暴走コロニーと通勤快速の足腰
ズズズズズンッ!!!
強烈なG(重力加速度)が、海賊船と、それが張り付いている巨大コロニー船「USSセーフ・スペース」全体を襲った。
「ぐわぁぁぁッ! 床が……床が俺たちを殴ってくるぞォ!」
「重い! 空気が鉛になったみたいだ!」
海賊たちが床に這いつくばって悲鳴を上げる。
エコー・404の歌声に共鳴した海賊船の旧式エンジンが、限界を超えて暴走したのだ。その推進力は、本来「時速30キロ(徐行運転)」でしか進まないはずの巨大コロニー船を、無理やりマッハの速度まで加速させていた。
コロニー船内は大パニックだ。
モニターに映るカレン局長は、豪華な椅子にしがみつきながら絶叫している。
『きゃぁぁぁ! 何よこれ! 身体がシートに押し付けられる! これは「拘束」よ! 重力によるハラスメントよ!』
『緊急停止! 誰かブレーキを踏みなさい! ……ああっ、この船には「急ブレーキ(身体への衝撃)」がないから、ブレーキ自体が存在しないんだったわ!』
安全イズムの極致であるこの船は、乗員に不快な揺れを感じさせないよう、急激な加減速ができない設計になっていた。
つまり、一度暴走したら止まらない。
『田中ァァァ! なんとかしなさい! このままだと「流星群の密集地帯」に突っ込むわよ!』
「無茶言わないでくださいよ!」
田中もまた、激しい揺れの中にいた。
だが、奇妙なことが起きていた。
海賊たちが床を転げ回り、エコーがマイクスタンド(斧)にしがみついて歌い続ける中、田中だけが涼しい顔で立っていたのだ。
右足を踏ん張り、左膝を柔らかく曲げ、上半身を揺れに合わせて巧みに逃がす。
その姿は、まるで嵐の中の柳。あるいは、荒波に乗るサーファー。
「……お、おい。あいつ、立ってるぞ」
這いつくばった船長が、信じられないものを見る目で田中を見上げた。
「こんな殺人Gの中で……なぜ二本足で立っていられるんだ!?」
「え? なぜって……」
田中はネクタイを締め直しながら答えた。
「これくらい、台風の日の東海道線(快速)と同じレベルですから」
そう、田中ヒロシは日本のサラリーマン。
毎朝、乗車率200%の満員電車で押しつぶされ、吊り革すら掴めない状況で、急カーブや急停車に耐え抜いてきた「通勤のプロ」である。
彼の体幹は、知らぬ間にオリンピック選手級に鍛え上げられていたのだ。
「トウカイドウ……?」
船長が呻くように尋ねた。
「お前は一体、何者なんだ? ただの交渉人じゃないな?」
「何者と言われましても……私はしがない『社畜』ですよ」
「シャチク……?」
船長がその響きを反芻した。
そして、勝手に納得したように目を見開いた。
「聞いたことがあるぞ……。古代語で『シャ(会社)』は『地獄の戦場』、『チク(家畜)』は『従順なる兵士』を意味すると……! つまり貴様、伝説の『企業戦士階級』の末裔かッ!?」
「いや、ただの会社員ですけど」
「すげぇ! これが噂に聞く『シャチク』の身体能力か!」
「重力を無効化するなんて、どんな訓練を受ければそうなるんだ!」
海賊たちの尊敬の眼差し(と盛大な勘違い)を浴びながら、田中はよろよろとエコーの方へ歩き出した。
否定しても無駄だ。今は彼女の歌を止めなければ、船が空中分解する。
「エコーちゃん! もういい! ストップだ!」




