婚約破棄された地味令嬢ですが、神様にもらった鑑定眼で「あなたの一番大切なもの」盗ませていただきます。~異世界転生して怪盗始めました~
異世界に転生しました!
……って言うと格好いいんだけど、全然この世界に慣れない。
私はミリア・ヘイズ。子爵家の一人娘で、今年十八歳。
前世はゲームとアニメが生きがいの社畜OLだった。
毎日終電で帰って、推しのソシャゲのログインボーナス回収して……泣きながら寝る。
そんなテンプレートな一般人の生活。それが私の人生だった。
ある日、過労で倒れて……目を覚ましたらこの世界に転生していた。
「お嬢様、今朝のスコーンは焼きたてでございます」
侍女のカティがスコーンが乗った盆を持ってくる。
この世界にきてから朝ごはんは毎朝スコーンと紅茶だ。
「ありがとう、カティ」
笑顔を作って、出されたものを食べる。
温かくて美味しい。いや、美味しいんだけど……
……三年間、毎朝スコーンなの、しかもおんなじ味!
毎朝スコーンでもいいから、せめて味のローテーションないの?
この家にはメニュー開発担当がいないの?
でも、朝から暖かい物を食べれることは嬉しいかも。
毎朝急いで出勤してたから、朝ごはんなんか食べる暇なかったし……
そして朝ごはんを食べて着替えた後は、他のご令嬢とのお茶会。
礼儀作法とか、最初は何もわからなかった。
けど、家に礼儀作法の先生が来て……もうそれはそれはみっちり叩き込まれたから、今は完璧。
まあお茶会自体は大体同じメンツで、同じような話をしてるだけだから、楽しくもない。
うわべだけで何考えててるかわかんないし……
女の子だけの集まりは、前世からも苦手。
そのお茶会が終わった後は、優雅にお茶を飲みながら刺繍。
夕方は夜会の準備や、寝る前に少し花壇の手入れや読書。
大体これの繰り返し。
前世で二千時間やり込んだ『蒼穹のエテルニア』だったら、今ごろレベル50で魔法ぶっ放してたのに……
夢に見た異世界転生!?って思って期待してたのに、冒険もダンジョンもスキル習得もなくってほんとにつまんない。
この令嬢ルート、レベル1のまま経験値が入らないチュートリアルの無限ループ?バグじゃないのこれ……こんなの修正必須だよ。
まあでも唯一の楽しみは……いや、楽しみって言うと語弊があるんだけども。
そう、私の婚約者のセドリック様。
侯爵家の次男で、身長も大きくて顔がいい。すごく。
前世の推しキャラにちょっと似てる。もちろん、ちょっとだけね、推しの方がイケメンだし!
そこだけがこの世界で生きるモチベーションだった。
だった、のに。
「……ミリア嬢、今日の夜会には出席されますか」
最近のセドリック様は、こうだ。
私に目も合わせない。声もなんかテンション低いし、顔も嫌そう。
そもそも私と会話するのも一日で一回あるかどうか。
私のこと嫌いになった?でもなにかした覚えもないけど…
「……はい、もちろんです」
「わかりました」
それで終わり。今日一日の会話は終了。
……え、マジでそれだけ?
