿から義務づけられ、魔法契約で縛られてもいた。だから、隠し立てされることもなく最初に告げられた。
「聖人様となられるお方には、大陸を防護する結界の礎である聖石へ魔力を注いでいただきます。これには身命を賭す必要がございますが、お役目を果たされる日までは、せめて何不自由ない最上の生活を送っていただきます」
と。
「しんめーを、とす? ってナニ」
「命を懸けるって意味よ」
首を傾げたカレンに意味をかみ砕いて教えたのは、顔を青ざめさせたトモコ。ミズホも、伝えられた言葉の端々から滲み出る不穏な空気を察して黙り込んでいた。
「あーね、一生懸命にやれってことか。そんなん当たり前じゃーん?」
何より、その場の空気はかなり異様だった。それに気付かず、話の内容を重く捉えなかったのは本人の落ち度だ。
「ドレスも宝石も最高級品! 王子様はあたしに夢中! 聖女様ヒロイン生活サイコー!」
聖人となった後の贅沢三昧と接待役の王子の美貌にばかり気を取られ、散々堪能したのも。
「地味なメガネがあたしに勝てるわけないじゃん? すっこんでれば?」
心配して声を掛けるミズホを勝手にライバル視して嘲笑ったのも。
「マジうざ! なんなのあのババア」
忠告してくれるトモコを煙たがって遠ざけたのも。
「──全て、あなた自身でしょう?」
「そんなの知らなかったんだからしょーがないでしょ! とにかくあの二人に何かのペナルティ与えてよ! 負け犬のくせにあたしを犠牲にして幸せに生きるとか許せないんだけど!」
天使は息を吐いた。体から全ての空気が抜けそうな程の、深い深い溜息を。
「そもそものお話ですが、あのお二人は、わざわざ危険を冒してまであなたを迎えに来てくれましたよね? それをあなたは断った。しかも罵倒付きで」
「ほら! やっぱ危険だって知ってたんじゃん!」
「勘違いしないでください。聖人になってしまったあなたを、連れて逃げるのが、危険だったのですよ」
聖人は、身命を賭して大陸を守護する結界の聖石に魔力を注ぐ。
それが慣用句ではなく言葉通りの意味だと理解していた二人は、王宮から出る前にカレンの滞在する部屋まで迎えに来てくれていた。武器を持った兵に大陸中を追われることになると承知で、それでも一緒に逃げようと。
なのに、カレンは二人の覚悟と気遣いを「あたしが若くて美人で王子様にモテてるのがそんなに気に入らないんだ? バレバレの嘘まで吐いて、ブスとババアの嫉妬エグ! てかマジキモいんですけど」と嘲笑したのである。
二人の顔から、あらゆる感情がごっそり抜けた瞬間を、天使は見ていた。
カレンはその反応を図星を指されたと捉えて「ガチウケる」とせせら笑っていたが、違う。
ミズホは学校では校則に従って素顔でいただけで、化粧した自分が客観的にどう評価されるかを知っていた。トモコに至っては、「まあ、気に入らない相手を罵るならブスかババアの二択よね。高校生から見れば、三十越えてりゃおばさんだろうし」と笑ってすらいた。
三十代のトモコにとって高校生のカレンは保護すべき未成年で、ミズホにとっては元クラスメイトの顔見知り。だから最後まで見捨てずにいたのに、あのような暴言を投げつけられれば助ける気も消え失せるだろう。
何も知らず、知ろうともせず、話を聞く気もない。おまけにマウントを取ってこちらを一方的に見下してくるような相手に、理解できるまで懇々と言い含めてくれるのは親くらいだ。
彼女の態度を見て、二人は思ってしまった。
「仮に連れ出せたとして、今後もずっとこの態度でいるだろう人の面倒を見続けるのか? そもそも他人を平然と面罵するような人と自分たちの命を天秤にかけられるか?」
──と。
カレンは二人を捨てたつもりで、実際には諦められて捨てられたのである。
「差し出された手を、無償の隣人愛を手酷く振り払ったのはあなたです。なのに、善行を褒めこそすれ、二人を罰しろとは?」
「じゃ、じゃあ、あいつらはもういいわよ。それよか大事なのはあたしの今後! 今度はもっとマシなとこへ転移させてよね!」
「あなたが行くのは来世ですよ。転生への道です」
「は?」
「不測の事態で特別に仕切り直した一生を、あなたは終えたのですから。……ああ、ちなみに残るお二人も、あちらで死亡すれば転生へ進みますのでご安心ください」
