歌姫と激辛クラッカー
「甘いジュースと塩辛いお菓子!? ずるい! 私にもよこしなさいよ!」
エコー・404の叫び声が、宴会場に響き渡った。
清掃員の服、鉄仮面、そして首元の機械。
どう見ても怪しい乱入者だ。
モニター越しのカレン局長が目を細めた。
『……田中? その不潔な清掃員は誰? まさか、どこかで見たような……』
マズい。
カレンはまだ気づいていないが、エコーの特徴(仮面とチョーカー)は指名手配情報と一致する。ここでバレたら、海賊との交渉どころか、田中自身が「逃亡犯隠匿罪」で消される(データ消去される)。
田中は瞬時に「社畜の言い訳スキル」をフル回転させた。
「あ、いやー! 局長! ご紹介が遅れました!」
田中はエコーの肩をガシッと抱き寄せた(エコーが「ひゃっ」と声を上げる)。
「彼女は……その、私が持ち込んだ『接待用カラオケロボット』です! 最新型の!」
『……ロボット?』
「はい! ほら、この仮面もチョーカーも、いかにもメカメカしいでしょう? 彼女は宴会を盛り上げるための備品なんです。ね?(脇腹をつつく)」
「は? 何言っ……」
「(小声で)合わせろ! お菓子食わせてやるから!」
「……ピ、ピピッ。ワタシハ、ロボット、デス」
エコーが棒読みで答えた。意外とノリがいい。
カレンは狐につままれたような顔をしたが、納得したようだ。
『……ふーん。まあいいわ。その「ロボット」で、野蛮な海賊たちを大人しくさせられるならね』
危機は去った。
しかし、新たな危機は目の前にあった。
海賊船長が、エコーを睨みつけているのだ。
「あァ? ロボットだァ? ……おいサラリーマン、こいつ生意気な口をきいたぞ。俺たちの『青汁』を狙ってやがる」
「お、お頭! 彼女は腹ペコ……じゃなくて、エネルギー切れなんです!」
田中は慌てて、醤油と七味唐辛子をたっぷりかけたクラッカーをエコーに差し出した。
「ほら、これを食べて機嫌を直して……じゃなくて、充電して!」
エコーは疑わしげに真っ黒なクラッカーを見つめたが、食欲には勝てなかった。仮面の下から器用に口元だけを露出させ、パクリと食べた。
バリッ。
「……ッ!?」
エコーの動きが止まった。
震えが走る。
醤油の塩気。七味のカプサイシン。そしてワサビのツーンとする刺激。
味のない合成ペーストしか食べたことのない彼女の舌の上で、味覚のビッグバンが起きた。
「ん……んんッ……!!!!」
「おい、壊れたか?」
船長が心配そうに覗き込む。
その時だった。
エコーの喉のチョーカーが、キュイイイイン! と高音を立てて回転し始めた。
刺激があまりに強すぎて、声帯制御リミッターが焼き切れたのだ。
「カライィィィッ!! でも……魂が震える味がするゥゥゥッ!!」
彼女の叫びは、ただの悲鳴ではなかった。
それは、完璧なビブラートと、圧倒的な音圧を持った「歌」となって迸った。
♪~~~~(イントロなしの絶叫バラード)
「な、なんだ!?」
海賊たちが耳を塞ぐ。
だが、その歌声は彼らの鼓膜ではなく、心臓を直接掴んだ。
エコーは歌った。
辛さへの感動を。
甘さへの渇望を。
そして、管理された世界への怒りを。
そのメロディは、なぜか昭和の「演歌」のような、こぶしの効いたド迫力のソウル・ミュージックだった。
『な、なによこれ!? 計測不能の音圧よ!』
モニターのカレンが叫ぶ。
『直ちに停止させなさい! これは「聴覚への暴力」よ! 私の鼓膜が「感動」で震えてるじゃない! 気持ち悪い!』
しかし、止まらない。
エコーの歌声は、船の壁を振動させ、錆びついたパイプを共鳴させた。
ゴゴゴゴゴ……。
「お、お頭! 船が! 船のエンジンが勝手に唸り始めました!」
手下の海賊が悲鳴を上げる。
「バカな! エンジンはこの前の車検で『出力制限』をかけられたはずだぞ!?」
エコーの声に含まれる特殊な周波数が、海賊船の旧式エンジンと共振し、リミッターを強制解除していたのだ。
船内の照明が赤く明滅し、ディスコのような状態になる。
そして、海賊たちに異変が起きた。
「うっ……うぅ……」
強面の船長が、ボロボロと涙を流し始めたのだ。
「なんだこの歌は……。胸が苦しい……。昔、オカンに作ってもらった激マズの野菜ジュースを思い出す……」
「俺もだ……。故郷の星の夕焼けが見える……」
「沁みる……! 五臓六腑に沁み渡るぞォォ!」
彼らは「感動」という名の猛毒に侵されていた。
刺激に飢えていた彼らの心に、エコーの「情念」が突き刺さったのだ。
田中はこのカオスな状況を見て、とっさに動いた。
ここで止めれば暴動になる。ならば、盛り上げるしかない。
彼は上着を脱ぎ捨て、手拍子を始めた。
「さあ皆さん! ご一緒に!」
パン、パン、パン!
(三三七拍子)
「ソレ! ヨイショ! ヨイショ!」
「ヨ、ヨイショォォォ!」
海賊たちも泣きながら手拍子を始めた。
船長は斧をマイク代わりに振り回し、エコーのバックダンサーのように踊り狂う。
モニターの向こうで、カレンが口をあんぐりと開けていた。
『信じられない……。あの凶悪な海賊たちが……「盆踊り」をしている……? これが、あなたの交渉術なの?』
「(ゼェゼェ……)まあ、そんなところです! これがジャパニーズ・フェスティバルです!」
田中は踊りながら答えた。
エコーは歌い続けた。
仮面の下の瞳は、初めて感じる「解放感」に輝いていた。
彼女の歌声に合わせて、海賊船のエンジンは限界を超えて回転し、船体はミラーボールのように光り輝いた。
その光景は、全銀河で最も「不快」で、最も「不衛生(汗だく)」で、そして最高に「熱い」ライブ会場だった。
しかし、田中はまだ気づいていなかった。
エコーの歌声によるエンジンの共振が、海賊船だけでなく、彼らが張り付いている「巨大コロニー船(USSセーフ・スペース)」のメインシステムにまで干渉し始めていることに。
足元の床が、不気味に振動し始めていた。
「あれ? ……なんか揺れが激しくなってないか?」
田中が呟いたその瞬間。
ズズズズズンッ!!!
強烈なG(重力)が、全員を床に叩きつけた。