半年前は全然違ったのに。
「今日は寒いですね、風邪をひかないように」とか「髪を変えたのですか、似合っていますよ」とか……
そのくらいの言葉はくれたのに。
まあでも、理由は大体検討が付く。
聖女ソフィア。
三ヶ月前に召喚された、金色の髪の……まあ、綺麗な人だ。
いや、めちゃくちゃ綺麗。ゲームだったら間違いなくSSRの排出演出が入るだろう見た目をしている。
セドリック様がソフィア様を見る目は、前世のオタク仲間が推しを自引き時と同じだった。
とってもキラキラしてた。
……わかってるよ。わかってるけどさ。
その夜のことだ。
夜会が終わって、急にセドリック様から庭園のテラスに呼び出された。
庭園から見える月はすごく綺麗だった。
ロマンチックな場面で、ゲームならここで告白イベントが発生しそうなのに……目の前にいるセドリック様は少し申し訳なさそうな顔をしていた。
「ミリア嬢。大切な話があります」
「はい」
「……婚約を、解消させていただきたい」
ついに来ちゃったか……
心のどこかで私も気付いてた。なんとなく予想もしてた。
でも、実際に聞くと……喉の奥がぎゅっと詰まって、苦しい。
「……理由を、聞かせてもらえますか」
「聖女ソフィア様のおそばにいることが、私の務めだと考えるようになりました。ミリア嬢には大変申し訳ないのですが……」
「私のことは最初から、どうでもよかったんですか?」
あっ、やっちゃった……
つい、感情のまま話しちゃった。止められなかった。
セドリック様は一瞬だけ目を逸らして、苦しそうな顔をしていた。
「……そういうわけでは」
「じゃあ、どういうわけですか」
「……ヘイズ子爵家の鉱山の採掘権の移譲は、先月完了しています。今後の協力関係については別途……」
ああ…そういうことね。
採掘権。そう、うちの家の鉱山。
それが目当てで婚約して、手続きが済んだから、もう用済みってこと。
聖女様は体のいい口実だろう。
全部、わかった。わかっちゃった。
「……わかりました」
「え……」
「婚約の解消、承諾します」
「……随分あっさりと」
「あっさりなんかじゃないです。ぜんっぜんあっさりじゃないです。
でも……あなたに縋りつくほど、私は落ちぶれてませんから」
声が震えた。泣きそうだった。
でも泣くのは後にする。この人の前では絶対に泣かない。
「では、これで」
セドリック様が去っていく背中を見ながら、私は唇を噛んだ。
悔しい。
悔しい悔しい悔しい!
何が「務め」だ。何が「申し訳ない」だ。
最初から利用するつもりだったくせに。
私の三年間はなんだったの……毎朝スコーン食べて刺繍して夜会に出て、あなたの横で笑って、それが全部……ただの時間稼ぎだったの?
目の奥が熱くなって、視界がぼやける。
涙が止まらない。
……その時、私の視界に異変が起こった。
最初は涙で視界がおかしくなったのかと思った。
目の前のテーブルの上のティーカップに、数字が浮かんでいた。
薄い光の文字。
市場価値: 12 持ち主への価値: 2
……ん?
瞬きをしても消えない。
その数字は隣のキャンドルスタンドにも。
市場価値: 45 持ち主への価値: 8
テラスの手すりの装飾にも。
花瓶にも。椅子にも。見るもの全部に、謎の数字と文字が浮かんでいる。
何これ。何これ何これ何これ。
「え、ちょっと、なに……」
混乱しすぎてつい声が出た。
でも周りには誰もいない。セドリック様はもう行ってしまったようだ。
数字が見える。モノの価値が、スコアとして見える。
……あ!!
思い出した。転生した時、声が聞こえたのだ。
なんとなく覚えている。
ぼんやりとした光の中で「ギフトを授けます」と。
あの時は変な夢だと思って忘れてたけど……
これが、神様のギフト。
「鑑定眼……みたいなやつ?」
ゲームでよくあるスキルだ。アイテムの性能が見えるやつ。
でもこれは「持ち主への価値」まで見える。
その人にとって、そのモノがどれだけ大切かが、数字でわかる。
私はふらふらと立ち上がって、さっきまでセドリック様が座っていた椅子に近づいた。
椅子の上に、忘れ物があった。
革製の書類入れで、中身が少し見えている。
ちょっとだけ中身を確認させてもらおうかな……
鉱山採掘権譲渡契約書(写し)市場価値: 2,400 持ち主への価値: 98,800
98,800……すごく高い。
私との婚約指輪は……そういえば控えの間のテーブルに置き去りにされていたのを思い出した。
急いで確認してみると……
婚約指輪 市場価値: 9,000 持ち主への価値: 6
書類が98,800で、私との婚約の証が6。
どうやらこの数字たちは間違っていないようだった。
数字で突きつけられると、言い訳のしようがない。
セドリック様にとって私は最初から、この書類以下の存在だった。
涙が書類の上に一滴、また一滴と落ちていく。
「……ああ、そっか」
声が震えた。でも、不思議と頭は冷えていた。
「最初から私じゃなくて、これが欲しかっただけだったんだ……」
悔しいのに、笑えた。なんか笑えた。
全部数字で見えちゃうの、残酷だけど……すっきりする。
もう疑わなくていい。答えが全部見えるんだから。
だったら。
「奪い返してやる」
呟いた瞬間、胸の奥で何かがカチッと填まった。
前世じゃ理不尽に耐えるしかなかった。
ブラック企業に搾取されて、文句も言えなくて、最後は過労で死んだ。
でもこの世界には、私には鑑定眼がある。
その人の「一番大切なもの」が見える。
やられっぱなしは、もう終わり。
翌日から、私は動き出した。
まずカティに頼んで、王都の文具店で上質な便箋を買ってきてもらった。
「お嬢様、お手紙ですか!どなたにですか?」
「……ちょっとね。秘密」
「まあ!」
カティが嬉しそうに目を丸くした。
恋文だと思ったらしい。違うけどいい感じに勘違いしてるからいいか……
便箋に、丁寧な字で書いた。
『セドリック・オーウェン様。あなたの一番大切なもの、いただきます。月光怪盗』
セドリックに怪盗の予告状を出した。なにも言わずに盗むより、この方がビビりそうでいいかも。
前世でアニメの怪盗モノが好きだった知識が、まさかこんな形で役に立つとは思わなかった。
なんか…本当にアニメの怪盗みたいでかっこいいかも!