◇◇◇
何をどれだけ説明しても納得しなかったカレンは、最終的には治安維持を担当する天使たちに拘束され、ギャアギャア喚き散らしながら連行されていった。
見送った天使は温かいお茶を淹れ、一口飲んでようやく人心地ついた。滅多に感じないはずの緊張がようやく解け、天使は緩く首を回す。
確かに、カレンは新たな人生で忠告を聞かずに下手を打った。
元の世界では生徒同士の立ち位置に固執していたから、新たな世界でトップになれると思い込んで空回ってしまったのだろう。そして、助けようとした二人を敵視して遠ざけ、見下し、疎ましがった。せっかく得られた自分の特権的な地位を脅かしかねないと。
「……トモコさんもミズホさんも、カレンさんの身代わりなど望んではいなかったというのに」
転移後の世界では、人類は一つの大陸に押し込められるようにして存在していた。
他の大陸には魔物が棲んでおり、ときどき強大な個体が海を越えて人の生存圏を侵そうとする。領土争いなどしていられない人類は諸国平和連合を作り、大陸を丸ごと囲う巨大で強固な結界を作り上げた。
しかし、大きく強い守りは言うまでもなくコストが高い。
維持するだけで莫大な魔力を食うため、定期的に各国が持ち回りで魔力量が豊富な人間を何人も犠牲にしてきた。限りなく毒に近い劇薬だと解っていながら、魔物を根絶やしにする手段がない以上は無くすわけにいかぬと涙を呑んで。
風向きが変わったのは、たまたま異世界から稀人がやってきたことだった。
異世界の知識の価値はそれほどでもなかったが、莫大な魔力を持ち、好奇心も旺盛。彼は何も知らぬまま結界を維持する要石である聖石に駆け寄り、止める間もなく無邪気に触れて死んでしまった。
それは純然たる不運な事故であり、誰も何も目論んではいなかった。
だが、齎された結果は、諸国平和連合に属する者たちの心に魔が差すのに充分だった。
たった一人の命で実に二百年分の魔力が補充されたのを見れば、それも致し方ないといえるかもしれない。
魔力量の多い人間というのは即ち優れた能力を持つ人であり、特権階級に多く生まれる。犠牲を減らせるものなら減らしたい。身分も身寄りもない異世界からの稀人一人で長く補えるならば、自分たちの故郷の優秀な人材を何人も死なせなくてもいいのではないか、と。
それを窘めたのは、高齢のため神殿の最高指導者を退いたばかりの男だった。
無理矢理に人身御供を強制するのでは魔物と変わらぬと叱責し、どうしても稀人を犠牲にするなら、必ず説明するよう責任を負わせた。聖石に魔力を捧げる人を「聖人」と呼び、お役目を果たすまでの間は何不自由なく生活させるよう指導したのも彼である。
なお、本人は稀人の扱いに関する決まりを一通り制定したのちに自ら聖石に触れた。もともとその予定だったのだから、遅くなったが稀人のお供をして参りますと言い残して。
「だから各国は、稀人にはきちんと説明をして了承を得たうえ、厚く遇しなくてはならなくなった。それぞれの王家に魔法契約を結ばせたから」
次は二百年後なのだからと諸国平和連合を言いくるめ、契約を結んだ王朝が一つでも残っていれば有効になるようになっていた。
ただ、各国が魔法契約に応じた理由は実のところ「説明して了承をもらう」こと自体に詳しい規則や作法を決めていなかったからである。
元最高指導者の老人は人の善性を信じすぎていて、悪意に疎かった。詰めが甘かったともいえる。だから諸国平和連合は契約の網の目を潜り抜け放題だったのだ。
不都合な事実を「聞かれなかったから」と開示しないのも、何なら老人が窘めた「脅しつけて了承させる」手段も禁じられていない。たまたま今回は強硬策に出る必要がなかったから、紳士的なやりとりで済んだだけだ。
カレンは「あんな説明で分かるわけないじゃん!」とお冠だったが、他の二人は真面目に聞いていたし理解もできていた。だから城の人々からは犠牲になってくれる聖人様に会わせるのを渋ったし、さっさと追い出したがって気前よく手切れ金を握らせたのである。せっかくこの世界の住人の身代わりになってくれる貴重な人材なのに、途中で心変わりなどされては面倒だと。
ちやほやされて有頂天になっていた彼女だけが、何も見えてはいなかった。
