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忘れられた風船

作者: WAIai
掲載日:2026/03/10

「ーあれ」

電車の中に風船が浮かんでいるのを、車掌が発見した。風船といっても、浮かぶタイプのもので、風船の中に風船が入っている可愛いものだった。

「これ、大事なものなんじゃないのか?」

車掌は紐を持つと、風船を軽く叩く。誕生日会とかによく使われるものではないだろうかと推測し、

ー子どもが泣いてないといいけど…。

と想像する。透明な風船の中に入った小さな風船がピンク色という点から、恐らく女の子が忘れたんじゃないかと目星をつける。そういえば、車内を歩いている時、子どもがはしゃいでいたのを思い出し、車掌は顎に手を当てる。

ー探している子どもがいないか、見てみるか。

車内をゆっくり歩きながら、子どもの姿を探していく。田舎の中を走る電車なので、客は少ないが、2両編成だった。夏ということもあり、外から眩しい光が差し込んでくる。車内は冷気が満たされているからいいが、青い田を見ながら車掌は車内を見終わる。

「…いないな…」

困った車掌は、もう一人の車掌に事を話す。すると、やはり心配したようで、

「届けたいですけどね…。どうしましょうか?」

「そうなんだよな…。どうするか」

2人は腕を組み、天井を見上げる。風船は風に揺られており、早く持ち主に会いたそうに少し淋しげだった。

ー反対側の電車に乗れるといいんだけど…。

車掌が思いついたのは、上りと下りが一緒になる時間があり、その時に反対側の電車に乗り込めば、子どもが待っているのに出会えるのではないかというものだった。それをもう一人に話すと、

「いいアイデアですね。駅で待っているかもしれないし」

「そうだよな。俺、反対側の車掌になってもいいか?」

「いいですけど、子どもがいなかったら…?」

「それは…それまでだ」

車掌は風船をしっかり持つと、自分に近づけた。どうして忘れたのかは知らないが、風船が持ち主に会いたがっているように感じた。

ーここは面倒くさがらずに、探すか。

自分にも幼い子がいるので、大泣きしている姿を想像する。

「悪いけど、次の駅で反対側の車両に乗るから」

「分かりました。ただ、1人、応援をよろしくお願いします」

「OK。悪いな」

「いいですよ。子どものヒーローになってあげてください」

もう一人の車掌が親指を立てたので、車掌は苦笑しながらうなずく。電車は入道雲が伸びる晴天のもと、ゆっくりと進んでいく。その速さは風景をじっと見たい客にはいいのだが、風船を手にした車掌は気が気ではなかった。