三日後の深夜。
私は黒いローブを被って、セドリック様の屋敷に忍び込んだ。
心臓がうるさい。手も足も震えてる、全身震えてる。
「大丈夫、大丈夫……やれる、私ならやれる……多分……」
多分って……自分で言ったのに、なんか弱そうな怪盗みたいになっちゃう。
私、自信もって。あいつにぎゃふんと言わせてやるのよ。
なんとか屋敷に忍び込むのに成功して、セドリック様の書斎に入った。
鑑定眼を使っていてわかったことがあって、このスキルは私の意志でオンオフができるようになってるみたいだった。
そして観察眼を発動させる。
ばっと、部屋中のモノにスコアが浮かぶ。
金庫の中の宝石類は市場価値こそ高いけど、持ち主への価値は二桁。どうでもいい品ばかりだ。
金庫はハズレかな。
机の方に向かう。机の小さな引き出しには鍵がかかっている。
でも子爵家の令嬢は鍵開けくらい……いや、できないよ普通!
でもなんとか見よう見まねでヘアピンでがちゃがちゃやってみると……なんか開いちゃった。
鍵開けもできるなんて、自分の才能が恐ろしい。
引き出しの中に、それはあった。
鉱山採掘権譲渡契約書(原本)— 市場価値: 50,000 / 持ち主への価値: 100,000】
これだ。
震える手で掴んだ。持ち上げた。
「……返してもらうよ。これは、うちのものだから」
書類を懐に入れて、代わりに小さな手紙を引き出しの中に置いた。
『大切なもの、頂きました。月光怪盗』
屋敷を出て、裏路地まで走って、誰もいないことを確認して…壁に背中をつけた。
「っやった……! やった! やったよ私!」
声を殺して、でも体が跳ねた。
前世で推しがガチャで来た時以来の興奮。いやそれ以上かも。
これは自分でやったんだ。自分の手で、自分の力で、奪い返したんだ。
目から涙がぼろぼろこぼれた。嬉しくて泣くのは初めてだった。
帰宅して、カティに見つからないようにローブを隠した。
ベッドに潜り込んで、採掘権の書類を胸に抱いた。
「……もう、やられっぱなしは終わりだから」
翌朝、王都は騒然としていた。
侯爵家の次男、セドリック・オーウェンの書斎に何者かが侵入し、最重要書類が盗まれた。
残されていたのは予告状だけ。
「月光怪盗ですって! なんてロマンチックな名前!」
お茶会で令嬢たちがきゃあきゃあ言っている。
「怖いわ、でもちょっと素敵……予告状を置いていくなんて」
「セドリック様は大層お怒りだとか……」
「でも盗まれたのは宝石じゃないんですって。なんらかの書類だとか」
私は紅茶を飲みながら、静かに微笑んだ。
「それは大変でしたわね」
完璧な令嬢スマイル。今までの努力と忍耐がここで活きた。
「ミリア様は大丈夫でしたか?元婚約者様のお屋敷ですし……」
「ええ……でももう、関係のないことですから」
寂しそうに目を伏せる。演技。全部演技。
他の令嬢達には、セドリックに捨てられた、可哀そうな人間に映っているだろう。
内心はもうめちゃくちゃガッツポーズだっけどね。
でも、問題もあった。
セドリック様だけが悪いわけじゃない。
この王都には、同じように人を利用して、踏みつけて、平気な顔をしてる連中がごろごろいる。
お茶会の席で、令嬢たちが笑いながら話すのを聞いた。
「ヴェルナー伯爵が、また孤児院の寄付金を流用しているらしくてよ」
「まあ、いつものことでしょう」
いつものこと。いつものこと、で済ませていいのだろうか……
鑑定眼で周囲を見る。
伯爵家の令嬢がつけている首飾りのスコアが浮かんだ。
ルビーの首飾り 市場価値: 3,200 持ち主への価値: 15
これもどうでもいい物。
じゃあ伯爵が一番大切にしているものは何か、調べる価値がある。
私はカティに言った。
「ねえ、ヴェルナー伯爵のお屋敷のお茶会に、招待状を出してもらえないかしら」
「え……ですが、あそこは格が高いですし、子爵家では難しいかと……」