若さゆえの未熟という言葉では説明がつかないような失態だった。けれど、天使の誘導に従って素直に生まれ変わっておけば、聖人としての功績で来世は明るいものになっていたのに。
なのに我儘を並べ立て、ごねにごねて、挙句の果てに天使に掴みかかった。危害を加えようとしたのだ。
気の毒だが、今後は恐らく、人間に生まれ変わることはない。昆虫あたりがせいぜいだろう。
「──さて、そろそろトモコさんとミズホさんのもとにもカレンさんの情報が届くころですね」
独り言ちる天使に、罪悪感などというものはない。なぜなら、どのような世界でも、身の危険を完全に排除するのは不可能だと考えているからだ。生贄候補に対して事前に説明があったぶん、他より親切だと思ってすらいる。
◇◇◇
天使が見下ろす下界で、二人の転移者は号外に仲良く目を通していた。
常に慎重に安全マージンを取る彼女らが、生を全うするのは当分先になりそうだ。それまでイレギュラー対応としての見守りは続くが、どちらにせよ天使にとっての数十年程度は誤差の範疇である。
「──ああ、やっぱりあの人死んじゃったんだ」
街を出る直前に新聞売りが号外を販売し始めたから、二人は一部購入してから仕事へ行っていた。今は昼食の休憩時である。
見出しには大きく、「聖人様の尊き殉教、大陸を照らす」とあった。
わざわざ殉教と書くのは宗教団体が威光を広く知らしめたいのか、それとも人々の後ろめたさを薄めるためなのか。
信仰もしていない稀人の二人にとっては、どちらでもいい。きっと死んだ彼女もそうだっただろう。
「私たちがお城を離れてから一か月半、か。長かったのか短かったのか……」
「…………」
「仕方ないよ瑞穂ちゃん、私たちはやるべきことはやったんだから」
「……そう、だよね」
号外を折り畳んで鞄に入れ、思い思いに黙祷してから、座っていた木陰から一歩踏み出す。
「そもそもだけど、どうして可憐さんは聖人になりたがったのかな。私たちが生まれた世界でも、『聖人』なんて呼ばれてる人は大体悲惨な死に方してるでしょうに」
乳房を切り取られただの、火刑に処されただの、たった十三歳で売春宿に裸で売り飛ばされただの。
だから知子にしてみれば「聖人としての役目」なんて、土中に埋まってすらいない地雷である。派手に爆発するのは火を見るより明らかだった。豪華な衣食住も、下にも置かぬもてなしも、近いうちに死ぬからこその餞なのだと容易に想像がつく。
だからちゃんと忠告したのに、彼女はわざわざ地雷を踏みに行く道を驀進してしまったのだ。
「あぁ……あの人、そういう歴史的な話は知らないと思う」
「そうなの?」
瑞穂は一年生の時、可憐と同じクラスだったから元々面識はあった。
真面目な生徒を陰キャと呼んで馬鹿にしていたので特に仲良くもなかったけれど、声が大きくて目立っていたから憶えていたのである。
そんな彼女の姿を世界史の選択授業では見なかったし、そもそも勉強自体にあまり興味がなさそうだった。それは二人の進路が特進コースと一般コースに分かれても変わらなかっただろう。
「ただ流行ってたの、あっちの世界で。異世界で聖女になった女の子がイケメンに溺愛されて幸せになる、みたいなお話が」
「小説とか漫画とかアニメとか?」
「うん。あの人はそういうのオタクくさいって馬鹿にしてたと思うんだけど……」
「半端な知識だけはあって、『お話のやつと同じだ!』って信じちゃったのかなぁ」
「多分、そう。お城の人たち、あんなに怪しかったのに……」
城を離れる際に生活費としていくばくかの金銭を貰っていたが、それと一緒に「こちらは身を守るための護符です」と親切そうな顔で渡された魔道具はどう見ても不審だった。
一目見た知子の「多分だけどこれ、私たちの世界でいう紛失防止タグみたいなやつだと思う」という言葉は、実際のところ的を射ている。万が一、可憐が使えなくなった時の保険として二人の居場所を把握しておくためのものだったのだ。
ちなみに胡散臭い魔道具は、それぞれ別方向に向かう商隊の馬車に隠しておいた。「ネズミっぽいものが荷台の中に入るのを見た」と言えば大慌てで荷を改め始めるから、その隙にささっと紛れ込ませれば楽勝だった。