ーどうか出会えますように。

持ち主はどんな子だろうと考える。多分、忘れていったくらいだから、まだ小さいのではないかと思う。

ーお兄さんが届けるから待っていろよ。

そう決意すると、電車は駅に着いた。反対側の電車も到着しており、車掌はもう一人の車掌に言う。

「俺、行くから頼む」

「はい!! 気をつけて」

「おう」

軽く手をあげると、電車から降りる。田舎の電車、それも平日なので、降りる客はまばらだった。蒸し暑さに襲われ、少しくらっときたが、車掌は反対側の車掌の元へ向かう。

「おい、お前達」

「…ん? あれ、先輩、どうしたんですか?」

「ちょっとな。それより、1人、変わってくれないか?」

「え…? 何故? それにその風船…」

「訳は後で話すから、頼む!! 交代してくれ。1人でいい」

「じゃあ俺がそっちに行きますよ」

「助かる。悪いな」

降りた車掌とすれ違い、車掌は反対側の車両に乗る。ひんやりとした車内に安堵し、残った車掌に話しかける。

「あと何分で出発だ?」

「そうですね…。あと5分くらいでしょうか」

「5分か…。短いようで長いな」

車掌はそう言うと、車内を見回す。おばあさんやおじいさんが多く利用しており、朝の満員電車と比べると、穏やかな雰囲気に包まれていた。

ー無駄足に終わらないといいけれど…。

少し心配だったが、もう行動してしまったものはしょうがない。すると子連れが乗ってきて、車掌の持つ風船を指差す。

「あ!! 風船だ!! いいな!!」

「ご乗車、ありがとうございます。…でもこれは渡せないんだ、ごめんな」

男の子の頭を撫でてやると、母親が申し訳なさそうに頭を下げてくる。車掌も軽く頭を下げると、電車のドアが閉まった。

「動きますよ、先輩!!」

もう一人の車掌が声をかけてくれ、車掌は短く「おう」と答える。今、来た道を戻っていくのだから、風景は見たばかりなものが過ぎていくのだった。風船を持ちながら、車掌はなるべく外から見えるような位置に立つ。制服姿の自分が持つには、今頃になって恥ずかしくなってきたが、誰も何も言わず、電車は進んでいく。

ーこの穏やかさがいいんだよな…。

ガタンゴトンと進んでいく電車に揺られ、車掌は思わずあくびを殺す。外を見ていくが、まだ道のりは長いように感じられる。

ーお客様、第1。お客様があっての電車だから。

車内は眠る客や、風景を見ていく客、中には酒を飲む外国人がいたが、騒がしくなかった。電車はゆっくりと1つ、また1つと駅を通過していく。果たして風船の持ち主は駅で待っているだろうかと、不安になってきたが、

ーいや、必ず待っているはず!! 子どもの大事なものだから。

自分が子どもの頃、風船をもらえて嬉しかった思い出を頭に浮かべ、泣いている子どもがいないか探していく。車内にいたのでは分かりづらいので、1つ駅に着く度に、車両を降り、子どもがいないか確認する。

「…いないな…」

ぼそりと呟くと、また車内へ戻る。別の相方になった車掌が話しかけてくる。

「どうでした? いました?」

「いや、今のところは…。俺の無駄足かな?」

「何を言っているんですか、先輩。良いことをしているんですから、堂々と胸を張っていいんですよ。必ず見つかるはずです」

「そうか。分かった、ありがとう」

少し微笑むと、もう一人の車掌が白い歯を見せて笑う。電車は亀の歩みのように進んでいき、そのリズムに慣れた頃、駅に到着した。車掌が風船を持って外に降りると、

「あ!! あれ!!」

子どもの甲高い声がした。気づいて首を回せば、4、5歳くらいの女の子が自分を指している。どうやら持ち主に会えたようだと、安堵する。

「ーこれ、あなたのかな?」

「うん!! 忘れて泣いていたの」

どうも大泣きしたのか、子どもの目は真っ赤だった。しかしその瞳に、自分と風船が映り、笑顔を取り戻したようだった。

「すみません。この子の不注意で忘れたのに」

20代くらいだろうか。母親が頭を下げてくる。

「本当にすみません。大変じゃありませんでしたか?」

「大丈夫です。…ほら、風船」

手渡してやると、子どもはにっと笑った。泣いたことを忘れたようで、けろりとし、風船を持ちながらジャンプし始めた。

「こら!! お兄さんにお礼は?」

「ありがとう!! お兄さん!!」

「どういたしまして。もう手放しては駄目だよ?」

「うん!! 約束は守る!!」

小指を出してきたので、小指を差し出し、指切りする。

「じゃあね、お兄さん!! また電車に乗るから!!」

「よろしくな。…お母さんもよろしくお願いいたします」

車掌が挨拶すると、母親は少し頬を染め、うなずく。

「では失礼して…」

車掌はバイバイと手を振ると、車内に乗り込む。子どもが立ち去るまで、手を振ってくれたので、自分もずっと振り返す。

ーあー良かった。

何だか大きな仕事をしたみたいに、達成感があった。自分も自身の子どもに会いたくなったが、客の目があるので我慢することにした。

「ー発車しますよ、先輩!!」

「分かった。俺も仕事に戻る」

襟首を直すと、車掌は自分の立ち位置に戻ったのだった。

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