「婚約破棄された哀れな令嬢が、慰めを求めて社交界に戻ろうとしている……って言えば、同情で入れてもらえるんじゃないかしら」
「お嬢様……それは少し……」
「大丈夫。弱い立場って、使い方次第で最強のカモフラージュになるから」
カティが不安そうな顔をした。
でも私の何かに気づいたのか、黙ってうなずいた。
「……お嬢様、最近なんだか雰囲気が変わりましたね」
「そう、変わったの。もう退屈してる暇はないから」
そんなある日、厄介な人物が現れた。
「ミリア・ヘイズ嬢ですか」
声をかけてきたのは、黒髪の青年だった。
整った顔立ちに鋭い目。王都警備隊の制服を着ている。
「はい、そうですが……」
「王都警備隊のレオン・アッシュフォードです。
最近、王都で起きている窃盗事件について、少し話を聞かせていただきたい」
バレたかとおもってすごくびっくりした。
落ち着け、落ち着け私。笑え。地味な令嬢の顔をしろ。
「窃盗事件……噂の月光怪盗というやつですか?怖いですわね」
「ええ……ミリア嬢は、セドリック・オーウェン氏の元婚約者ですね」
「はい。先月、婚約を解消されました」
「最初の被害者の元婚約者に話を聞くのは、捜査の基本でして」
「もちろんです。私にお答えできることがあれば」
笑顔。完璧な笑顔。震えるな、私の手。
質問に答える間、レオンさんはじっと私を見ていた。
観察するような、品定めするような目。
幸い、質問の内容も特に変わったものはなかった。
「失礼しました。お時間をいただきありがとうございます」
去り際に、レオンさんが振り返った。
「一つだけ。月光怪盗は、盗んだものの選び方が変わっているんです」
「と言いますと」
「金目のものは一切手をつけていない。代わりに、持ち主が一番失いたくないものを正確に盗んでいる。
まるで……その人の心の中が見えているかのように」
背筋がぞくっとした。
「それは……不思議な話ですね」
「ええ。不思議です」
レオンさんが去っていく。
私は微笑みを保ったまま、心の中で叫んだ。
やばい……勘が鋭すぎる。あの人、絶対に普通の捜査官じゃないかも。
でも、引き下がるつもりはない。
セドリック様の悪事はあれだけじゃない。
聖女ソフィア様を政治的に利用しようとしている計画がある。
お茶会で断片的に聞いた話を繋ぎ合わせると、密約書が存在するらしい。
鑑定眼で見れば、それがどこにあるかきっとわかる。
三日後の夜。
二度目の侵入は、一度目よりも手が震えなかった。
セドリック様の私室。前回とは違う部屋。
鑑定眼を発動させると、部屋中にスコアが浮かぶ。
棚の上の勲章。市場価値: 800 持ち主への価値: 200
壁にかけられた剣。市場価値: 3,000 持ち主への価値: 500
どれも、「大切なもの」の域には届いていない。
もっと奥にあるのかも。
寝室の隣の、鍵が三重にかけられた小部屋。
ヘアピン三本と、前回の経験と、あとちょっとの運で……なんとか開いた。
部屋に入った瞬間、目が眩んだ。
たった一枚の紙が、光っていた。
聖女ソフィア利用計画に関する密約書
市場価値: 10,000 持ち主への価値: 100,000
100,000。今まで見た中で、一番高い数字……
これがセドリック・オーウェンのすべてだ。
婚約指輪は6。私との三年間はゼロに等しかったけど……
この紙一枚が、100,000。
「……いただきます」
密約書を懐に入れた。代わりに、最後の手紙を置いた。
『あなたの一番大切なもの、頂きました。これで最後です。月光怪盗』
盗んだ密約書は、匿名で王都時報の記者に届けた。
そこに予告状は添えなかった。月光怪盗の名前は、もういらない。
少しすると、王都は大騒ぎになった。
「侯爵家次男セドリック・オーウェン、聖女利用計画の密約が発覚」
「偽証工作、採掘権の不正取得にも関与か」
お茶会で令嬢たちがざわめいている。
「セドリック様、社交界から追放ですって!」