冒険者登録をして登録料を支払い、国境を越えられる身分を手に入れて最速で国を脱出し、安全で格安な宿の一室を拠点として押さえ、必要な道具を揃え……とやっているうちに、貰ったお金も底が見えてきてしまった。そこから二人でがむしゃらに頑張り、何とか生活が軌道に乗り始めたところである。
まあ、最初に降りた国を出たとしても、指名手配されるなら大陸全土だろうから無駄といえば無駄なのかもしれないが、単純に気持ちの問題だった。危険地帯だと解っている場所の傍では、おちおち眠れもしない。
「例の魔道具の件もちゃんと話したのにねぇ……」
知子は、見つけた薬草の周りに慎重にスコップを入れた。仕事が丁寧だという評価は、いずれ市民権を得た後でも役に立つ。
地に足付いた真面目な生活というと、死んでしまった彼女は「何それ地味! ないわー」と鼻で笑うだろうが。それでも、華やかで短い花火のような一生よりはずっと良いと知子は思う。死んだ後で称えられても意味はないし。
ただ、可憐の考えはそうではなかったのかもしれない。若い身空で死ぬのは気の毒だと思って迎えに行ったけれど、彼女にとっては余計なお世話だった可能性もあった。
「……はー、暗い話はやめやめ。そういえば瑞穂ちゃん、市民権を買ったらどんな職業に就きたいの?」
二人で生活を始めたばかりの頃は、今日を生き抜くのに必死だった。具体的な未来を考えられるようになったのは、ごく最近の話である。
「私は……ちょっと迷ってる。実は、趣味でレイヤーを……ええと、コスプレって分かる?」
「好きな作品の本格的な仮装をするっていう、あれ?」
「うん、それで合ってる。私、コスプレイヤーだったの」
「えー、何だか意外。すっぴんしか見たことないからかな? お盆のニュースで見たのは皆、結構ガッツリお化粧してた気がするし」
「あはは、そうかも。学校では隠してたし。でもせっかく違う世界に来たんだから、もっと素直にやりたいことして生きてみてもいいなって……。メイクとか服作りとか得意だし、立体裁断はこっちでは珍しいテクニックになりそうだし」
王妃のドレスですら、布を体に美しく添わせるという技術がほとんど使われていない。布の切り替えもダーツも、もうちょっとどうにかならなかったのかというのが瑞穂の正直な感想だった。
「自分に正直、いいね! 洋裁と刺繍なら、私も趣味だったよ。だから、こっちの世界ではお針子さんになりたいなって思ってたんだ」
「え、本当? じゃあ……」
「二人でお金を貯めて小さなお店を出す、っていう未来も素敵ね。あなたさえよければ、だけど」
「やったぁ! ぜひぜひ! 知子さんと一緒なら安心して働けそう!」
「私もよ。改めてよろしくね、瑞穂ちゃん」
「こちらこそ!」
──のちに、この二人が共同で服を仕立ててメイクまで一括プロデュースする店は、一躍有名になって繁盛することになる。
「……もしカレンさんがお二人と脱出して生きていたら、モデルとして耳目を集めていたかも……いえ、その前に地味な下積み期間を嫌がって決別していたでしょうか」
楽しそうに働く二人を眺めつつ、天使はお茶の時間を少しばかり延長したのだった。
お読みいただき、ありがとうございました。
↓以下は、本分に入れるには冗長になるので削った設定です。
結界は急ごしらえのものを見切り発車で発動させた上に作成方法も失伝しているため、聖石の改造はできません。
なので「一度触れたが最後、途中で魔力の吸収を中断させることもできない」危険な仕様からの変更もできませんでした。この世界に生きる皆の魔力を一律1%ずつもらいます、とかに変えられるなら誰も死ななくて済むのですが。
あと、聖石が魔力を上限まで溜めるには相当な量が必要になります。最初の稀人の場合もあくまで「聖石に込められた魔力が枯渇するまで二百年」であり、満タンにはなっていませんでした。なので後を追って殉教したご老人の分の魔力も無駄にはならず、無事に聖石に溜まっています。
ただ、稀人二人分までの量は溜められないうえ、上記の仕様(満タンになっても中断させられないので魔力を吸い続け、限界を超えた時点で聖石が破裂して壊れてしまう)のため、聖人となる稀人は一人で充分でした。
また、作中に天使とか悪魔とか出てきますが、彼らについて特に詳しく設定は練っていません(そもそも天使のいる宗教で転生の概念があるのは一部の宗派だけですし……)。舞台装置の一つだとお考え下さい。