「しかも聖女ソフィア様ご本人が声明を出して、
私は利用されていただけですって——」
「王太子殿下も激怒されているとか……」
私は紅茶を、いつもと同じ顔で飲んでいた。
何も知らない地味な子爵令嬢の仮面。もうこれも慣れたものね。
セドリック、今頃どうしているかな……まあ、因果応報か。
今日は食べ飽きたスコーンと紅茶も、いつもより何倍もおいしく感じた。
それから数日後の朝のこと。
カティが慌ただしく部屋に入ってきた。
「お、お嬢様! セドリック様が……お屋敷の前に来ていらっしゃいます!」
「……そう」
「どうされますか、追い返しましょうか?」
「いや、いい。私が直接会うわ」
玄関の前に、セドリック様が立っていた。
以前の堂々とした姿はもうなかった。
髪は乱れていて、服も皺だらけ。目の下に深い隈があって以前とは比べ物にならないレベルで豹変していた。
「……ミリア」
「セドリック様。わざわざどうされましたか?」
「戻ってきてくれないか」
「……はい?」
「君がいなくなってから、全部うまくいかなくなった。
採掘権の件も、密約書の件も……私は、君を手放すべきではなかった」
「それは私が必要なんですか。それとも、私が持っていたものが必要なんですか」
セドリック様が言葉に詰まった。
ほら、まーた答えられないじゃん。
この人はいつもそう。
自分にとって都合のいい答えしか用意してない。
結局は自分のことしか考えていなかったってこと。
「セドリック様。一つ、いいことを教えてあげます」
「……何だ」
「人には『その人にとっての価値』っていうものがあるんです。
物にも、関係にも。目に見えないだけで、全部に値段がついてるの」
「何を言っている……」
「あなたが私に渡した婚約指輪。あなたにとっての価値は無いにも等しかった、そうでしょ?」
セドリック様の顔色が変わっていく。
「採掘権の書類と密約書が貴方にとって大切なものだったんですね。
でも私との婚約は……どうでしたか?」
「どうしてそんなことを……」
「どうしてかは、秘密です」
微笑んだ。完璧な令嬢スマイルで。
「もう遅いんです、セドリック様。私が毎朝食べてるスコーンが最近すっごく美味しくて。
カティが新しいお店を見つけてくれたんですよ」
「……何の話だ」
「私の話です。あなたにはもう関係のない、私の毎日の話です」
セドリック様は何か言おうとして……でも、何も言えずにそのまま帰っていった。
その背中を見て、思った。
悔しかった三年間。利用されていた三年間。
でも、あの日々がなかったら月光怪盗は生まれなかった。
鑑定眼も覚醒しなかった。
もちろん感謝はしない。でも恨むのもやめた。
私はもう、前に進んでるから。
カティがお茶を入れてくれた。
「お嬢様、大丈夫でしたか?」
「大丈夫。むしろすっきりしたわ」
「……お嬢様、最近すごく楽しそうですよね。前はなんだか毎日退屈そうでしたのに」
「うん。退屈じゃなくなったの」
スコーンをかじった。
今日のは、いつもと味が違う。チーズが入ってる。
「カティ! これ美味しいわ、以前話してくれた新しいお店の物かしら?」
「そうです、 他にも種類があるそうですよ」
「最高……毎日違う味にして。ローテーション絶対に組んでね」
「はい!」
カティが嬉しそうに笑った。
三年間ずっと同じ味だったスコーンが、今日から変わる。
この世界でも最初の方はただ耐えてるだけだった。
でも今は、朝ごはんが楽しみ。この生活も悪くないって思えるようになってきた。前世みたいにゲームとかはないけどね……
明日はどんな味だろうって、ちょっとだけわくわくする。
月光怪盗はもう引退。予告状を書くこともない。
でも私の鑑定眼は、まだ光っている。
……もし誰かがまた、大切なものを奪おうとするなら。
その時は、また便箋を買いに行く必要があるかも。
でもしばらくは、お休みになってほしいかな。
【完】




